第257話 内政について 1

文字数 2,603文字

「おう、きましたな」

 夏の暑い日、評定の間に入るとルダー・メタとクレタ・ヨンブレム、アンミリーヤ、それとチカマック・エモンザーが待っていた。
 今日は定例の内政評定である。

「遅れてすまなかったな」

「お館様が謝ることではありません」

「さて、まずは定例報告から聞こうか」

 最初はルダーから始まる。
 何度もやっているとだいたい順番も決まってくるもんだ。

「オグマリー区の作物の生育状況は順調です。このままいけば今年も例年並みの収穫量が見込めるでしょう。ハングリー区はため池の整備が進捗七割に達したことで、オグマリー区と同程度に作物が育っています。この分なら予定通りに開墾を始めてもいいかもしれません」

 オグマリー区と同程度と言っても土地が痩せているのでまだまだ収穫量は少なめだろう。
 堆肥を撒いたりして土を育てているみたいだけど、もう数年はかかるだろうと去年の秋にルダーが言っていた。
 開墾で農地を拡げるのはいいけど、しばらくまともに作物は実らないだろう。
 新規開墾農地は三年間の徴税免除、四年目は六割免除、五年目は三割免除が約束されているからこの間に土を作ってくれればいい。
 

「ヒロガリー区はもともとの農地は作況がよく豊作が見込めます。拡げた農地はまだまだ目標の収穫量は望めませんが、天候もよく生育自体は良好です。ズラカリー区の作況は平年並みのようです。それと……」

 と渋い顔をする。

「どうした?」

「やはりズラカリー区の農地拡大は難しいですな」

 面積的には同程度のズラカリー区とヒロガリー区。
 しかし、より南にあるのにズラカリー区は農業生産力がヒロガリー区の六割に満たない。
 なぜか?
 それは耕作適地が少ないからだ。
 男爵領は国境となっている二つの山脈に挟まれていて、山岳地帯といってもいい。
 だからこそ平地なら隣村まで一日で行けるような距離に二日も三日もかかっていたのである。
 最優先で整備した街道でさえその道程を一日に短縮することができなかったほどだ。
 そんな領内でヒロガリー区は奇跡的に起伏が少ない。
 だからこそ領内の穀倉地帯と呼ばれているのだ。
 ルダーの測量によれば農地は今の倍に拡げられるだろうという。
 もっともオグマリー区でさえ人口が足りなくてこれ以上開墾しても農地として利用できない現状を鑑みれば、ヒロガリー区の開墾事業もいいとこ三割拡げられれば手一杯じゃないかな。
 いや、テクノロジーの発展でもう少し開墾できるか?
 そうそう、それでズラカリー区なんだけど、王国最奥の僻地オグマリー区と違って農地開発はできる範囲でしつくしているのだという。
 前世の文明水準なら力技で開墾もできるのだろうけど、そこまで農地を求めていないし仕方がない。

「では、ズラカリー区の開発資源はヒロガリー区に集中投下しよう」

「お館様、その件はご再考ください」

 と、進言してきたのはチカマック。

「なにか問題でも?」

「農機具開発で労働の省力化に成功したので農業労働では余剰人員と思われているでしょうが、彼らは隣接領地との争いにおける大事な戦力でもあるのですよ」

 ああなるほど、そっち方面のことは考慮に入れていなかった。
 物事は多角的にとらえて考えなきゃダメよね。

「ルダー、やはり農民は土地を離れ難いものかな?」

「一般的にはそうでしょうな。しかし、どう言う意図の質問ですかな?」

「うん、この際軍制改革と併せて少し抜本的に制度を変えようかと思ってな」

「どう変えるおつもりですか?」

「チカマックとアンミリーヤは耳慣れない言葉かもしれないが、兵農分離というやつを試みようと思ってな」

 兵農分離。
 大辞林によると
『一六世紀末に織豊政権によって開始され、一七世紀前半、徳川政権によって完成された武士と農民との階層分化・身分固定化。それまでの兵農雑居の形態から、検地・刀狩りを通じて、武士の都市集住と農民の武装および転職・移住の禁が確立した。』
 とある。
 秀吉の兵農分離制は身分の固定化による軍事力独占と武士階級の権力掌握が企図されていたようだけれど、信長のそれは農繁期を無視できる常時動員可能な戦力の確保が目的だったと言われている。
 そう、僕も農繁期を無視した季節に関係のない軍事作戦が行える軍隊が欲しくなったんだ。

「なるほど、それはぜひ導入すべき制度、というより導入しなければならない制度です」

 チカマックの前世は僕らの前世世界である地球とは別の魔法が支配する世界だけど、そこにもやっぱり高度な政治システムが存在する。
 その世界と比べてこの世界は明らかに文明の進歩が遅れている。
 どうもこの世界の住人は自力、独力で文明を進歩させられないようで、王国の歴史を見る限り五百年近くほとんど進歩していない。
 江戸時代二百六十年だってもっと進んだぞってくらいの緩慢さだから、神は僕らを転生させて文明を進めさせようとしているようだ。

「兵士と農民に別れるとなにがそんなによいのでしょう?」

 参加している中で唯一転生者ではないアンミリーヤが理解及ばず疑問を呈してくるのは仕方ないことだ。
 理解の埒外(らちがい)からの提案が簡単に飲み込めるならそれは未来を生きているといっていい。
 よく前世では「常識を疑え」とか言われていたけど、それがどんなに難しいことか。

「この世界、ほとんどの人間が農業に従事しているが、アンミリーヤ、お前自身農業から分離した存在ではないか」

「はぁ」

「農作業をしていないことでお前自身にいいことはないか?」

「それは大臣の仕事に集中できるだけでなく空いた時間に本来の仕事である文学の研究を……兵士もそうなのですね」

「そう、刀鍛冶が一心に鍛冶に打ち込めば優れた剣ができるように、商人が農作業をしない代わりにどこまでも遠くに商売をしに行けるように、兵士が農作業から解放されることで戦士としての技量を極限まで鍛えることができるようになるのだ。三銃士や()(つるぎ)のようにな」

「そこまでの境地に行けるものが果たして何人いるものでしょうな」

 それをいってくれるな、ルダー。
 ちなみに三銃士とは戦でたびたび目覚ましい功をあげるサビー・タン、イラード・タン、ガーブラ・ウォウウォウのことで、三剣とはオルバック配下で特に武勇に優れていた三人が揃って僕の配下となったので引き続き「ジャンの三剣」と呼ばれているダンモンド・アイザー、オクサ・バニキッタ、ラビティア・バニキッタのことだ。
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