第267話 旅の楽しみといえば郷土料理でしょう
文字数 2,015文字
ホルス車は最後の中継駅を経由して終着駅に辿り着く。
予定より半時間くらい遅れたようだけど、日暮れた町の夜はもう少し続くようだ。
村に住んでいた時、お日様と共に起き、お日様と共に床についた。
人口が増え、暮らしが楽になっても就寝がそこまで遅くなることはなかった。
せいぜい日暮の一時間後くらいだったろうか?
明かりになるのが薪の火しかなかったからだ。
幸い僕にはリリムの魔法の明かりがあったから、考え事をする時なんかは夜更けまで起きていることも多かったけどね。
もちろん貴族向けに蝋燭なども存在はしていたけど、庶民が気軽に使えるものじゃあない。
それが魔道具開発チームによって照明 の魔道具が発明され、人々の暮らしに浸透したことで持て余していた夜長は娯楽の時間へと変わった。
ま、一家に一台とはいかないけれど、酒場や駅には仄暗いながらも明かりが灯っていて、人々が集まっている。
「おつかれ」
「おう! 遅かったな」
明日のホルス車の手配を待っている間、ホルス車の乗組員同士の会話を聞くとはなしに聞いている。
「お前、明日は折り返しか?」
「残念だけど、明日はイデュルマ行きだよ」
「あー、かわいそうに」
かわいそうなことなんだ。
「おー、オレの代わりはお前か」
「あそこばっかりはな、誰も行きたがらねぇからな」
「でも、イデュルマ行きは賃金倍払いだろ?」
「そう思うんならお前志願しろよ」
「やなこった」
そんなにやなことなんだ。
「あー、ついでだからここで申し送りしとくぞ。魔獣の目撃情報が二つ、動物系の同一個体っぽいぞ」
「マジか!? グラーズラじゃねーだろうな?」
「ラバトを二回りっくらい大きくしたようなってんだからラットゥルビラだろうって話だ」
ラットゥルビラか、草食動物系魔獣ながら気性が荒く特に人種に対して攻撃してくる傾向があることで知られている。
僕も三回くらい遭遇したけど強力な後肢による跳躍力が武器で突進をモロに喰らうと肋骨二、三本持ってかれるんだよな。
「うへー、ただでさえ嫌なイデュルマ線なのにその上魔獣かよ」
「ま、グラーズラじゃないだけマシだろ。確実に出くわすってわけでもないしな」
「そうだそうだ、魔獣との遭遇なんて年に一遍くらいだろ。珍しい体験だし、倒しゃ自慢できるぞ」
「簡単に言ってくれるぜまったく……お前あれだろ? 魔獣と戦ったことねーだろ」
「あ、判る?」
「魔獣とやり合ったことがあるやつはぜってーそんなこた言わねーよ」
「んだんだ、ワシなんか去年ラットゥルビラの突進食らって死にかけた」
「嫌だ嫌だ」
「若旦那」
振り返るとカクさんだ。
「明日の予約をしてきました。本当に最初の駅で降りていいんですか?」
イデュルマ町行きは途中に二つの駅がある。
その最初の駅でホルス車を降りて鉱山都市まで歩いて行こうと思っているのだ。
「ああ、いろいろ情報を収集しながら行こうと思ってね。そうだ、ヤッチシ」
「へい」
うおっ!
どうやら僕の座っていたベンチと背中合わせに座っていたらしい。
「気になる噂があったんで調べてもらいたいんだが」
「お館様が宿の娘を……って話ですね?」
「そっちの客車でも話が出たか」
「へい。新婚のご新造さんを装ってやしたが、ありゃ忍びですね」
「じゃあ、こっちの夫婦者のおかみさんも?」
と、ハッチが言えば
「ご同輩だろうな」
と、ヤッチシが答える。
「ヒロガリー区は確か今ニンプー隊の管轄だったかな?」
「今晩中に繋ぎをつけてまいりやしょう」
「頼んだよ」
ヤッチシは、ホルス車疲れを振り払うような仕草でよっこらせと立ち上がり、ふらりとどこかへ歩いて消えた。
「さて、我々も宿に入りますか」
「その前にどこかで腹ごしらえと行きませんか?」
とハッチが腹をさすりながら言う。
「そうですね。大きな声じゃ言えませんが、ギランホテルの食事はイマイチですからね」
スケさんの言う通りだ。
「スケさん、この町の名物料理ってなにがあるんですか?」
「そうだな。ラバトがよく獲れるらしくて肉料理が多いかな。香草焼き、燻製……そうそう、この辺の郷土料理といえばモツ煮だな」
「そいつぁ美味そうだ。若旦那、行きましょう!」
涎を垂らしそうな勢いで僕の袖を引っ張る。
モツ煮か。
冷蔵できないこの世界では、内臓はよっぽど新鮮じゃなきゃ危なくて食べられない。
それが郷土料理になっているって言うんだから、本当にラバトがよく獲れるんだろうな。
どれ、調味料の少ないこの世界でモツ料理……確かに興味をそそられるぞ。
「ここが美味そうですよ」となんの根拠で言っているのか判らないけども、ハッチに引っ張られて三軒ほど並んでいる酒場の一軒に入る。
「ねぇさん、モツ煮とラバトの香草焼き、それと……デヤールの肉はあるかい?」
ねぇさんと呼ばれた恰幅のいい中年女性と色々会話をするハッチに注文を任せてみたが、どういう嗅覚なのか出てくる料理がどれもなかなか美味しかったことは特記しておこう。
予定より半時間くらい遅れたようだけど、日暮れた町の夜はもう少し続くようだ。
村に住んでいた時、お日様と共に起き、お日様と共に床についた。
人口が増え、暮らしが楽になっても就寝がそこまで遅くなることはなかった。
せいぜい日暮の一時間後くらいだったろうか?
明かりになるのが薪の火しかなかったからだ。
幸い僕にはリリムの魔法の明かりがあったから、考え事をする時なんかは夜更けまで起きていることも多かったけどね。
もちろん貴族向けに蝋燭なども存在はしていたけど、庶民が気軽に使えるものじゃあない。
それが魔道具開発チームによって
ま、一家に一台とはいかないけれど、酒場や駅には仄暗いながらも明かりが灯っていて、人々が集まっている。
「おつかれ」
「おう! 遅かったな」
明日のホルス車の手配を待っている間、ホルス車の乗組員同士の会話を聞くとはなしに聞いている。
「お前、明日は折り返しか?」
「残念だけど、明日はイデュルマ行きだよ」
「あー、かわいそうに」
かわいそうなことなんだ。
「おー、オレの代わりはお前か」
「あそこばっかりはな、誰も行きたがらねぇからな」
「でも、イデュルマ行きは賃金倍払いだろ?」
「そう思うんならお前志願しろよ」
「やなこった」
そんなにやなことなんだ。
「あー、ついでだからここで申し送りしとくぞ。魔獣の目撃情報が二つ、動物系の同一個体っぽいぞ」
「マジか!? グラーズラじゃねーだろうな?」
「ラバトを二回りっくらい大きくしたようなってんだからラットゥルビラだろうって話だ」
ラットゥルビラか、草食動物系魔獣ながら気性が荒く特に人種に対して攻撃してくる傾向があることで知られている。
僕も三回くらい遭遇したけど強力な後肢による跳躍力が武器で突進をモロに喰らうと肋骨二、三本持ってかれるんだよな。
「うへー、ただでさえ嫌なイデュルマ線なのにその上魔獣かよ」
「ま、グラーズラじゃないだけマシだろ。確実に出くわすってわけでもないしな」
「そうだそうだ、魔獣との遭遇なんて年に一遍くらいだろ。珍しい体験だし、倒しゃ自慢できるぞ」
「簡単に言ってくれるぜまったく……お前あれだろ? 魔獣と戦ったことねーだろ」
「あ、判る?」
「魔獣とやり合ったことがあるやつはぜってーそんなこた言わねーよ」
「んだんだ、ワシなんか去年ラットゥルビラの突進食らって死にかけた」
「嫌だ嫌だ」
「若旦那」
振り返るとカクさんだ。
「明日の予約をしてきました。本当に最初の駅で降りていいんですか?」
イデュルマ町行きは途中に二つの駅がある。
その最初の駅でホルス車を降りて鉱山都市まで歩いて行こうと思っているのだ。
「ああ、いろいろ情報を収集しながら行こうと思ってね。そうだ、ヤッチシ」
「へい」
うおっ!
どうやら僕の座っていたベンチと背中合わせに座っていたらしい。
「気になる噂があったんで調べてもらいたいんだが」
「お館様が宿の娘を……って話ですね?」
「そっちの客車でも話が出たか」
「へい。新婚のご新造さんを装ってやしたが、ありゃ忍びですね」
「じゃあ、こっちの夫婦者のおかみさんも?」
と、ハッチが言えば
「ご同輩だろうな」
と、ヤッチシが答える。
「ヒロガリー区は確か今ニンプー隊の管轄だったかな?」
「今晩中に繋ぎをつけてまいりやしょう」
「頼んだよ」
ヤッチシは、ホルス車疲れを振り払うような仕草でよっこらせと立ち上がり、ふらりとどこかへ歩いて消えた。
「さて、我々も宿に入りますか」
「その前にどこかで腹ごしらえと行きませんか?」
とハッチが腹をさすりながら言う。
「そうですね。大きな声じゃ言えませんが、ギランホテルの食事はイマイチですからね」
スケさんの言う通りだ。
「スケさん、この町の名物料理ってなにがあるんですか?」
「そうだな。ラバトがよく獲れるらしくて肉料理が多いかな。香草焼き、燻製……そうそう、この辺の郷土料理といえばモツ煮だな」
「そいつぁ美味そうだ。若旦那、行きましょう!」
涎を垂らしそうな勢いで僕の袖を引っ張る。
モツ煮か。
冷蔵できないこの世界では、内臓はよっぽど新鮮じゃなきゃ危なくて食べられない。
それが郷土料理になっているって言うんだから、本当にラバトがよく獲れるんだろうな。
どれ、調味料の少ないこの世界でモツ料理……確かに興味をそそられるぞ。
「ここが美味そうですよ」となんの根拠で言っているのか判らないけども、ハッチに引っ張られて三軒ほど並んでいる酒場の一軒に入る。
「ねぇさん、モツ煮とラバトの香草焼き、それと……デヤールの肉はあるかい?」
ねぇさんと呼ばれた恰幅のいい中年女性と色々会話をするハッチに注文を任せてみたが、どういう嗅覚なのか出てくる料理がどれもなかなか美味しかったことは特記しておこう。