第307話 戦後処理は粛々と 1
文字数 2,046文字
深更の暗闇の中、篝火を頼りに城を落ちていくアシックサル軍。
城下の町もひっそりと静まっている。
下町は当然としても、生活に余裕のある貴族街からも灯りの漏れる家はない。
「イラード、トーハ」
たいして動いていないので能力向上改の副作用は軽めだけれど、それでもヘンペイの奇襲に反応した右腕と広背筋には筋肉痛の症状がある。
張っている右肩を鎧の上からさすりながら二人を呼び止めると、よくできたものでイラードから
「落ちて行った敗残兵は約三百。貴族どもは半数がついて行ったものと思われます」
僕の知りたいことを先回りして調べているだけじゃなくて、なにも言っていないのに報告してくるとか有能通り越して超能力者じゃないかと構えてしまいそうになる。
「投降兵の多くは徴兵された民兵がほとんどで、その数約四百。彼らはどうしますか?」
「武器を取り上げ、家に返すがいい。アシックサルの圧政より我々の統治下の方がマシと知ればおとなしくしていよう。ただし、騎士や貴族は別だ。ところでガーブラは戻ってきたか?」
「それが、地下牢を発見したという連絡を最後に……」
と、言っているところにふよふよと飛行手紙が舞い込んでくる。
サッと目を通すと、別の地下通路を発見したので奥へ探索に向かうと書いている。
「イラード、ガーブラを呼び戻せ。探索は明日でよいとな」
短く返事をするとどこから取り出したのかペンを取り出してサラサラと飛行手紙に走らせる。
「トーハ、残った貴族どもの身辺調査と町に潜りんでいるだろうスパイどもを町から追い出せるか?」
「可能な限りやらせましょう」
「お館様」
すでに飛行手紙を飛ばしてしまったイラードが
「兵たちはどういたしますか?」
と、訊ねてくる。
「今日はこの居城で一夜を明かそう。門を閉じておけばそう大勢の兵を不寝番に立たせる必要もなかろう」
「では、そのように手配してきます」
「お前はしっかり休めよ」
「では、不寝番の指揮はガーブラにでも任せましょうかね」
「そういえば」
「なにか?」
「アシックサル季爵の身内というのは見たか?」
と、訊ねると二人とも首を軽く傾げてしまう」
「そういえば、見ておりませんな」
「やはりか」
「お館様はなにかお気づきでしたか」
「ああ、城代を名乗っていたヘンペイが主家のお身内を護衛もせずに兵をまとめて出で行っただろう」
「そういえば」
「おそらく、我らが城門に取りついた段階ですでに逃していたと思われる」
「なんと」
「では、ニンニン隊にでも落ち延びた先を探らせましょう」
「よい。捕まえたところで厄介が増えるだけだ」
「そうですな」
その後、いくつかの事後処理についての指示を出し、僕は投降した居城の使用人にアシックサルの寝室であるという部屋に案内された。
僕は鷹揚に華美なソファに腰をかけて見せた後、
「ご苦労。退がってよいぞ」
と、使用人を退がらせる。
使用人がいなくなったのを確認させた僕は、護衛の近衛兵に部屋をくまなく探させると、案の定隠し扉が発見された。
使用人が知っていたかどうかは関係ない。
こういう建物は大概万が一の時のための仕掛けが施されているものだからね。
おそらく脱出用の通路だろう。
城から抜け出すことができるということは逆もまた然りというやつだ。
(リリム)
(なに?)
(たしか君は寝ないんだったよね)
(寝ないんじゃなくて、寝なくても平気なだけよ。なにせ私はあなたのサポート役なんだから)
(じゃあ、頼んでいいかな?)
(どうぞ)
僕は部屋に幾つかの仕掛けを施した後、使用人が客室と言っていた部屋の一つに潜り込んで一夜を明かす。
日が完全に昇った後に目覚めた僕がまずしたのはリリムに確認を取ることだった。
(やっぱり来ただろ?)
(ええ、大仰に三人も)
(ええ!? それを誰も気づいてないの?)
たしかに忍者部隊はトーハに命じて町の情報収集にあたらせたから出払っていたかも知れない。
しかし、賊の侵入に近衛兵も気づかなかったってのはちょっと不安だな。
立場が上になると対策しなきゃならないことが多くなってゲンナリしてくるよ。
まぁ、いいや。
着替えをすませ部屋を出ると眠そうな近衛兵が二人、慌てて敬礼をする。
「眠そうだな。それで護衛が務まるのか?」
「申し訳ございません」
「寝ていないのか?」
「あ、いえ、交代で朝番なのですが、あまり寝られませんで……」
「眠いことの言い訳には使えるが、任務失敗の言い訳にはできないからな」
「以後、気をつけます」
「そうしてくれ」
近衛たちを起こし、サビーを呼びにやる。
奮迅の活躍だった割にスッキリした顔色でサビーがやってくる。
一応は返り血を洗い流しているようだ。
そんなサビーたちを連れて例の寝室へ向かう。
「ここになにがあるんです?」
「近衛たちは知っていると思うが、寝る前にいくつか仕掛けをしていたのだがな……」
と、僕は演技たっぷりにあちこちを見て回りながらサビーに向けて説明をする風を装う。
そこではたと気づいた近衛の一人が「あっ!」と、大きな声を出す。
城下の町もひっそりと静まっている。
下町は当然としても、生活に余裕のある貴族街からも灯りの漏れる家はない。
「イラード、トーハ」
たいして動いていないので能力向上改の副作用は軽めだけれど、それでもヘンペイの奇襲に反応した右腕と広背筋には筋肉痛の症状がある。
張っている右肩を鎧の上からさすりながら二人を呼び止めると、よくできたものでイラードから
「落ちて行った敗残兵は約三百。貴族どもは半数がついて行ったものと思われます」
僕の知りたいことを先回りして調べているだけじゃなくて、なにも言っていないのに報告してくるとか有能通り越して超能力者じゃないかと構えてしまいそうになる。
「投降兵の多くは徴兵された民兵がほとんどで、その数約四百。彼らはどうしますか?」
「武器を取り上げ、家に返すがいい。アシックサルの圧政より我々の統治下の方がマシと知ればおとなしくしていよう。ただし、騎士や貴族は別だ。ところでガーブラは戻ってきたか?」
「それが、地下牢を発見したという連絡を最後に……」
と、言っているところにふよふよと飛行手紙が舞い込んでくる。
サッと目を通すと、別の地下通路を発見したので奥へ探索に向かうと書いている。
「イラード、ガーブラを呼び戻せ。探索は明日でよいとな」
短く返事をするとどこから取り出したのかペンを取り出してサラサラと飛行手紙に走らせる。
「トーハ、残った貴族どもの身辺調査と町に潜りんでいるだろうスパイどもを町から追い出せるか?」
「可能な限りやらせましょう」
「お館様」
すでに飛行手紙を飛ばしてしまったイラードが
「兵たちはどういたしますか?」
と、訊ねてくる。
「今日はこの居城で一夜を明かそう。門を閉じておけばそう大勢の兵を不寝番に立たせる必要もなかろう」
「では、そのように手配してきます」
「お前はしっかり休めよ」
「では、不寝番の指揮はガーブラにでも任せましょうかね」
「そういえば」
「なにか?」
「アシックサル季爵の身内というのは見たか?」
と、訊ねると二人とも首を軽く傾げてしまう」
「そういえば、見ておりませんな」
「やはりか」
「お館様はなにかお気づきでしたか」
「ああ、城代を名乗っていたヘンペイが主家のお身内を護衛もせずに兵をまとめて出で行っただろう」
「そういえば」
「おそらく、我らが城門に取りついた段階ですでに逃していたと思われる」
「なんと」
「では、ニンニン隊にでも落ち延びた先を探らせましょう」
「よい。捕まえたところで厄介が増えるだけだ」
「そうですな」
その後、いくつかの事後処理についての指示を出し、僕は投降した居城の使用人にアシックサルの寝室であるという部屋に案内された。
僕は鷹揚に華美なソファに腰をかけて見せた後、
「ご苦労。退がってよいぞ」
と、使用人を退がらせる。
使用人がいなくなったのを確認させた僕は、護衛の近衛兵に部屋をくまなく探させると、案の定隠し扉が発見された。
使用人が知っていたかどうかは関係ない。
こういう建物は大概万が一の時のための仕掛けが施されているものだからね。
おそらく脱出用の通路だろう。
城から抜け出すことができるということは逆もまた然りというやつだ。
(リリム)
(なに?)
(たしか君は寝ないんだったよね)
(寝ないんじゃなくて、寝なくても平気なだけよ。なにせ私はあなたのサポート役なんだから)
(じゃあ、頼んでいいかな?)
(どうぞ)
僕は部屋に幾つかの仕掛けを施した後、使用人が客室と言っていた部屋の一つに潜り込んで一夜を明かす。
日が完全に昇った後に目覚めた僕がまずしたのはリリムに確認を取ることだった。
(やっぱり来ただろ?)
(ええ、大仰に三人も)
(ええ!? それを誰も気づいてないの?)
たしかに忍者部隊はトーハに命じて町の情報収集にあたらせたから出払っていたかも知れない。
しかし、賊の侵入に近衛兵も気づかなかったってのはちょっと不安だな。
立場が上になると対策しなきゃならないことが多くなってゲンナリしてくるよ。
まぁ、いいや。
着替えをすませ部屋を出ると眠そうな近衛兵が二人、慌てて敬礼をする。
「眠そうだな。それで護衛が務まるのか?」
「申し訳ございません」
「寝ていないのか?」
「あ、いえ、交代で朝番なのですが、あまり寝られませんで……」
「眠いことの言い訳には使えるが、任務失敗の言い訳にはできないからな」
「以後、気をつけます」
「そうしてくれ」
近衛たちを起こし、サビーを呼びにやる。
奮迅の活躍だった割にスッキリした顔色でサビーがやってくる。
一応は返り血を洗い流しているようだ。
そんなサビーたちを連れて例の寝室へ向かう。
「ここになにがあるんです?」
「近衛たちは知っていると思うが、寝る前にいくつか仕掛けをしていたのだがな……」
と、僕は演技たっぷりにあちこちを見て回りながらサビーに向けて説明をする風を装う。
そこではたと気づいた近衛の一人が「あっ!」と、大きな声を出す。