第122話 ビタースイートな想い

文字数 2,532文字

 三日にわたって開催された戦略会議から十日、僕は自宅で割とのんびり過ごしていた。
 村の行政は代官任せ、軍事方面は計画は済ませてあるし収穫前で予定なし、公共事業は必要人員をすでに派遣済み。
 ここ二、三日はのんびり起きてサラが世話係のイゼルナと作ってくれる朝食を食べて昼まで剣術稽古か村内散策、午後は畑や牧場に出かけて農作業などを手伝い、腹をすかせてこれまたサラの手料理を食べる。
 とまあ、こんなに幸せでいいのかしらと後が怖くなるくらいの平穏さだ。

「そういえばご存知でしたか?」

「なにを?」

「この間の旅でイゼルナとチローが良い仲になったみたいなのですが」

 まじか!

「全然気づかなかった」

「やっぱり」

「やっぱりって?」

「お館様は色恋に無頓着な方だとほうぼうで言われていますよ」

「無頓着……」

 ちょっと心外だな。

「先日ルビレル殿に『お館にはキレイな女性が多く出入りしているのに囲った様子は見られない。愛されていますね』などと言われてどう言う意味かと聞き返したら……」

 と、そこまで口にして頬を染めて口ごもる。
 初心(うぶ)いねぇ。
 なんてほっこり眺めてしまう。
 すると、すぐさま深刻そうな表情に変わって

「でも、わたしが色恋に疎いのをいいことに上手にお付き合いしているのではないかと疑ってしまいまして、館にくる女性たちに聞いて回ったのです」

 なにをしてんですか?

 僕はきっと口をあんぐりと開けたバカ面晒しているに違いない。
 リリム、わざと僕の目の前を漂いながら笑うんじゃない。

「そうしたら、みんな『お館様は色恋に無頓着なだけですよ』というのです。ザイーダなどしょんぼりとして『うちは女として見られてないかもしれませんがね』などといっていましたが、あのような美しい女性が女として見られていないのではわたしもどう見られているのか……婚約はしていただいたけれどもやはり政略結婚、ただの政治的契約でしかないのかと落ち込んでしまいました」

 それで何日か前に一日中部屋に閉じこもっていたのか。
 ──つーかザイーダは好みじゃないんだよね、女性としては。
 いや、それよりも、だ。

「他には誰に聞いたんだ?」

「あとはオギン、ベル、ガブリエルとイゼルナです」

 それでチローと良い仲になっていることを知ったのか。
 いやいやいや、年頃のイゼルナとオギンはともかくガブリエルはチャールズの奥さんで既婚者、ベルに至ってはジョーの執事カーゲの奥さんで息子のカーゲマンは僕の一つ下、とっくに成人している子供のお母さんだろ。
 さすがにそこまで守備範囲広くないぞ。
 一応、それを指摘すると、

「その言い方ですと年頃の女性に意中の方がいるのですか?」

 なんでそうなる!?

(でも、気になる人はいるんでしょ?)

 しっしっ!

「いるのですね?」

 どうして女性というのはこう勘が鋭いんだろう?
 この勘の源泉はどこから来るんだ?
 やっぱ無意識の観察によるものなのか?
 ヤバイ、言葉に窮して無言でいるのは絶対まずい。
 とはいえ、どう切り返せばいいんだ?
 今後の関係性も(かんが)みて返答しなければいけないのに、いい切り返しが浮かばない。
 開き直りは最悪手か?
 白を切るとバレた時が修羅場にならないか?
 いっそ、そこはうやむやに歯の浮くような美辞麗句とか、愛の言葉を並べ立てるか……。

「今日はどうしたんだ? いやに突っかかってくるじゃないか」

「ごめんなさい」

 と、さっきまでの強気でツンとした態度がしゅんとしぼんでうつむく。

「ルビレル殿に言われた『愛されていますね』という言葉が心にトゲのように刺さってしまいまして……」

 そういえば、今日は硬い言葉を使っている。
 育ちがいいからか、普段もそれほど砕けた物言いはしないのだけど、今日は一段と表現がよそよそしかった。

(ああ、そうか……)

 僕は唐突にそこに思い至った。
 僕の婚約者であるサラは王位継承権を有している王族だ。
 オギンに詳しく調べさせた結果、現在の継承権は第十七位だと確認が取れている(ただし、現在行方不明扱いであまり長くこの状態が続くと死亡したとみなされる懸念もあるという)。
 僕との婚約は政略結婚であることは間違いない。
 二年前、商都ゼニナルで刺客に追われていたところを救ってからこっち、なに不自由なく暮らせるように配慮してきたつもりだったけれど、それまでの彼女を知っている人間が誰もいない中での生活だった。
 かわいい子だとは思いつつも、婚約を公言していることと日々の実務にかまけてなおざりにしてきたかもしれない。
 それがどれだけ心細かったかなんて思いもよらないままに。
 よくある恋愛的失敗だ。
 釣った魚に餌をあげない的な。
 普段穏やかな笑みをたたえ続けていた彼女が、遠回しながらもそれを訴えてきたことにじくじたる思いが胸いっぱいに広がった。

(最低だな)

(そうね)

 リリムにまで言われてしまった。

(慰めてほしいところだったんだけどな)

(その必要ある?)

 正直、ない。
 じくじたる思いとは別に「それって、僕に愛されていないと思って悲しくなっているってことじゃないのか?」という、ちょっとしたうぬぼれがわいてきたからだ。
 結婚することは互いの好悪とは無関係に進められる確定事項だ。
 だけど、どうせ結婚するなら相手を好きになりたいし、相手にも好かれたい。
 特にこんなにもかわいらしい相手ならなおのこと。
 その相手が今「自分は愛されていると周りから見られているけれど、果たしてそうなのか?」と疑問に思い、なおかつそれを悲しいこと・寂しいことだと感じている。
 ここは前世同様恋の成就に向けてアプローチをかけていくべきだろう。
 恋愛は楽しいしね。
 とはいえ、ここは慎重にことを進めなければいけない。
 下手なアプローチで嫌われても困る。
 唐突に「好きだ」と告白したって信用してもらえないだろう。

「寂しい思いをさせてたのか、ごめん」

「あ、いえ、そういうつもりでは……」

 と、こちらを見て慌てて否定したあとすぐに頬を朱に染めうつむいてしまう。

「今は少し時間に余裕もあるし、晴れていたら明日にでも出かけようか? 二人で」

 僕がそういうと、パッと表情が明るくなり

「はいっ!」

 と、弾けるような返事が返ってきた。
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