第270話 定番の決め台詞のオンパレードだよ

文字数 2,382文字

 男たちが長屋の住人を威嚇しながらとあるドアの前に立つ。
 ドンドンドンと手荒に叩きながら

「カクドーシ。いるんだろう? 金返せ、オラ」

 とか、言っている。
 昔懐かし取り立て屋スタイルだ。
 僕はスケさんカクさんに目配せして、いつでも助けに入れるようにしてから成り行きを見守る。

「出てこいや、いるのは判ってんだ。どうせ暇なんだろ?」

 そりゃ、こんなことしてたら仕事に行くのは難しかろう。

「借りた金は払おうや。それでも貴族か? あ?」

 僕は知ってるぞ。
 悪徳貴族ほど借りた金を踏み倒すってことを。
 そうこうしてるうちにドアノブをガチャガチャとやっていた男たちは、だんだんエスカレートしてドアを蹴飛ばしたりしている。
 中層域とはいえ、建物は頑丈そうには見えない。
 ここのところ毎日こんなふうに嫌がらせされていたってんだから、いいかげん建て付けもガタがきていたんだろう。
 かなり体重のありそうな男の前蹴りで(ちょう)(つがい)が外れてドアが内側に吹き飛んだ。

「やっぱりいるんじゃねぇか。さぁ、カクドーシさん。きっちり借りた金を払ってもらおうじゃないか」

 無茶を言う。

「き、期限はまだ明日まであるじゃないか」

「今日払えないのに明日払えるアテがあるってのか?」

 おお、悪党のくせになかなかの正論だ。
 よっぽど目処でも立ってるんじゃなきゃ、一発逆転の策なんてあるわけもない。
 案の定、カクドーシは「むむむ」と唸って黙ってしまう。

「払えないなら約束通り、娘はもらっていくぜ」

 と、リーダー格の男が怯える娘の腕を無理矢理掴んで引っ張ろうとしたところで、スケさんがその男の手首を掴んで捻りあげる。

「いでででで」

「なんだテメェらは!?

 気色ばんだ男たちはサッと臨戦の構えを見せる。

「弱い者をいたぶる奴が嫌いな通りすがりの旅人だよ」

 あ、そのセリフかっこいいね、スケさん。

「かまわねぇ、やっちまえ」

 手を捻られたままの男が子分たちにそういうが、スケさんもカクさんも並の手練れじゃあございません。
 手刀や掌底で難なく男どもを返り討ちにしていく。
 スケさんにいたってはリーダー格の男の手を掴んだままだから、左手一本で二人の男を倒したってことだ。
 そして最後に握っていた男をグルリを一回転させて地面に叩きつける。

「お、覚えてやがれっ」

 と、捨て台詞を残して逃げていく男たちに

「へん! おとといきやがれ」

 と、投げかけたのはなんにもしてないハッチだったりするんで、冷たい眼差しを向けておく。

「ありがとうございます」

 と、礼を言った娘さんはお父さんのカクドーシによく似た顔のお嬢さんだった。
 「いえいえ」といいながら壊れたドアを持ち上げるカクさん。
 テキパキとそのドアを取り付け直すハッチ。
 さすがは村長、割となんでも器用にこなすもんだ。

「本当にありがとうございました。なんとお礼を言ったらよいものやら」

 と、青ざめやつれた顔のカクドーシが部屋の奥から出てくる。

「お気になさらずに。それより、ずいぶんと酷いですね? そんなに娘さんを取り上げたいのでしょうか?」

「それもあるのでしょうが……」

 と、言葉を濁す。

「新庁舎に訴えに出られないように見張っていると言うのもあるようです」

 と、答えたのは娘のリンテンだった。

「リンテン」

 と、父親は鋭く嗜める。

「だって」

「旅のお方に話しても、詮ないことだ。それに、下手に関わるとこちら様たちにもご迷惑がかかる」

 その件に関しては是非ともご迷惑をかけてもらいたいものなんだけどね。
 さて、堅物の心をときほぐすにはどう話しかけるといいものか。

「すでに関わってしまったも同然ですから、そこはご遠慮なさらずに。どうです? 腹に溜まっているものもおありでしょう?」

 と、僕が言えば、

「こう見えてもうちの若旦那はなかなかどうして頼りになりますよ」

 と、ハッチが言う。
 む、なんかハッチに言われてもちょっとモヤっとするな。
 「こう見えて」ってなんだよ「こう見えて」って。
 それじゃなにかい? 見た目は頼りなく見えるってのかい?

(見えるかもね?)

(リリムぅ……)

「あなた様は、どのようなご身分で?」

 と、カクドーシが問うてくる。

「なぁに、ちょっとおせっかいが趣味という、ただのゼニナルの反物問屋の若旦那ですよ」

 親娘は互いの顔を見合わしてしばし逡巡、思案顔を見せていたけれど、やがて意を決したように話し始めた。
 それによると、鉱山都市は以前からリゼルド支持の武官派とソーリコミットを中心とした文官派で権力争いをしていたようだ。
 リンテンが年頃になる頃からソーリコミットがいやらしい目つきで彼女を()め回すようになり、あの手この手で手に入れようとしてくるソーリコミットから距離を取るためもあってリゼルド派だったカクドーシは、ソーリコミットにとって相当煙たい人物であったのだろう。
 リゼルドが戦死して主だった武官もいなくなり、新しい領主が代官を派遣してきたものの町には入らず郊外に新庁舎を建てたのをこれ幸いと町中の実権を完全に掌握、まったくの濡れ衣を着せてカクドーシを役職から追い出して路頭に迷わせ、当時はまだ裏で繋がっていたものの表立っては無関係を装っていたエーイチゴー屋ディーコックに親切を装って金を貸付けさせてきたのだという。
 気づいた時には時すでに遅く、今日に至るというわけだ。

「奴らの不正の証拠ならどこにあるかも判っているが手出しもできず、かといって新庁舎に訴えに出ようとしても邪魔をされて町の城壁を出ることもできない」

「父様……」

 ん?
 今、不正の証拠があるって言わなかったか?
 どこにあるか判っているって。

「今、不正の証拠があるといいましたね?」

「ええ。リゼルド様から調べろと言われていましたので、調べ上げてありました」

 そいつぁいい。
 諸々の問題を一気に全部片付けてやろうじゃないか。
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