第55話 あの時代は文献が少なくて…でも、だからロマンがあるんだよ

文字数 2,793文字

 雪の降るまでの間、僕は急ピッチで開墾するように指示を出した。
 雪が降ってしまうと土を掘れなくなるからだ。
 とはいえ「総動員令」発令から雪が降るまでは四十日もなく、機械にも魔法にも頼れない村の現状では伐根に農耕ホルスを使ったところで開墾できた範囲なんてたかが知れたもんだった。
 雪が降ってからの作業はおおむね春の準備だ。
 切り出してきた木材の加工。
 保存食の仕込み、布を織るなどだ。
 そうそう、ルダーと木工職人のおじさんに(はた)()り機の試作品を作ってもらった。
 アドバイザーはヘレン。
 文化水準からくる話で、機織りは田舎の女の当然のたしなみらしい。
 冬は当たり前ながら農閑期なので男は縄をなったり道具を作ったり、女も時間のかかる織物(おりもの)などに当てるのだそうだ。
 思い返せば母ちゃんもやってたな。
 父ちゃんは……

  …………。

 仲間と飲んで食って騒いでる印象しかないぞ!?

 この辺りでは「竪機(たてばた)」といって経糸(たていと)をすだれのように垂らして緯糸(よこいと)を編んでいく織り方だったのを前世知識の「(鶴の恩返しでおなじみの)水平機(すいへいばた)」に置き換えようというものだ。
 とはいえ構造に対する正確な知識があるわけもなく、前世の実家にあったというルダーの視覚情報知識だけを頼りにまずは一シャッケン幅の布が織れる小型のものを試作した。
 完成した試作機にヘレンは大満足だった。

「これなら一日中織ってられるよ」

 という評は機械化された世界を知っている身としてはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 ジップが冬の間に身にまとう毛を春には刈る予定なので、それを糸にする糸車も必要だ。
 これはこっちの世界の糸車も構造的になんら劣るところがないから木工職人のおじさんに作ってもらおう。

 …………さて、

 村は基本自給自足だ。
 畑仕事以外のところでは、必要なものは個々の家庭で自力で用意する。
 作る物によってやたら時間のかかるものや得手不得手とかあるから村人同士都合を合わせながら物々交換的に融通しあって暮らしている。
 辺境の一農村で何事もなく暮らせるのであれば今のままでも十分幸せなんだけど、ホラ、そうも言ってられないでしょ?
 町にランクアップするにあたって導入すべきものがある。
 職業の専門化だ。
 もちろん町になっても農業が基本で、これからも大多数の住民には農業に従事してもらわなきゃいけない。
 けど、人口規模が大きくなると必要なものの絶対量が増えるから、効率的に生産する態勢を整える必要性があるんだ。
 これは町にする理由と大いに関わる問題だから避けて通れない。
 独立自治を勝ち取るための戦略だ。
 村がまだ復興中だった一年目からジョーに協力してもらい職人を村人に迎え入れてきてわけだけど、年が明ける三年目の春からは本格的な生産体制を確立させようと思う。
 織機(しょっき)の試作はその第一歩なわけだ。
 木工職人のおじさんを始め、牧畜のおじさん夫婦、革職人に弓師矢師。
 村で養成した炭焼き、ルンカー職人(最近は土器(かわらけ)職人も兼ねている)それに鍛治師のジャリ。
 今の所専門職は彼らだけだ。
 いや、四十人規模の村には多いくらいかな?
 職工に興味を示している村人も何人かいるみたいだ。
 今は農閑期ということもあって、それぞれの職人のところに通っている。
 畜産農家にならしてあげてもいいけど、今はまだ畑作に手が必要だから今の所こちらから声をかける気はない。
 そして職業を専門化するにあたって導入しなきゃいけないのが貨幣経済だ。
 今までだってキャラバンが来ていたくらいだし、お金の存在は知っていた。
 これはジョーに教わったんだけど、基本的にキャラバンとは物々交換で、キャラバンの欲しいものと村の欲しいものが釣り合わなかった場合に貨幣が支払われていたそうだ。
 つまり、村の知識としての貨幣とは物々交換品の一種だったわけだ。
 この辺りはやっぱ中世文明水準だなって思っちゃうところなんだけど、微笑ましく思ってちゃいけない。
 貨幣経済を取り入れないと専門職制度が確立できないんだから。
 あれ?
 なんか、今自分がやろうとしてることって鎌倉時代末期の悪党みたいなことじゃないのかな?

「まさにそんな感じね」

 うおっ!
 また僕の思考を読み取ったな、リリム。

「突然声をかけないでくれよ、心臓に悪いじゃないか!」

「ごめんあそばせ」

 そうか、悪党か……そいつぁいい。
 実は僕は幕末より戦国時代より鎌倉末期が好きなんだ。
 そうかそうか、フフフ……目標が明確になってきたぞ。
 てことはとりあえず赤松則村か楠木正成になればいいんだ。
 父の名もはっきりしていて地頭職についていた則村より、辰砂(しんしゃ)の採掘権を持ち散所(さんじょ)の長者をしていたと言われる正成の方が今の境遇的に参考になるかもな。
 いいぞいいぞ、オラ、わくわくしてきたぞ!
 元々この村は岩塩の採掘とダリプ酒をメインに三つのキャラバンと交易していた。
 復興後はジョーのキャラバンだけになった代わりにキャラバンと一体になって、元々の特産品に木炭を加えた三品をメインに商売をする村へと変わりつつある。
 これに畜産が軌道に乗れば乳製品が加わる。
 専門職化が進めば様々な工芸品、民芸品として売りに出すことも可能になる。
 酒はいつの時代もよく売れる商材だ。
 今この村はダリプ酒のみだけど、世の中には他にも果実酒・穀物酒は存在しているわけで、この村でも作れるはずだ。
 酒の歴史は人類の歴史。
 この世界も同様だ。
 中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の鉄板アルコール飲料とも言える発泡麦酒(エール)
 これはフレイラで作る酒がそれに当たるとジョーに聞いている。
 小麦のつもりで栽培していたフレイラが大麦の代わりにもなるなら焼酎も作れるんじゃないか?
 焼酎が作れるならポモイトやマルルンでだって作れるはずだ。
 前世持ちが知識を持ち寄れば酒の種類は飛躍的に増えそうだ。
 もちろん発酵には適した酵母が、蒸留には大掛かりな施設が必要なんだけど。

「いいことずくめね」

 リリムを相手に計画を煮詰めていたらそんな風にいうので「いやいやいいことばかりじゃないぞ」とデメリットにも考えを及ばす。
 こんな薔薇色に見える町、指をくわえて見ている領主はいない。
 儲けている町をほっとく盗賊もまたいない。
 なんだよ、やっぱりそっち方面で頭働かさなきゃダメかぁ!

「いやいや、そもそも村を大きくして町にするのはその対策の一環だったろうよ」

 と、思い直して村の防衛計画も見直すことにする。
 村を守るために武力が必要。
 武力のためには軍資金が必要。
 軍資金を稼ぐためには村を豊かにしなきゃいけない。
 村が豊かになったら領主や盗賊に狙われる。
 村を守るためには……以下略。
 これはいわゆるスパイラルってやつか?
 ホントに異世界に転生しても無双なんかできないどころか、のんびりまったり楽しいスローライフさえできゃしねーよ……。
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