第291話 献策
文字数 2,329文字
砦に入場した僕は早速司令塔に主だった武将を集めて軍議を開く。
「敵軍総数約八百。すでに二十日近く滞陣し、毎日『弾ける球』を投擲してきており城壁の被害は相当な模様です」
「二十日も毎日投げ込むほどに準備をしてきたということか」
オクサ・バニキッタが重々しく言う。
確かに弾ける球は我が軍の手榴弾を模倣した魔道具である。
いくら劣化版とはいえ製作にはそれなりの魔法使いが携わることになる。
我が領のように資質を持った人材を見つけ出すノウハウが確立していないアシックサル領で大量生産するには魔法使いを専属の職人にでもしなくちゃいけなかったんじゃないかと推察できる。
「で、敵大将は?」
「は。オルバックJr《ジュニア》.です」
「性懲りもなく……」
テーブルの上に置いていた右手をワナワナと握り込んでルビンスが呟く。
あいつが裏切りさえしなければ、彼の父ルビレルが死ぬこともなかっただろうからな。
Jr.にはJr.の言い分もあるだろうが自分の実父をも戦死させた裏切りである。
被害の甚大さも相まってズラカルト家の旧臣が多い僕の軍での彼の評判はすこぶる悪い。
それはそれとして、今回の攻め方でアシックサル季爵が北上戦略にシフトしたわけではないことが判った。
軍勢こそいつもの三倍近いが総大将に外様のJr.を据えているのだから仮に砦を陥したとしてもその先領内になだれ込むという計画はなく、せいぜい砦を抑えて時間を稼ぎヒョートコ男爵、オッカメー季爵領を攻略しようという胎づもりでいるのだろう。
「アシックサル殿はこの砦を幾日で陥す気でいると思う?」
居並ぶ武将を見回して訊ねると、イラードが「おそれながら」と具申する。
「早ホルスでの急使で注進したとして旧領都まで五日、そこからズラカリー区の各町に使いを出して兵を招集するのにやはり三日、徴発した兵が集結するのに七日、その軍が砦に到着するまでに十日以上はかかりますから二十五日、すなわち一ヶ月以内に陥す予定でいたと思われます」
ちなみにこの世界の一ヶ月は二十五日だ。
砦には通常百人から百五十人規模の兵が詰めている(ここには三百人規模で駐屯させていた)。
ハングリー区の援軍はこれも従来ならせいぜい百人程度。
合して二百人ちょっとと考えればなるほど、旧来のズラカルト体制なら援軍到着までに陥せるかも知れない。
ズラカリー区で集められる兵力は傭兵や徴発でかき集めても千七百に届かなかったから、援軍に出せるのはせいぜい五、六百。
砦を陥せれば砦に拠って増援を迎え討てると考えたかも知れない。
実際には、内門は壊れたまま直していないので籠城するには心許ないし、情報伝達手段としての飛行手紙、街道整備とホルス車による兵員輸送力と速度は二十日以内に三千八百もの軍勢を砦に到着させた。
「それらを鑑みると明日にも総攻撃がかけられる可能性はありますな」
ノサウス・クレインバレーが深刻さを感じさせない口調でいう。
「ではお館様、明日機先を制してこちらから討って出ましょう」
と、提案してきたのはラビティア・バニキッタだ。
「そうだな……イラード、軍の再編は今日中に完了するか?」
我が軍の部隊編成は十人一組、五組で一隊。
組の編成はそもそも徴発時に終わっているし、隊の編成も各町単位で大まかに組まれている。
「将のご指名と軍の人数をご指示いただければすぐに取り掛かりますが、今日中というのは……」
そうだよな。
五十人隊まではできていたとしても単純計算三百八十組、七十六隊の部隊の振り分けに槍兵、弓兵といった兵種の問題もある。
さらに編成したからといってすぐに実戦投入しても即席の部隊では連携練度が足りなくて機動的な作戦行動ができるとも限らない。
軍の規模が大きくなったことによる問題だ。
これはいよいよもって兵制の改革を本格的に検討しなきゃダメだな。
というか、僕の戦争観をアップデートする必要があるのだろう。
いやいや、今はそんなことを考えていても仕方ない。
「では、明日もう一日だけ砦の守備隊に踏ん張ってもらおう。魔法部隊だけは投入して手榴弾で弾幕を張れば総攻撃を回避できるはずだ」
手榴弾を弾幕に使うなんてちょっともったいないのだが、この際仕方ない。
「お館様。その作戦に関して採用していただきたい策がございます」
と、チローが手を挙げる。
「言ってみろ」
「はい。組織だった弾幕を張るのではなく自棄になって投げた風を装うのです。できれば魔法部隊は援軍を使うのではなくこれも守備隊の部隊だけで行なっていただきたい」
それを聞いてオクサが「なるほど」とうなってみせる。
「城壁の状態は限界、兵も疲弊して組織だった抵抗が難しくなっていると相手に思わすのだな」
「はい、しかも大事な手榴弾を無駄撃ちしなければいけないほどだと。さらに夕刻までにすべて使い果たしたと思わせられれば翌日の総攻撃は……」
「Jr.殿のことだ勝ち戦におごって雑な突撃に出てくれるかも知れんな」
「そこに精鋭の援軍を投入すれば一気に決着をつけられるということだな。よし、その策取り上げよう。ルビンス」
「は」
「突撃隊の大将を任じる。父の仇、討たせてやろう」
「ありがたき幸せ。必ずやオルバックJr.を討ち果たし、此度の遠征に弾みをつけてみせましょう」
「チロー」
「はい」
「そなたの献策だ。明日の砦の防衛指揮を任せる」
「見事大任果たしてみせまする」
「バンバ」
バンバ・ワンの名を呼ぶと目を伏して頭を下げる。
「電撃隊には遊撃隊の任を与える。ルビンスの軍が討ち漏らした残敵は残らず掃討せよ」
「残らず……これはなかなかの難題ですな」
「できるものだと信じているぞ」
「ご期待にそえるよう全霊を持って任にあたります」
「敵軍総数約八百。すでに二十日近く滞陣し、毎日『弾ける球』を投擲してきており城壁の被害は相当な模様です」
「二十日も毎日投げ込むほどに準備をしてきたということか」
オクサ・バニキッタが重々しく言う。
確かに弾ける球は我が軍の手榴弾を模倣した魔道具である。
いくら劣化版とはいえ製作にはそれなりの魔法使いが携わることになる。
我が領のように資質を持った人材を見つけ出すノウハウが確立していないアシックサル領で大量生産するには魔法使いを専属の職人にでもしなくちゃいけなかったんじゃないかと推察できる。
「で、敵大将は?」
「は。オルバックJr《ジュニア》.です」
「性懲りもなく……」
テーブルの上に置いていた右手をワナワナと握り込んでルビンスが呟く。
あいつが裏切りさえしなければ、彼の父ルビレルが死ぬこともなかっただろうからな。
Jr.にはJr.の言い分もあるだろうが自分の実父をも戦死させた裏切りである。
被害の甚大さも相まってズラカルト家の旧臣が多い僕の軍での彼の評判はすこぶる悪い。
それはそれとして、今回の攻め方でアシックサル季爵が北上戦略にシフトしたわけではないことが判った。
軍勢こそいつもの三倍近いが総大将に外様のJr.を据えているのだから仮に砦を陥したとしてもその先領内になだれ込むという計画はなく、せいぜい砦を抑えて時間を稼ぎヒョートコ男爵、オッカメー季爵領を攻略しようという胎づもりでいるのだろう。
「アシックサル殿はこの砦を幾日で陥す気でいると思う?」
居並ぶ武将を見回して訊ねると、イラードが「おそれながら」と具申する。
「早ホルスでの急使で注進したとして旧領都まで五日、そこからズラカリー区の各町に使いを出して兵を招集するのにやはり三日、徴発した兵が集結するのに七日、その軍が砦に到着するまでに十日以上はかかりますから二十五日、すなわち一ヶ月以内に陥す予定でいたと思われます」
ちなみにこの世界の一ヶ月は二十五日だ。
砦には通常百人から百五十人規模の兵が詰めている(ここには三百人規模で駐屯させていた)。
ハングリー区の援軍はこれも従来ならせいぜい百人程度。
合して二百人ちょっとと考えればなるほど、旧来のズラカルト体制なら援軍到着までに陥せるかも知れない。
ズラカリー区で集められる兵力は傭兵や徴発でかき集めても千七百に届かなかったから、援軍に出せるのはせいぜい五、六百。
砦を陥せれば砦に拠って増援を迎え討てると考えたかも知れない。
実際には、内門は壊れたまま直していないので籠城するには心許ないし、情報伝達手段としての飛行手紙、街道整備とホルス車による兵員輸送力と速度は二十日以内に三千八百もの軍勢を砦に到着させた。
「それらを鑑みると明日にも総攻撃がかけられる可能性はありますな」
ノサウス・クレインバレーが深刻さを感じさせない口調でいう。
「ではお館様、明日機先を制してこちらから討って出ましょう」
と、提案してきたのはラビティア・バニキッタだ。
「そうだな……イラード、軍の再編は今日中に完了するか?」
我が軍の部隊編成は十人一組、五組で一隊。
組の編成はそもそも徴発時に終わっているし、隊の編成も各町単位で大まかに組まれている。
「将のご指名と軍の人数をご指示いただければすぐに取り掛かりますが、今日中というのは……」
そうだよな。
五十人隊まではできていたとしても単純計算三百八十組、七十六隊の部隊の振り分けに槍兵、弓兵といった兵種の問題もある。
さらに編成したからといってすぐに実戦投入しても即席の部隊では連携練度が足りなくて機動的な作戦行動ができるとも限らない。
軍の規模が大きくなったことによる問題だ。
これはいよいよもって兵制の改革を本格的に検討しなきゃダメだな。
というか、僕の戦争観をアップデートする必要があるのだろう。
いやいや、今はそんなことを考えていても仕方ない。
「では、明日もう一日だけ砦の守備隊に踏ん張ってもらおう。魔法部隊だけは投入して手榴弾で弾幕を張れば総攻撃を回避できるはずだ」
手榴弾を弾幕に使うなんてちょっともったいないのだが、この際仕方ない。
「お館様。その作戦に関して採用していただきたい策がございます」
と、チローが手を挙げる。
「言ってみろ」
「はい。組織だった弾幕を張るのではなく自棄になって投げた風を装うのです。できれば魔法部隊は援軍を使うのではなくこれも守備隊の部隊だけで行なっていただきたい」
それを聞いてオクサが「なるほど」とうなってみせる。
「城壁の状態は限界、兵も疲弊して組織だった抵抗が難しくなっていると相手に思わすのだな」
「はい、しかも大事な手榴弾を無駄撃ちしなければいけないほどだと。さらに夕刻までにすべて使い果たしたと思わせられれば翌日の総攻撃は……」
「Jr.殿のことだ勝ち戦におごって雑な突撃に出てくれるかも知れんな」
「そこに精鋭の援軍を投入すれば一気に決着をつけられるということだな。よし、その策取り上げよう。ルビンス」
「は」
「突撃隊の大将を任じる。父の仇、討たせてやろう」
「ありがたき幸せ。必ずやオルバックJr.を討ち果たし、此度の遠征に弾みをつけてみせましょう」
「チロー」
「はい」
「そなたの献策だ。明日の砦の防衛指揮を任せる」
「見事大任果たしてみせまする」
「バンバ」
バンバ・ワンの名を呼ぶと目を伏して頭を下げる。
「電撃隊には遊撃隊の任を与える。ルビンスの軍が討ち漏らした残敵は残らず掃討せよ」
「残らず……これはなかなかの難題ですな」
「できるものだと信じているぞ」
「ご期待にそえるよう全霊を持って任にあたります」