第309話 攻撃魔法の破壊力
文字数 2,491文字
砦攻略部隊が領都に入場したのは四日後だった。
この間、イラードには貴族区の掌握を任せ、ウータとガーブラを下町区の治安維持にあて、サビーに城に繋がる秘密の通路を潰して回ってもらった。
通路探しにはチャールズを筆頭に我が軍の優秀な魔法使いを動員して発見に努めてもらっている。
僕はといえば、それらから刻々と上がってくる報告を精査して次の指示を出す役割だ。
例えば、下町区の住民の人口を数えさせた。
アシックサルが多くの男どもを戦争に駆り出しているせいか、通常町にそれなりの人数溢れている傭兵稼業もほとんどいないようだ。
その分治安が悪化していたようで、無頼の徒を摘発して労役を課したりさせる。
「やぁ、お館様は後始末がお得意で」
顔を見るなりラビティアがいう。
ダイモンドとともに大将であるオクサに付き従ってきたようだ。
「私がことさら得意なわけではないよ」
「そうでしょうか? ま、そういうことにしておきましょう」
実際、前世ではよく上司の尻拭いをさせられてきたので経験値は高い。
けど、それが得意とイコールにはならない。
ただ、この世界ではまだ「戦後処理とは切り取り勝手」がまかりとおる文明水準である。
そんなところに軍令で兵への乱暴狼藉を厳に戒めて住民の不安払拭に努めているのだから戦後の混乱は最小限に抑えられているだろう。
「お得意」といわれてもあながち間違っているともいえないところはある。
「この状況ならば、我が軍を入城させてもそれほど動揺はなさそうですな?」
ただでさえ敵対勢力に占領されている状況下で、これ以上軍が入ってくればどうしたって警戒される。
というか、不信感と憎悪を煽ることもあるだろう。
しかし、その軍隊が規律を守り狼藉を働かないと判っていれば、その動揺もいくらかは抑えられようというものだ。
「そうだな。入場は整然と、下町も貴族街もまっすぐ通過して居館に入ってくるように」
「かしこまりました」
「ああ、ラバナルはどうしている?」
と、訊けば
「なにせ出発に際して『砦は跡形もなく破壊せよ』と命じられていましたからね、色々と新しい魔法を試しておりました。かなり満足しておられるようです」
「オレもあの壊しっぷりには感服いたしました」
と、ダイモンドに言わしめたのだからよっぽどの魔法を使ったのだろう。
どんな魔法を創ったんだか……。
魔法は理 だ。
ラバナルが常々口にする言葉だ。
つまり、理さえ理解できれば再現できてしまうのが魔法ということになる。
そしてこれまでに僕は、僕が必要な魔法や魔道具の実現のために前世知識を動員して様々な理を彼に教えてきた。
その知識の蓄積で、彼は彼の求める魔法を追求し始めた。
その結果が強力な攻撃魔法となってしまったのだとすれば、その罪は甘んじて受けなければいけない。
そのついでに有効的に利用させてもらうわけだけどな。
オクサ軍の入城後、軍を再編して二日後に城を出る。
「ラバナル」
「なんじゃ?」
「私も砦を壊した魔法というのが見てみたい。あれなるアシックサルの居城を的に披露してくれないか?」
「お。いいのか?」
僕が頷いて見せると
「じゃあ遠慮なくやらせてもらうぞ。ああ、チャールズ。一緒にやってみるか」
と、いつも僕のそばにいることの多い一番弟子に声をかける。
「魔法陣をこのように構築してだな……」
などと、レクチャーしながら放った魔法には確かに度肝を抜かれた。
まず最初に使ってみせたのは雨を降らせる魔法。
これはまだ僕が最奥の村の村長やってたときの戦闘でチャールズも使ったことがある魔法だ。
雨雲を生み出し雨を降らせた後に行使したのは氷を作る魔法。
それを城の建材であるルンカーの中に作る。
水はこの世界でも(少なくともこの世界の観測範囲で)唯一液体から個体になる際に膨張する物質だ。
ルンカーに染み込んだ雨水を凍らせることで、膨張した氷がルンカーを内側から割るという一見地味だが科学知識を持たない者にとってなにがどうなっているのか理解できないという意味で恐るべき魔法である。
この魔法によって崩壊した塔の瓦礫には拳大の氷塊が混ざっているのだが、それを見てこの破壊の原理が理解できるものがこの世界に僕ら以外にいるとはちょっと考えつかない。
よっぽど洞察力に優れた転生者でなければ、不可能だろう。
「ワタシの魔力量ではこれだけの雨 と氷 の魔法を行使するのは無理ですね」
と、正面の壁を一階から三階まで広範囲に破壊したチャールズがいう。
氷の魔法だけならできるのね。
あー、すごい。
攻城戦における戦術的ブレイクスルーだぞ、これ。
大砲どころの騒ぎじゃない。
課題は氷の魔法の射程が短いことくらいか。
どうやら凍らせられるのは七十シャル以内のようだし、場所を指定するのにはなかなか高度な魔法陣を描かなきゃいけないようだ。
七十シャルなんてバリバリ敵の攻撃範囲内だし、あまり近づきすぎるとルンカーの崩壊に巻き込まれかねない。
「こっちは難しくてのぅ」
と、実演してみせてくれたのは雷撃 だった。
積乱雲を生み出すと、雲の中で静電気が発生する。
この静電気が飽和して閾 値 を超えると放電され雷となるのだけど、その際周囲の空気が一万度を超えて光を生み空気を切り裂いていく過程で衝撃波を生む。
大電流による瞬間的な熱膨張を受けて生まれるのは水蒸気爆発と火災、そして至近の人を吹き飛ばせるほどの衝撃波。
ラバナルが雷 ではなく雷撃 と名付けたのは、その破壊力に魅力を感じてなのだろう。
この魔法の欠点はなんと言っても狙ったところにうまく落とせないことだろう。
一般的には高所、伝導率の高い金属に落ちる性質があるのである程度範囲を絞ることはできるというが、通常電気を通さない空気中を無理矢理押し退けながら電流が走るため、真っ直ぐに進まないためだ。
そのため、下手すると味方に落雷する可能性がある。
使い所の難しい魔法だけど、その破壊力と視覚的衝撃は相手の戦意を奪うこと間違いなしだ。
さあ、これだけ破壊すれば十分だろう。
アシックサル領攻略戦を再開しようじゃないか。
この間、イラードには貴族区の掌握を任せ、ウータとガーブラを下町区の治安維持にあて、サビーに城に繋がる秘密の通路を潰して回ってもらった。
通路探しにはチャールズを筆頭に我が軍の優秀な魔法使いを動員して発見に努めてもらっている。
僕はといえば、それらから刻々と上がってくる報告を精査して次の指示を出す役割だ。
例えば、下町区の住民の人口を数えさせた。
アシックサルが多くの男どもを戦争に駆り出しているせいか、通常町にそれなりの人数溢れている傭兵稼業もほとんどいないようだ。
その分治安が悪化していたようで、無頼の徒を摘発して労役を課したりさせる。
「やぁ、お館様は後始末がお得意で」
顔を見るなりラビティアがいう。
ダイモンドとともに大将であるオクサに付き従ってきたようだ。
「私がことさら得意なわけではないよ」
「そうでしょうか? ま、そういうことにしておきましょう」
実際、前世ではよく上司の尻拭いをさせられてきたので経験値は高い。
けど、それが得意とイコールにはならない。
ただ、この世界ではまだ「戦後処理とは切り取り勝手」がまかりとおる文明水準である。
そんなところに軍令で兵への乱暴狼藉を厳に戒めて住民の不安払拭に努めているのだから戦後の混乱は最小限に抑えられているだろう。
「お得意」といわれてもあながち間違っているともいえないところはある。
「この状況ならば、我が軍を入城させてもそれほど動揺はなさそうですな?」
ただでさえ敵対勢力に占領されている状況下で、これ以上軍が入ってくればどうしたって警戒される。
というか、不信感と憎悪を煽ることもあるだろう。
しかし、その軍隊が規律を守り狼藉を働かないと判っていれば、その動揺もいくらかは抑えられようというものだ。
「そうだな。入場は整然と、下町も貴族街もまっすぐ通過して居館に入ってくるように」
「かしこまりました」
「ああ、ラバナルはどうしている?」
と、訊けば
「なにせ出発に際して『砦は跡形もなく破壊せよ』と命じられていましたからね、色々と新しい魔法を試しておりました。かなり満足しておられるようです」
「オレもあの壊しっぷりには感服いたしました」
と、ダイモンドに言わしめたのだからよっぽどの魔法を使ったのだろう。
どんな魔法を創ったんだか……。
魔法は
ラバナルが常々口にする言葉だ。
つまり、理さえ理解できれば再現できてしまうのが魔法ということになる。
そしてこれまでに僕は、僕が必要な魔法や魔道具の実現のために前世知識を動員して様々な理を彼に教えてきた。
その知識の蓄積で、彼は彼の求める魔法を追求し始めた。
その結果が強力な攻撃魔法となってしまったのだとすれば、その罪は甘んじて受けなければいけない。
そのついでに有効的に利用させてもらうわけだけどな。
オクサ軍の入城後、軍を再編して二日後に城を出る。
「ラバナル」
「なんじゃ?」
「私も砦を壊した魔法というのが見てみたい。あれなるアシックサルの居城を的に披露してくれないか?」
「お。いいのか?」
僕が頷いて見せると
「じゃあ遠慮なくやらせてもらうぞ。ああ、チャールズ。一緒にやってみるか」
と、いつも僕のそばにいることの多い一番弟子に声をかける。
「魔法陣をこのように構築してだな……」
などと、レクチャーしながら放った魔法には確かに度肝を抜かれた。
まず最初に使ってみせたのは雨を降らせる魔法。
これはまだ僕が最奥の村の村長やってたときの戦闘でチャールズも使ったことがある魔法だ。
雨雲を生み出し雨を降らせた後に行使したのは氷を作る魔法。
それを城の建材であるルンカーの中に作る。
水はこの世界でも(少なくともこの世界の観測範囲で)唯一液体から個体になる際に膨張する物質だ。
ルンカーに染み込んだ雨水を凍らせることで、膨張した氷がルンカーを内側から割るという一見地味だが科学知識を持たない者にとってなにがどうなっているのか理解できないという意味で恐るべき魔法である。
この魔法によって崩壊した塔の瓦礫には拳大の氷塊が混ざっているのだが、それを見てこの破壊の原理が理解できるものがこの世界に僕ら以外にいるとはちょっと考えつかない。
よっぽど洞察力に優れた転生者でなければ、不可能だろう。
「ワタシの魔力量ではこれだけの
と、正面の壁を一階から三階まで広範囲に破壊したチャールズがいう。
氷の魔法だけならできるのね。
あー、すごい。
攻城戦における戦術的ブレイクスルーだぞ、これ。
大砲どころの騒ぎじゃない。
課題は氷の魔法の射程が短いことくらいか。
どうやら凍らせられるのは七十シャル以内のようだし、場所を指定するのにはなかなか高度な魔法陣を描かなきゃいけないようだ。
七十シャルなんてバリバリ敵の攻撃範囲内だし、あまり近づきすぎるとルンカーの崩壊に巻き込まれかねない。
「こっちは難しくてのぅ」
と、実演してみせてくれたのは
積乱雲を生み出すと、雲の中で静電気が発生する。
この静電気が飽和して
大電流による瞬間的な熱膨張を受けて生まれるのは水蒸気爆発と火災、そして至近の人を吹き飛ばせるほどの衝撃波。
ラバナルが
この魔法の欠点はなんと言っても狙ったところにうまく落とせないことだろう。
一般的には高所、伝導率の高い金属に落ちる性質があるのである程度範囲を絞ることはできるというが、通常電気を通さない空気中を無理矢理押し退けながら電流が走るため、真っ直ぐに進まないためだ。
そのため、下手すると味方に落雷する可能性がある。
使い所の難しい魔法だけど、その破壊力と視覚的衝撃は相手の戦意を奪うこと間違いなしだ。
さあ、これだけ破壊すれば十分だろう。
アシックサル領攻略戦を再開しようじゃないか。