第9話 わんぱくでも たくましく育ってるよ

文字数 2,504文字

 「(なめ)し」って知ってるかい?
 そのままだとすぐに腐っちまう動物の皮を道具として利用するための工程のことさ。
 僕は今、デヤールの肉の保存と並行してこの作業に追われている。
 ちなみに昨日は新鮮なデヤール肉のステーキを食べた。
 果物以外で久しぶりに食べた生鮮食品だった。
 うまかった。
 まず、肉の処理だけど鍋釜かき集めて塩水にじっくり浸す。
 「塩はどうした?」って? 山奥の村だって塩を手に入れる方法はいっぱいあるもんさ。
 どうもこの辺は昔海だったらしく(前世的地学知識)岩塩が取れるんだ。
 で、これを干して熟成させてを繰り返せば干し肉の出来上がりだ。
 ポイントは脂身が少ない肉の方がうまいことと、空気が乾燥している今時期(秋から冬にかけて)に作ることだ。
 一部は炉の上にぶら下げて燻製にする。
 ざっくりいって生ハムだ。
 僕の生まれ育った村はなぜか干し肉だけでハムをつくる風習がなかった。
 燻製工程ができなかったからだろう。
 炉の上に吊るすなんてのは日本の知恵だからな。
 脂身の多いところはベーコンにする。作り方は実は生ハムとそんなに違わない。
 保存用の肉の加工は実は手間はそんなに多くない。
 熟成だとか燻製だとかで時間がかかるだけなので、その合間に皮をなめす。
 まず、洗濯。
 この作業は水車くんにお任せ。肉を塩漬けしている間にじゃぶじゃぶ洗ってもらった。
 次に柔らかくなった皮に残ってる脂や肉をこそげ落とす。
 そんなこんなをしている間に渋ピサーメを雑木林から採ってくる。
 なめしにはタンニンという成分が必要ってことでタンニンって渋のことだよなぁ……と泥縄ながらタンニン作りを始めたわけだ。
 ピサーメを叩いて潰して水に浸す。

 …………。

 なんか忘れてる。
 僕は慌てて脳内検索をかける。
 確かにこの作り方でタンニン作れそうなんだけど、発酵して熟成するまで二年くらいかかりそうだ。

「リリム」

「何?」

「なめせないかも」

「ダメだね、それ」

 泥縄にもほどがある。

「それって、発酵熟成しなきゃダメなものなの?」

「ん?」

「だから、そのタンニンって『渋』なんでしょ? 発酵熟成する必要あるの?」

 …………。

「ないかも」

「ないんだ」

「うん、ないかも」

 僕が作ろうとしていたのは前世でいう柿渋なわけで、柿渋ってのは防腐、殺菌効果があって平安時代から染色に利用されていたものなんだけど、皮のなめしにわざわざ柿渋を使う必要はないわけだ。
 ああ、なんで勘違い、なんて早とちりなんだ。
 タンニンさえあればいいんじゃないか!

 さて、気を取り直して皮なめしを再開する。
 確か塩を混ぜてこの『なめし液』に皮を浸し時々撹拌する。
 この作業を五日から十日繰り返す。
 多分塩を入れるのはなめし液が腐らないようにだと思う。
 けど、タンニンも皮も生物由来だからあんまり長く浸しておくと腐るんだろう。
 念の為七日浸け込んで再び水車で洗濯。
 これを乾かせばとりあえず完成なはず。
 でも、前世では時々油をなじませてたな。
 息子のグローブとか仕事用の革靴とか。
 けど、そんな便利なもの手元にない。
 一人原始時代生活は思った以上にサバイバルだ。

 革ができるまでの間、僕はデヤールの骨角器作りを並行して行った。
 これも(前世世界の)人類が最初期から手にした道具の一つだ。
 まずは大雑把に角をそのまま使うハンマー。
 脚の骨で銛と槍。
 肋骨でなんちゃって日本刀。
 刀はそこまでの切れ味はないけど、武器がないよりまし。
 銛を作ったことで用水路にいる魚を獲ることができるようになった。
 ハンマーをゲットすることで黒曜石の加工が飛躍的に精度が上がるようになった。
 そして、黒曜石の鋭いナイフができたことで革で服を作るための骨の針と、釣り針も作れるようになった。
 てってれー♪
 僕はサバイバーレベルが上がった。

 …………。

 虚しい。
 とりあえず話し相手はいる。
 やることはいっぱいある。
 けど寂しい。
 雪がちらつき始める頃、僕はなんとか革の上着と靴を手に入れた。
 一張羅が二張羅になった。
 その毛皮の服と靴で雪の中、雑木林に狩りに出る。
 狙うはラバト。
 雪の上に残る足跡を頼りにラバトを追跡。
 発見!
 尾行して、接近。
 そして、八シャッケンという長柄の槍で突く!
 冬毛のもふもふラバトを十日で四匹ゲットして新鮮な肉で鍋料理を作ったり皮をなめしたり。
 魚を釣って刺身で食ったり乾物や燻製作ったり。
 集めたマルルン茹でたり蒸したり炊いたり焼いたりして食べたり。
 そんなこんなで暮らしてかれこれ三ヶ月が過ぎた頃、唐突に思い出したのがキャラバンの存在だ。
 この世界にも、新年を祝うという風習がある。
 一年の始まりは冬の終わり。
 あとふた月くらい先な訳だけど、毎年キャラバンが村に商品を売りにやってくる。
 山奥のど田舎に人が訪れるのはこのキャラバンと領主様が年貢の取り立てをよこす時くらいなもんだった。
 よくぞ思い出してくれたぞ現世の僕。
 物語が動くぞ。
 人間気力が湧くとできることが増えるんだろうか?
 狩りでは二度目のデヤールを仕留め、ラバトを一日で三羽も仕留めたりした。
 究極の一人暮らしな僕には有り余る肉なんだけど、キャラバンに売ろうと思ってせっせと食肉加工。毛皮は売れるほどの品質じゃないから自分用。
 人と会うのに着た切り雀はさすがに気が引ける。
 革は他にも作らなきゃならないものがいっぱいある。
 袋とかバッグとかさ。
 そんな充実した日々を過ごしていると、雰囲気ってのは伝わるものらしく、

「最近楽しそうね」

 なんてリリムに言われる始末だ。
 なんでもそうだけど何事もやればやるだけ上手くなる。
 骨角器も打製石器も自分でびっくりするほど上手にできてる。
 最初にリリムが言ってた通り、神様は人よりちょっぴり優秀な人間として転生させてくれているようだ。
 もちろん、職人ばりの出来とは言えないけど、実用に耐えるものになっている。
 最近じゃ、磨製石器も作り始めてる。
 けど、鉄器の方が本当はいいよね。

 そんなことをしているうちに気温が日に日に暖かくなり、そろそろキャラバンが村を訪れる頃になった。
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