第330話 ルダーの提案 2
文字数 2,203文字
厳しかろうがなんだろうが手持ちの札で勝負しなければいけないのが人生ってもんだ。
「ルダー。ハングリー区とヒロガリー区、開発余地はどちらが大きい?」
「土地の広さと言うことならばハングリー区の方が広いですが、すぐに農地になるのはヒロガリー区の方でしょうか」
「お館様、グリフ族のようにオウチ領から開拓団を募るおつもりですか?」
と、イラードが訊ねてくる。
「そうだ。五千人規模で移住してもらおう」
「五千!? それはまた思い切った人数ですな」
と、チカマックが驚いて仰け反った。
ルダーはといえば多少ひきつった笑みを浮かべているが、ふぅとゆっくり息を吐いてからこう言う。
「それはハングリー区の開発が一気に進みますな」
「新規開墾は数年の税免除……」
「当然だ、イラード。法の下では公平に扱わねばならぬぞ」
僕の施政下では新規開墾農地は三年間の徴税免除、四年目は六割免除、五年目は三割免除が約束されている。
領地を増やしてもそれは変わらない。
新領地だから別の法なんて作成するのも面倒くさいし、不満の火種になりかねない。
むしろ他領主の法より余程公正公平な法律になっているはずだ。
なにせ自由平等が建前の民主主義国家の市民だった前世持ちだからな、僕は。
「この施策が成功するのであれば、オウチ領の食料問題も秋の収穫後には改善できましょう」
チカマックの言う通りだ。
オウチ領から数千人規模で人口が減ればその分だけ食料に余裕が生まれる。
「それにしたって住人の一割以上を移民させるのは難しまありませんか?」
イラードの懸念ももっともだ。
しかし、そこは腐っても封建領主だぞ。
多少の不満、反感を買っても実行させられるだけの権力が今の僕にはある。
願わくばその結果、移民した人々が幸せになってくれれば万々歳なんだがね。
「オウチ領から受け入れる開拓移民団はいいとして、サイオウ領から送り出す移民団はどういたしますか?」
「イラード、常備軍編成のための人選は進んでいるか?」
「はい。本人の意向は聞いておりませんが、領内から五百人弱」
「五百人足らずか」
「オウチの砦に駐留している兵の中にもそれなりの数候補はおります」
と、なんとなく言い訳がましく聞こえる抗弁をしてくるのはご愛嬌か。
「とりあえず、それらを家族ごとオウチ領に送り出そう」
「屯田兵ですか」
さすがは前世日本人だ。
「トンデンヘイ……とは?」
チカマックも前世持ちだけど、彼は別世界からの転生だから判らないか。
当然、前世記憶のないイラードに判るはずもない。
ちなみに屯田とは「辺境に兵士を土着させ、平時には農業を行わせ、有事の際には軍隊に動員する制度。(大辞林)」であり、屯田兵は「明治初期、北海道の開拓・警備と失業士族の救済の目的で政府により奨励され、家族的移住を行なった農兵。(大辞林)」のことだ。
ぼんやりと前世知識を披露するとイラードが膝を打つ。
「その制度を利用するならもう少し兵を集められるかもしれません」
「しかし、それでは常備兵とはいえないのではありませんか? イラード殿」
「常備兵とは別口で募りますゆえ、心配ご無用にございますチカマック殿」
「それならばよろしかろう、チカマック殿」
「そうですね」
「では、少々無理を申しつけるが、春の農繁期に間に合うように手配せよ」
「御意」
「お館様」
「どうした、チカマック」
「この場にルダー殿もおりますので、ついでに私の要望もお聞き願えませんでしょうか?」
「よかろう」
「ありがたき幸せ」
チカマックは居住まいを正してルダーに体を向ける。
「まずは確認なのですが、以前、冬にも野菜を作ることができるとおっしゃっていましたが、本当に可能なのでしょうや?」
「可能です」
「家の中で花を育てることができるのは知っていますが、普通に畑で生産するように可能?」
「不可能ではありません」
実際、ビニールハウスを建てられれば実現できるし、科学技術が前世並みに進めば土もいらない連作障害も気にしなくていいまさに野菜工場も作れるからな。
「なにをすれば実現できるのでしょうや?」
「まずは野菜を育てる建物をつくります。その際重要なのは壁を透明にすることです。植物は光合成といって光によって空気と水から体を作り出します。次に適切な温度管理をし、必要な栄養分を補えば実がなります」
二酸化炭素と水で炭水化物を生成し酸素を放出する。
と、前世で習ったけど、この世界ではまだこの程度の基礎化学も確立していない(もっとも、前世世界でも空気にも種類があると発見したのは十八世紀。
それまではアリストテレスが提唱した四元素説に則って「物質は火・水・土・空気からできている」と認識されていた。
この世界ではなんとなく「空気の中には必要なものと有害なものが含まれている」程度の認識はある。
そうか、化学実験を行えば飛躍的に文明が発展する可能性があるんだ。
二十世紀の小学生が理科の実験で行えるレベルのものでもこの世界では錬金術レベルの大発見に繋がるのか。
こりゃあ目から鱗だ。
「お館様。食料増産のため、屋内栽培の研究をさせていただけないでしょうか」
温室 栽培の技術が確立されれば通年で新鮮な野菜が食べられるようになる。
それはとりもなおさず食の充実を意味し、冬場不足しがちなビタミンなどを補うことによる健康増進が見込まれると言うことだ。
やらない選択肢はない。
「よし、許可しよう」
「ルダー。ハングリー区とヒロガリー区、開発余地はどちらが大きい?」
「土地の広さと言うことならばハングリー区の方が広いですが、すぐに農地になるのはヒロガリー区の方でしょうか」
「お館様、グリフ族のようにオウチ領から開拓団を募るおつもりですか?」
と、イラードが訊ねてくる。
「そうだ。五千人規模で移住してもらおう」
「五千!? それはまた思い切った人数ですな」
と、チカマックが驚いて仰け反った。
ルダーはといえば多少ひきつった笑みを浮かべているが、ふぅとゆっくり息を吐いてからこう言う。
「それはハングリー区の開発が一気に進みますな」
「新規開墾は数年の税免除……」
「当然だ、イラード。法の下では公平に扱わねばならぬぞ」
僕の施政下では新規開墾農地は三年間の徴税免除、四年目は六割免除、五年目は三割免除が約束されている。
領地を増やしてもそれは変わらない。
新領地だから別の法なんて作成するのも面倒くさいし、不満の火種になりかねない。
むしろ他領主の法より余程公正公平な法律になっているはずだ。
なにせ自由平等が建前の民主主義国家の市民だった前世持ちだからな、僕は。
「この施策が成功するのであれば、オウチ領の食料問題も秋の収穫後には改善できましょう」
チカマックの言う通りだ。
オウチ領から数千人規模で人口が減ればその分だけ食料に余裕が生まれる。
「それにしたって住人の一割以上を移民させるのは難しまありませんか?」
イラードの懸念ももっともだ。
しかし、そこは腐っても封建領主だぞ。
多少の不満、反感を買っても実行させられるだけの権力が今の僕にはある。
願わくばその結果、移民した人々が幸せになってくれれば万々歳なんだがね。
「オウチ領から受け入れる開拓移民団はいいとして、サイオウ領から送り出す移民団はどういたしますか?」
「イラード、常備軍編成のための人選は進んでいるか?」
「はい。本人の意向は聞いておりませんが、領内から五百人弱」
「五百人足らずか」
「オウチの砦に駐留している兵の中にもそれなりの数候補はおります」
と、なんとなく言い訳がましく聞こえる抗弁をしてくるのはご愛嬌か。
「とりあえず、それらを家族ごとオウチ領に送り出そう」
「屯田兵ですか」
さすがは前世日本人だ。
「トンデンヘイ……とは?」
チカマックも前世持ちだけど、彼は別世界からの転生だから判らないか。
当然、前世記憶のないイラードに判るはずもない。
ちなみに屯田とは「辺境に兵士を土着させ、平時には農業を行わせ、有事の際には軍隊に動員する制度。(大辞林)」であり、屯田兵は「明治初期、北海道の開拓・警備と失業士族の救済の目的で政府により奨励され、家族的移住を行なった農兵。(大辞林)」のことだ。
ぼんやりと前世知識を披露するとイラードが膝を打つ。
「その制度を利用するならもう少し兵を集められるかもしれません」
「しかし、それでは常備兵とはいえないのではありませんか? イラード殿」
「常備兵とは別口で募りますゆえ、心配ご無用にございますチカマック殿」
「それならばよろしかろう、チカマック殿」
「そうですね」
「では、少々無理を申しつけるが、春の農繁期に間に合うように手配せよ」
「御意」
「お館様」
「どうした、チカマック」
「この場にルダー殿もおりますので、ついでに私の要望もお聞き願えませんでしょうか?」
「よかろう」
「ありがたき幸せ」
チカマックは居住まいを正してルダーに体を向ける。
「まずは確認なのですが、以前、冬にも野菜を作ることができるとおっしゃっていましたが、本当に可能なのでしょうや?」
「可能です」
「家の中で花を育てることができるのは知っていますが、普通に畑で生産するように可能?」
「不可能ではありません」
実際、ビニールハウスを建てられれば実現できるし、科学技術が前世並みに進めば土もいらない連作障害も気にしなくていいまさに野菜工場も作れるからな。
「なにをすれば実現できるのでしょうや?」
「まずは野菜を育てる建物をつくります。その際重要なのは壁を透明にすることです。植物は光合成といって光によって空気と水から体を作り出します。次に適切な温度管理をし、必要な栄養分を補えば実がなります」
二酸化炭素と水で炭水化物を生成し酸素を放出する。
と、前世で習ったけど、この世界ではまだこの程度の基礎化学も確立していない(もっとも、前世世界でも空気にも種類があると発見したのは十八世紀。
それまではアリストテレスが提唱した四元素説に則って「物質は火・水・土・空気からできている」と認識されていた。
この世界ではなんとなく「空気の中には必要なものと有害なものが含まれている」程度の認識はある。
そうか、化学実験を行えば飛躍的に文明が発展する可能性があるんだ。
二十世紀の小学生が理科の実験で行えるレベルのものでもこの世界では錬金術レベルの大発見に繋がるのか。
こりゃあ目から鱗だ。
「お館様。食料増産のため、屋内栽培の研究をさせていただけないでしょうか」
それはとりもなおさず食の充実を意味し、冬場不足しがちなビタミンなどを補うことによる健康増進が見込まれると言うことだ。
やらない選択肢はない。
「よし、許可しよう」