第192話 陣中の誕生日

文字数 3,004文字

 外に出ると、ジャリ・バンがホルスを()いて待っていた。
 ひらりと乗ってあたりを見回すと、魔法使い全員がホルスにまたがり、ラバナルのホルス車にはチャールズとチカマックが乗り込んでいる。
 荷台にはなにやら色々積まれているけど、みんな魔道具なのか?
 (とも)(まわ)りの兵は槍を背負ったジャリと弓を背負ったザイーダ・ベックの二人。
 バロ村の鍛治師として、また僕専属の刀鍛冶として村に住んでいるジャリと、最近は読み書きの先生や弓の師匠として村人を指導しているザイーダ。
 ただの村人だったジャリと違ってジョーことジョーサン・スヴァートのキャラバンで荒事を請け負っていたザイーダは頼りになるぞ。
 実際、僕らの初めての戦闘だった野盗との戦いでも大活躍だった。
 まあ、護衛の必要な道行とは思えないけどな。

「ドブル。村の兵はギランの指揮に任せると伝えてくれ」

「お任せください」

「お気をつけて」

 娘を抱いて見送りに出てきたサラの言葉を背にして出発する。
 一の宿で宿場の代表に兵役徴発の指示を出し、二の宿に入る。
 今日はここで宿泊だ。
 二の宿の代表にも兵役徴発の指示を出すが、ここは明日宿泊するだろうバロ村の兵と一緒にくるように伝える。
 夜に入ってルビレルからの飛行手紙が届く。
 それによると、ズラカルト軍は約三千。
 守備兵はオグマリー町からの援軍が到着するまで、魔道具の手榴弾を使ってよく敵を関門に近づけさせなかったという。
 善戦だ。
 味方の死者は七名、敵は百人くらいは倒したのではないかと書かれているが、手榴弾で百人くらいと言うのはずいぶん少なくないか?
 何度かの改良を重ねているから開発当初の倍くらいの威力になっているという報告を受けているぞ。

(……さすがに敵も対策を打ってきているってことだろうか)

(馬鹿でも間抜けでもなければ当然ね)

 転生者にしか見えない神の使い、妖精のリリムが僕の思考の補助をしてくれる。
 いったいどんな手で手榴弾の被害を抑えてきたのだろう?
 ルビレルもその辺り、もう少し詳しく書いてくれるといいのに。
 坂本龍馬なんて四境戦争の様子をルポライター顔負けの詳細さで兄に手紙を送ってるぞ。
 うーん……これは従軍記者制度を採用するべきかな?
 歴史学者のウォルター辺りが適任じゃないか? なんて考えていたら、当のウォルターが宿を訪ねてきた。

「ひどいではないかね? お館様」

 開口一番それだ。

「歴史学者として、このような現場に立ち会うことがどれほど重要なことか、考えたことがありますか?」

 ときたもんだ。
 まったく……。
 もののついでなので、今さっき考えていた従軍記者という構想を話すとすごい勢いで飛びついてくる。

「素晴らしい! 最近助手としてついている三人にも手分けして事に当たらせよう」

 いうが早いか目の前から消えていった。
 即断即決、行動も早い。
 多少社会適性に欠ける気もするけど。
 翌日、朝早くに宿を出立。
 従軍記者としてウォルターの助手が一人供に増えた。
 ウォルターは他の二人とともに日も明けぬうちに関門へ向けて出発したらしい。
 学者の(かがみ)だねぇ。
 昼前にはボット村に到着。
 すでに行軍準備を整えていた四十人ほどの軍勢を引き連れてすぐさま出発、三の宿で兵役徴発の指示を出し、バロ村から来る後続に合流せよと命令する。
 次に到着したセザン村でも民兵約四十人と街道警備の任に当たっていたブンター隊十人の兵を加えて出発だ。
 二日目の行軍はゼニナル町泊まりと決めている。
 この三年で領内の開発はずいぶんと進んだ。
 先行して開発が始まったハンジー町はすでに農林大臣ルダー・メタの手を離れ、今は町代官サイ・カークの管轄下に置かれて開発が進められている。
 一昨年には部下とともに五の宿上流に一つ、ゼニナル町の上流部に二つのため池を作って水源を確保。
 開拓を部下の一人に任せて、去年からはオグマリー町の開発に着手している。
 ルダーほんと遣り手だな。
 これで農繁期には植物学者のデミタと協力して各集落で農業指導までしているんだから。
 閑話休題。
 五の宿でも兵役徴発の指示を出し出発、旧第四中の村集落に入るとそこから先は街道脇が切り開かれていて、見晴らしが良くなっている。
 ちょっと前まではいかにも森の中に街道を通しましたって感じで、道の両脇は(きわ)まで森が迫っているまるで木のトンネルを進んでいるみたいだったのにな。
 まあ、まだ街道の七割くらいはそんな感じだけど。
 ゼニナル町に着くと、すでに先発隊は出陣した後だった。
 迎えてくれたのは忍びの頭オギン・エン配下のホタルと元傭兵団フィーバー隊のジャパヌ、フラヌス、ケーニャ、クッサーク、アメリアとその配下の部隊約五十人。
 フィーバー隊は今でもフィーバー隊と呼ばれていて、この部隊はカイジョー率いるカシオペア隊、ブンターが所属するバンバ・ワンを隊長とする電撃隊とともに旧傭兵出身者で構成されている常備兵力だ。

「オクサ殿は騎兵を率いて昨日のうちに先発、民兵団もラビティア殿がまとめて今日の朝には進発しております」

 と、ジャパヌが報告してくれた。

「町にはどれほど残っている?」

 村と違って町には不測の事態のために治安維持兵力を残しておく必要がある。

「騎兵で二十、残しております」

 と、ホタルが答える。
 ホタルは普段、ゼニナル町で子供を産み育てながら諜報活動をする忍びの養成を担っているが、今回もゼニナルに残って騎兵のサポートをすることになっているようだ。 オクサがそれで問題ないと判断したのなら僕が口を挟む必要はない。
 軍は野営の習熟訓練も兼ねて旧町域を少し外れたところ、開拓で拓かれた場所に陣を敷いて休む。
 当たり前かもしれないけれど、野営施設を作るのに想定よりかなり時間を使ってしまった。
 不慣れなことは仕方ない。
 それも込みでゼニナル町に泊まることにしたのだし、まあ想定内だ。
 炊き出しが遅くて日暮れまでに飯にありつけなかったのは反省が必要だな。
 飯を食うのに余計な灯りを使うことになる。
 今は領内、それもゼニナル町市街地にほど近いところでの野営だから必要なものは町に戻って調達もできるけど、今後侵攻作戦で他領に遠征するとなったら無駄遣いは厳に慎まなければ継戦能力に響いてくるからさ。
 遅い晩飯を食っていると、ルビレルから飛行手紙が届いた。
 内容は
『二日目、前日の戦闘において大量の手榴弾を使用したため、数の揃った弓兵隊により応戦。敵は対手榴弾兵器鉄製の大楯により損害軽微なれど、関門まで辿り着くこと(あた)わず』

 …………。

 いまいち要領を得ない。
 たぶんだけど、前日少ない守備兵で大軍から関門を守るために大量に手榴弾を使ったので残弾乏しく、オグマリー町からの援軍で数の揃った弓兵隊が矢の弾幕で応戦した。
 ってことなんだろうな。
 手榴弾は投擲兵器だから敵がかなり接近しないと使えない。
 わずか二百の守備兵で二千の軍から関門を守るのにどれだけ手榴弾を使用したのか?
 よく頑張った。
 それにしても鉄製の大楯か……。
 順当な防御方法だったな。
 その分、機動力が落ちて壁に取りつけなかったんだろう。
 明日以降はなんらかの対策を立ててくるに違いない。
 こちらの増援が揃うまでのあと一日。
 明日がこの戦を左右するに違いない。
 今日は早く寝て、明日に備えよう。

 こうして、僕の二十五歳の誕生日は陣中に終わった。
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