第310話 群雄割拠を生き抜く戦略

文字数 2,488文字

 アシックサル領は西の山脈に沿うように南北に長い領地だ。
 北は僕の領土、東はドゥナガール仲爵(ちゅうしゃく)領およびオッカメー()(しゃく)領、南をヒョートコ男爵領と囲まれて接している。
 アシックサルは僕やドゥナガール、オッカメーを牽制しつつヒョートコ男爵領に侵攻。
 潜入させた忍者によるとすでにヒョートコ男爵は捕まり、一族皆殺しにあったという。
 牽制のつもりで攻撃したオッカメー領の砦も攻略して現在着々と侵略しているそうだ。
 オッカメーは同盟を結んでいるドゥナガールに再三にわたって援軍を求めたが、彼は自身の砦も一度陥落したことを理由に出し渋っていた。
 ドゥナガール軍がそんな弱軍ではないことは知っているからな、側近の文官ミュードル・ブラークあたりの進言を受けてのものだろう。
 これを好機と見たオッカメー領の東に隣接しているガラッパーチ男爵がオッカメー領に侵攻したという情報が数日前にドゥナガール領に駐在しているうちの外交官から飛行手紙でもたらされている。
 ちなみにドゥナガール領は南をオッカメー季爵、ガラッパーチ男爵、ベヤサン叔爵(しゅくしゃく)と隣接していて、このうちオッカメー、ベヤサンとは同盟をガラッパーチとは領土不可侵条約を結んでいる。
 僕はこれらの情報をもとに三銃士や三剣らと軍議を重ね、オッカメー領に侵攻しているアシックサル軍を攻めると決断した。
 昨日のうちにドゥナガールにはその旨飛行手紙で通達し、別働隊の大将ノサウスにはヒョートコ領にいるアシックサル本軍の牽制を指示している。

「よろしいのですか?」

「なにか疑義があるのか? ウータ」

「オッカメー季爵はドゥナガール仲爵様と同盟関係にあるのですよね? いくらアシックサル軍攻撃を大義として掲げていたとして、領内を侵犯するとなると……」

「心配するな。同盟はどさくさに紛れて破棄される。というか、この戦でオッカメー家は領主の座から降ろされることになるだろうからな」

「軍議の時もそのようなことをおっしゃってましたけど、オレにはその理屈がいまいち判ってないんですよ。詳しく教えてくれませんかね?」

 ウータとともに今は僕の護衛にまわっているガーブラが頭の上にはてなマークをいくつも浮かべてそうな顔で訊ねてくる。

「仲爵殿もこの乱世で領土的野心は当然お持ちだ」

「でしょうね」

「しかし、仲爵殿は隣接領主とあまりにも関係を結びすぎた」

「お館様を含めて隣接領主全員となんらかの盟約を結んでおられますものね」

 ウータの相槌がいい感じに僕の説明を補完してくれていて、ガーブラにも話の整理がつくようだ。

「領土を拡大するためにはこの関係性を変えなければならないことは理解できるな?」

「さすがにそれくらいはオレにも判りますぜ」

「では、ガーブラなら同盟領主と不可侵条約を結んでいる領主、どちらと手を切るのがいいと思う?」

「え? それは……」

「安心しろ、私も選べん」

「しかし、どちらかと手を切る手段がある。……そういうことですね?」

「そうだ」

「その手段ってのはなんです?」

 僕はガーブラに向かって不敵に笑って見せる。

「オッカメー領にガラッパーチが侵攻した。当然、オッカメーは仲爵殿に援軍を求める」

「何度も断られているのにですか?」

「何度断られていたとしても、だ」

「へぇ、そんなもんですか」

「なるほど。そのタイミングでなら不可侵条約も堂々と破棄できますね」

「ウータの言う通り、同盟相手を守ることを大義に条約を破棄して堂々と宣戦布告できるって寸法さ。ついでにどさくさに紛れてオッカメー領も自身の版図に加えてしまう」

「え?」

 そこ、そんなに驚くとこじゃないぞ、ガーブラ。

「東西から侵略されたオッカメーに領内の復興統治は難しいとでも言って庇護下に置くとでもいえば、実質オッカメー領を傘下に置くことができる」

「汚ねー」

「ガーブラ、それでは私も汚い領主ということになるぞ」

「どういうことですか?」

「私もな、どさくさに紛れてオッカメー領を掠め取ろうと思っているのだ」

「は! それがこの作戦ですか!」

 そう、この進軍は名目上アシックサル軍の追撃となっているのだけど、実際にはオッカメー領の制圧を目的としている。
 そうでもしないと、ドゥナガールに侵攻の出口を塞がれてしまうからという戦略上の問題もあるからだ。
 同盟を結んでいるからといって安穏としていられるほど乱世は甘くない。
 仲爵の同盟相手にはもう一人、東のベヤサン叔爵がいる。
 こちらとの同盟関係は現状一方的に破棄できる状況にはないだろうから、仲爵が領土を拡げようと思えば必然的に西と南へ向くことになる。
 西のアシックサルは僕が攻めているのでオッカメー、ガラッパーチ領の南へと攻めて行くことになるだろう。
 南に南にと両方が領土を広げていくとすればいずれ南端に到達することになる。
 すると、僕にはそれ以上領土を拡げることができなくってしまうじゃないか。
 それは困るのだ。
 仲爵に出口を閉じられてしまうと生殺与奪権を握られてしまいかねないので、なんとしてでも出ていく先をこじ開けておかなければならない。
 これが戦国乱世を生き抜くしたたかさってやつだな。

「ガーブラ。此度の戦は野戦が多くなろう。存分に力を発揮せよ」

「思うがままにこの槍を振るえるのですな。それは願ってもない。必ずやご期待に応えて見せましょうぞ」

 行軍は二日後に街道を外れ、オッカメー領を侵犯していくつかの町を通る。
 その際、義勇軍を名乗って未だ到来していないアシックサル軍の侵攻に怯える町の住人を慰撫しつつ、統治下に置くべく工作をする。
 そして、三つ目の町で今まさに襲いかかろうとしているアシックサル軍と対峙することになった。
 我が軍約三千五百に対してアシックサル軍は八百足らずとみた。

「鎧袖一触である。蹴散らせ!」

 号令一下、満を持して騎兵が駆ける。
 相手の矢を遥か後ろを置いていく疾駆は壮観だった。
 戦いは一瞬で終わったと言っていいほどの圧勝で、歩兵の出番もないほど。

「勝鬨じゃ!」

 城壁の内側でひっそりと息を潜めていた町の人々の歓声が僕らを迎えてくれたのはそれから一時間ほど後だった。
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