第306話 終日の攻防 5

文字数 2,383文字

 盾を構えた従者の後ろに二十人の魔法兵が、小銃を構えて階段を上っていく。
 固唾を飲んでそれを見送るとやがて金属が衝突する音が聞こえ、断末魔の声に変わる。
 絶え間なく続く断末魔が次第に遠ざかっていくのを感じ、僕は歩兵に上るように命令、自らもその後に続く。
 登ってみると死屍累々だ。
 間断なく二十人もの魔法使いが放つF《フル》M《メタル》J《ジャケット》弾が次々と敵兵を撃ち倒したあとである。
 ああ、弾丸は最近になってFMJ弾に更新されている。
 この世界では石を魔法で飛ばす石の(ストーン)弾丸(バレット)が誕生し、鉄の(スチール)弾丸(バレット)が主流になっている。
 いずれも丸い弾を魔力で飛ばすだけの原始的な仕組みである。
 これに前世の銃の仕組みを応用して作られたのが我が軍の魔法兵標準装備の魔道具小銃(ライフル)
 鉄の筒の内側に旋条(ライフリング)を刻み、椎の実型の鉄の弾丸を旋回させるように射出することで威力と射程距離を飛躍的に高めてズラカルト領攻略戦で無類の威力を発揮した。
 その後改良を重ねる段階でピープサイト式の照準器をつけて命中精度を高め、ピープサイトを付けたのに合わせて銃把(グリップ)をつけたものにした。
 これによって小銃の保持が容易となったことから命中精度がさらに向上した。
 それと同時に弾丸の破壊力・殺傷力を高めるべく改良したのが鉛の弾丸に真鍮の膜を薄く被せたFMJ弾である。
 表向きにはね。
 一番の理由は単に大量生産に向いているから。
 鉛は融点が約二三〇度と低く加工が容易なのだ。
 ただし、そのまでは柔らかすぎるので、これを加工しやすく錆びない銅と亜鉛の合金である黄銅で被う。
 そうしないと旋条に削られた鉛が銃腔に残って命中精度が低下してしまうからだ。
 そんな現代兵器然とした小銃で敵魔法使いの放つ豆鉄砲みたいな魔法、鉄の弾丸と撃ち合って撃ち負ける道理なんてどうひっくり返したってないじゃないか。
 迎撃していた魔法使いは蜂の巣になり、彼らを守っていた騎士たちもその貫通力で散々に撃ち抜かれたものが多かったみたいだ。

「よくやった。あとは歩兵に任せて負傷兵の面倒を見てくれ」

 魔法兵たちをそう労うと、入れ替わるように前に出た歩兵たちを従えてメゴロマが突撃していく。
 僕も後についていく。
 圧して圧して圧しまくっていると、将軍級と見られる武将が立ちはだかった。

「我が名はヘンペイ。城を預かる城代である。ここまで攻められては是非もなし。この上は敗けを認めて……」

「我が軍門に降るか?」

 試しに言葉をさえぎり訊ねると、ぴくりと片眉が跳ねた。
 敵兵に魔法使いがいないことを確認し、左手を後ろに回して控えている魔法使いにサインを出す。
 その仕草が不自然にならないように右手を腰の剣に乗せることを忘れはしない。

「願わくば兵をまとめて城からの退去を許可願いたい」

 この男、僕から視線を外さないな。
 ありがたいので、こちらからも射すくめる気満々でその目を見つめ返す。

「ふむ」

 と、時間稼ぎに考える素振りを見せてみる。

「よかろう」

「ありがたし」

 とか言いながら安堵した様子も見せずに握手をしようと右手を出しつつ一歩、近づいてこようとするので

「ところで」

 と、その歩みを止めさせる。

「ここはアシックサル季爵の居城であったな」

「……ええ」

「では季爵殿の近親者がおられよう。その者らは?」

 あえて言葉を端折ってあやふやに訊ねてみせると、目線が一度右上を向く。

「奥の間に奥方様以下身を寄せ合っておられます」

「ヘンペイ。そなた、城代だと言ったな」

「はい」

「兵をまとめて城から退去……主家のご家族の安全確保を優先するのが職分ではないのか?」

 訊かれたヘンペイの額がこちらの掲げる魔法の明かりを反射し始める。

「もちろん、退去の際には皆様お守りして参ります」

「まぁ、よかろう」

 頃合いだ。

「速やかに武器を捨て城を出るのであれば、そうするがいい」

「慈悲に感謝する」

 と言いながら再び握手を求めるように歩を進めてくるヘンペイ。
 こちらは後ろに回していた左手でそっと鞘を握り、さも握手を迎えるように右足を一歩前に出しつつ心持ち腰を落とす。
 引っかかったという笑みを漏らしてヘンペイの出していた右手が腰に帯びた剣の柄を握るのをみる。
 よく練られた動きだ。
 感心するよ。
 しかし、僕の方が上手だったようだな。
 一連の動きがよく見えている。
 魔法使いにかけさせていた能力向上(ドーピング)改の効果だ。
 ヘンペイの剣が鞘から白刃きらめかせて僕を横薙ぎにしようと走ってくる。
 けれど残念だよ、後から抜いた僕の刀の方が速くヘンペイの右腕を落とす。
 能力向上魔法で底上げされた僕の技量はジャリ・バンの鍛えた刀の性能を遺憾なく発揮させたようだ。
 腹の底から湧き上がってくるような叫びを発し、膝をついて天を仰ぐヘンペイを見下ろしつつ、刀を振って血糊を飛ばすと刀を鞘に収める。
 敵も味方も呆然と見ているだけで動こうとしない。

「血を止めてやれ」

 と、ヘンペイの側近と思われる騎士に声をかける。
 そして、

「先に交わしたことだからな、城からの退去は認めてやる。応急処置が終わり次第、武器を置いて城から出ていけ」

 そう言い捨てると、失血で蒼ざめた顔をそれでも鬼の形相に歪めてヘンペイが吠えてみせる。

「覚えておれ、ここでオレを見逃したことを後悔させてやる! きっとだ! 絶対にだぞ!」

 激昂する上官を部下たちがなだめすかして引きずっていくのをしばしの間見送っていると、他の階段から攻略に上がっていた部隊から伝令が走ってきた。
 敵兵にここでの停戦交渉の結果が知らされたらしく、事実かどうかの確認のためによこされたものだ。
 移動電話や飛行手紙を寄越せばいいのにと思いつつも、秘匿技術として扱っているのだろうと思えば頬が緩む。

「ああ、勝利に終わったぞ。警戒はしつつアシックサル軍の退去を見守るように」

 僕は大きく息を吐いた。
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