第297話 人事
文字数 2,139文字
全軍を整然と率いて入城する頃には、あらかたの戦闘が終わっていた。
アシックサルの砦は戦闘で破壊されていることも相まって雑然としていて印象はよくない。
道脇に座り込み怯えた表情で僕らを見上げている非戦闘員は圧倒的に女子供が多く皆一様に栄養の足りていない感じだ。
(まずいな……)
文化水準を上げまくっている僕の領内と比べて衛生環境が悪いのは想定内なんだけど、ちょっと想定外なことが発覚しそうな気配がする。
「イラード」
僕は内務大臣のイラードを呼び出す。
「いつもの通り、乱暴狼藉を厳に慎むよう改めて通達を出せ。それからチロー、オクサ、ルビンスと協力して行政書類をおさえて速やかに精査せよ。人手が足りなければ何人使っても構わない」
「かしこまりました」
イラードが去るのと入れ違いにギランが入ってくる。
彼も僕が呼び出した。
「なにか?」
「現在判っている限りでいい、被害と戦果の報告をしてもらおう」
大将を任じたサビーではなくギランを呼び出したのは彼が今や実業家として一定の地位を築いているからだ。
報告は思ったとおり簡潔で要点を押さえていた。
「我が軍の戦死者十五人。うち騎士が一名、あとは歩兵です。戦線離脱者は十二人ですが、いずれも社会復帰は叶いそうです。装備品では保護幕が三枚破損、七枚はまだ使用可能と報告が上がっております」
「その七枚は廃棄か研究用に払い下げろ。いつ破損するかわからない装備品では兵も安心して使えなかろう」
「では、そのように。敵方は、戦死百十四、捕虜百九十八。裏門から逃げ出した兵は推定で五十ほど、ほとんどが騎士とその供回りとの報告が上がっております」
砦の規模を考えると三百以上が常時詰めていたとは思えないから、先のオルバックJr.の敗残兵が残っていたんだろう。
「まだ搦手からの報告が上がっておりませんので確定ではありませんが、戦力差を考えれば壊滅しているのではないかと思われます」
「判った。以後の報告は……」
そろそろ軍事の大臣を新設する時期か。
「追って指示があるまでしばらくその方に預ける」
「!? 判りました」
「退がってよい」
ギランが執務室を出るのを確認した僕は、リリムに視線を向ける。
「なによ?」
僕が意識的にリリムに視線を向けることは滅多にない。
なぜなら、彼女は転生者にしか見えない妖精だからである。
転生者以外には僕がなにもない空間を見つめているようにしか見えないなんて状況は、領主としての沽券に関わるからね。
だから、いつもはわざと僕の前を飛び回ったりして興味をひこうとするくせに、こうやって僕から彼女を見るとドギマギするのか挙動不審に視線を泳がせるのだ。
ちっちゃくて可愛いのがそう言う仕草をするなんて、ちょっと卑怯だよな。
それはともかくだ。
(リリム、久しぶりに考えをまとめるのに協力してくれないか?)
「声に出さないの?」
(ああ、執務室には誰もいないけど、どこで誰が聞いているか判らないからな)
(判ったわ。で? なにを考えるの?)
(イラードを内務大臣にして内政を任せているのと同様に、戦争に関する事務処理などを担当する大臣を任命しようと思うんだ)
(外務大臣じゃダメなの?)
(外務大臣は主に話し合い外交の担当部署だからね。ケイロに戦争の仕切りは荷が勝ちすぎる。ここは戦の経験が豊富な人材を割り振りたいんだ)
(なるほどね。で?)
(で? ときたか。そうだな……戦のことが判っていて事務処理能力が高い人材に任せたいと思っているんだけど……)
(候補がいるけど、なにか問題があるのね?)
(そうなんだ。元々騎士で戦闘力も高く事務能力も高い人材。候補としてはオクサ、ルビンス、あとダイモンド辺りが適任かなぁと。でも、オクサはズラカリー区長、ルビンスもハングリー区の区長だ。そうすると必然的にダイモンドってことになるんだけど、引き受けてくれるかどうか……)
(区長も町長も打診して断られたんだっけ?)
(そうなんだよね。命令すれば渋々でも拝命したとは思うんだけど、それで戦闘のパフォーマンスが低下しても困ると思って無理強いは避けたんだ)
(今回は命令する?)
(んーん……)
(じゃあ、誰がいちばんの適任だと思っているの?)
(……オクサ)
(困るとすぐオクサを頼ってるみたいね)
(そう見えるよねぇ)
(区長は別の人を当ててもまわるとか、内々で思ってるんでしょう?)
(むしろそっちが問題でなぁ。ズラカリー区の区長となると簡単には務まらないだろう?)
(そっちはルビンスとかヒロガリー区長のサイに任せてさ)
なるほど!
あ・いや、なんでそれを考えつかなかったんだ?
これはあれだ、固定観念に囚われたってやつだ。
頭が固くなったってことだろう。
もう少し日頃から柔軟な発想ができるような脳トレ的なことをしないとダメってことかもしれないな。
よし、そうしよう。
差し当たって代わりに区長を任命するのは……そうだな、ホークがいいだろう。
サイをズラカリー区長にして空いたヒロガリー区長にルビンスを、ルビンスの代わりにホークをハングリー区長にすればオクサを防衛大臣にできる。
(外に向かって戦争仕掛けてるのに『防衛大臣』なの?)
(アメリカだって『国防庁長官』だからね。こんなの建前だよ、建前)
アシックサルの砦は戦闘で破壊されていることも相まって雑然としていて印象はよくない。
道脇に座り込み怯えた表情で僕らを見上げている非戦闘員は圧倒的に女子供が多く皆一様に栄養の足りていない感じだ。
(まずいな……)
文化水準を上げまくっている僕の領内と比べて衛生環境が悪いのは想定内なんだけど、ちょっと想定外なことが発覚しそうな気配がする。
「イラード」
僕は内務大臣のイラードを呼び出す。
「いつもの通り、乱暴狼藉を厳に慎むよう改めて通達を出せ。それからチロー、オクサ、ルビンスと協力して行政書類をおさえて速やかに精査せよ。人手が足りなければ何人使っても構わない」
「かしこまりました」
イラードが去るのと入れ違いにギランが入ってくる。
彼も僕が呼び出した。
「なにか?」
「現在判っている限りでいい、被害と戦果の報告をしてもらおう」
大将を任じたサビーではなくギランを呼び出したのは彼が今や実業家として一定の地位を築いているからだ。
報告は思ったとおり簡潔で要点を押さえていた。
「我が軍の戦死者十五人。うち騎士が一名、あとは歩兵です。戦線離脱者は十二人ですが、いずれも社会復帰は叶いそうです。装備品では保護幕が三枚破損、七枚はまだ使用可能と報告が上がっております」
「その七枚は廃棄か研究用に払い下げろ。いつ破損するかわからない装備品では兵も安心して使えなかろう」
「では、そのように。敵方は、戦死百十四、捕虜百九十八。裏門から逃げ出した兵は推定で五十ほど、ほとんどが騎士とその供回りとの報告が上がっております」
砦の規模を考えると三百以上が常時詰めていたとは思えないから、先のオルバックJr.の敗残兵が残っていたんだろう。
「まだ搦手からの報告が上がっておりませんので確定ではありませんが、戦力差を考えれば壊滅しているのではないかと思われます」
「判った。以後の報告は……」
そろそろ軍事の大臣を新設する時期か。
「追って指示があるまでしばらくその方に預ける」
「!? 判りました」
「退がってよい」
ギランが執務室を出るのを確認した僕は、リリムに視線を向ける。
「なによ?」
僕が意識的にリリムに視線を向けることは滅多にない。
なぜなら、彼女は転生者にしか見えない妖精だからである。
転生者以外には僕がなにもない空間を見つめているようにしか見えないなんて状況は、領主としての沽券に関わるからね。
だから、いつもはわざと僕の前を飛び回ったりして興味をひこうとするくせに、こうやって僕から彼女を見るとドギマギするのか挙動不審に視線を泳がせるのだ。
ちっちゃくて可愛いのがそう言う仕草をするなんて、ちょっと卑怯だよな。
それはともかくだ。
(リリム、久しぶりに考えをまとめるのに協力してくれないか?)
「声に出さないの?」
(ああ、執務室には誰もいないけど、どこで誰が聞いているか判らないからな)
(判ったわ。で? なにを考えるの?)
(イラードを内務大臣にして内政を任せているのと同様に、戦争に関する事務処理などを担当する大臣を任命しようと思うんだ)
(外務大臣じゃダメなの?)
(外務大臣は主に話し合い外交の担当部署だからね。ケイロに戦争の仕切りは荷が勝ちすぎる。ここは戦の経験が豊富な人材を割り振りたいんだ)
(なるほどね。で?)
(で? ときたか。そうだな……戦のことが判っていて事務処理能力が高い人材に任せたいと思っているんだけど……)
(候補がいるけど、なにか問題があるのね?)
(そうなんだ。元々騎士で戦闘力も高く事務能力も高い人材。候補としてはオクサ、ルビンス、あとダイモンド辺りが適任かなぁと。でも、オクサはズラカリー区長、ルビンスもハングリー区の区長だ。そうすると必然的にダイモンドってことになるんだけど、引き受けてくれるかどうか……)
(区長も町長も打診して断られたんだっけ?)
(そうなんだよね。命令すれば渋々でも拝命したとは思うんだけど、それで戦闘のパフォーマンスが低下しても困ると思って無理強いは避けたんだ)
(今回は命令する?)
(んーん……)
(じゃあ、誰がいちばんの適任だと思っているの?)
(……オクサ)
(困るとすぐオクサを頼ってるみたいね)
(そう見えるよねぇ)
(区長は別の人を当ててもまわるとか、内々で思ってるんでしょう?)
(むしろそっちが問題でなぁ。ズラカリー区の区長となると簡単には務まらないだろう?)
(そっちはルビンスとかヒロガリー区長のサイに任せてさ)
なるほど!
あ・いや、なんでそれを考えつかなかったんだ?
これはあれだ、固定観念に囚われたってやつだ。
頭が固くなったってことだろう。
もう少し日頃から柔軟な発想ができるような脳トレ的なことをしないとダメってことかもしれないな。
よし、そうしよう。
差し当たって代わりに区長を任命するのは……そうだな、ホークがいいだろう。
サイをズラカリー区長にして空いたヒロガリー区長にルビンスを、ルビンスの代わりにホークをハングリー区長にすればオクサを防衛大臣にできる。
(外に向かって戦争仕掛けてるのに『防衛大臣』なの?)
(アメリカだって『国防庁長官』だからね。こんなの建前だよ、建前)