第209話 なみだ、ひとしずく
文字数 2,261文字
バロ村に戻って最初にしたことは、サラに報告することだった。
その昔「お出来になられましたら隠さず申してくださいませ」と、釘を刺されていたことだし、こう言うことは先延ばしにしていると気まずくなるだけじゃなくこじれて厄介なことになるからね。
ただでさえ、結構厄介な案件なのに。
と言うことで、到着したその日のうちに寝室で差し向かいで事後報告をしたのですが、それを聞いたサラの第一声は
「やはり一番最初にお手をつけられたのはキャラさんだったのですね」
だった。
「やはりって?」
「女の勘です。というか、むしろわたしよりキャラさんの方がお館様の好みですよね?」
そう言った後に視線を外して伏し目がちになられると言葉が出てきません。
普段、二人きりの時は「あなた」と呼んでくれると言うのに、今日は二人きりだと言うのに「お館様」呼ばわりです。
まさに心境は針の筵 です。
「キャラさんの方が顔立ちも体型も大人っぽいですからね」
ん?
「初めて出会った頃のわたしは成人前で女性らしい魅力もなかったけど、キャラさんは出会った時から大人でしたもんね」
言葉に棘 より拗 ね成分のが多く混じり出しましたよ?
「お館様は今でも私のこと、子供扱いしますよね」
あー、はい。
よく子供っぽいってからかいますね。
からかった時にプクッとむくれる表情とか仕草がかわいくて、ベッドの中でもよくからかってました。
「わたしのことを王族として大事にするという以上に妻としてちゃんと好いてくれているのは感じています。戦となれば足手まといにしかならないのでついて行けないことも判っているのです。判っているのですが……」
涙が一雫、目からあふれ出して頬を伝うのを見て優しく抱き寄せると、堪えていた想いが一気に溢れ出したようで胸の中でおいおいと泣きながら訴えてくる。
「独りで待っているのはさみしいのです。遠く離れた戦場で無事でいるのか心配して、眠れない夜が続くことを判ってくれていますか?」
ああ、僕はなんて薄情な男だったんだろう。
戦にかまけて関門の攻防に勝利した際に出した飛行手紙での戦勝報告以来、彼女に手紙ひとつ送っていなかった。
せめて十日に一度でも飛行手紙で近況報告でも認めてあげればこんな思いはさせていなかったかも知れない。
「ごめんな。さみしい思いをさせていたことに気づいてあげられなくて。そんなにさみしかったなら、サラから手紙を送ってくれてもよかったんだよ」
そういうと、サラは気丈にこう言ってのけた。
「戦場に身を置くあなたをこんな些事 で煩わせるなんて、領主の妻としてそんなことはできません」
出来た嫁である。
もう、いじらしくって仕方ない。
見つめ返してくるサラに口づけをすると、サラの方からも求めてくるのでそのまま布団の上に押し倒す。
唇を離した時に漏れる甘い吐息がかわいくて、ついからかってしまいそうになったけど、少なくとも今日はグッと我慢だ。
僕を見つめる潤んだ瞳と視線が合う。
「ただいま」
「おかえりなさい」
短く言葉を交わすと、二人でくすりと笑い合い、夜は更けていく。
朝です。
小さな子供のいる家は、朝が早いのです。
疲れた体が心地よい睡眠を貪っていたのに、娘がばふらっと顔に覆いかぶさってくるので微睡 むわけにもいきません。
「あー、もう判った。判ったから、起きるから」
そう言って娘を顔から引っぺがして体を起こすと、キャッキャと喜んでいた娘がペコリとお辞儀をしたと思ったら舌足らずな口調で
「おあようごじゃましゅ。おかあしゃまがごあんだよって」
と教えてくれる。
サラに起こしてこいって言われたんだろうな。
けどサラ? 小さい子をひとりで二階に寄越すのは危ないと思うぞ。
「おはよ、ミリィ。服を着るからおとなしく待ってるんだよ」
「あい」
久しぶりの普段着を着て、娘を抱き上げ階下におりる。
朝食の支度は出来上がっていた。
ルダーがようやく最適な酵母を発見し、作られるようになったパンが食卓に並んでいる。
無発酵パンであるロチャティムも好きなんだけど、離乳食に柔らかくて食べやすい発酵パンを食べさせていたことから我が家ではパンが出ることが多くなった。
今日はパンと生野菜にハムエッグ。
まるっきり前世の朝食のようだ。
さすがにドレッシングはないから塩振って食べるんだけど。
「今日はなにをなさるご予定ですか?」
と、サラが訊ねるので
「論功行賞の準備と今後の予定を考える。リリィには悪いけど、まだしばらく遊べない」
そう答えた。
その言葉通り、僕は囲炉裏の間で遠征中の資料を壁にも床にも天井にも拡げてうんうんと唸る。
今回の遠征は戦闘こそ呆気なく、手柄と言えるような戦果はあまりないのだけど、兵士たちは街道整備やため池造りなどで大いに働いてくれた。
なにかしら報いてやらなけりゃならないんじゃないかと思う。
戦功で言えばズラカリー区への街道をいち早く封鎖し、町へ雪崩れ込んで制圧したダイモンドが第一等だけど、なにを与えたもんかね。
褒美の代わりにわがまま聞いて村の守備の任務を与えたような気もするんだけど。
土地は我が領内では公地公民政策をとっているから与えるわけにいかないし、かといって他になにを与えればいいのやら。
たしか関門攻防の際は私邸を構える権利を与えたんだったな。
めんどくさいから功名によって金銭を与えればいいか。
しかし、一般兵はともかく大将クラスだと、銭の使い道が限られてくるな。
しばらくは家も建てられないだろうし……。
うーん、感状でも書くか。
その昔「お出来になられましたら隠さず申してくださいませ」と、釘を刺されていたことだし、こう言うことは先延ばしにしていると気まずくなるだけじゃなくこじれて厄介なことになるからね。
ただでさえ、結構厄介な案件なのに。
と言うことで、到着したその日のうちに寝室で差し向かいで事後報告をしたのですが、それを聞いたサラの第一声は
「やはり一番最初にお手をつけられたのはキャラさんだったのですね」
だった。
「やはりって?」
「女の勘です。というか、むしろわたしよりキャラさんの方がお館様の好みですよね?」
そう言った後に視線を外して伏し目がちになられると言葉が出てきません。
普段、二人きりの時は「あなた」と呼んでくれると言うのに、今日は二人きりだと言うのに「お館様」呼ばわりです。
まさに心境は針の
「キャラさんの方が顔立ちも体型も大人っぽいですからね」
ん?
「初めて出会った頃のわたしは成人前で女性らしい魅力もなかったけど、キャラさんは出会った時から大人でしたもんね」
言葉に
「お館様は今でも私のこと、子供扱いしますよね」
あー、はい。
よく子供っぽいってからかいますね。
からかった時にプクッとむくれる表情とか仕草がかわいくて、ベッドの中でもよくからかってました。
「わたしのことを王族として大事にするという以上に妻としてちゃんと好いてくれているのは感じています。戦となれば足手まといにしかならないのでついて行けないことも判っているのです。判っているのですが……」
涙が一雫、目からあふれ出して頬を伝うのを見て優しく抱き寄せると、堪えていた想いが一気に溢れ出したようで胸の中でおいおいと泣きながら訴えてくる。
「独りで待っているのはさみしいのです。遠く離れた戦場で無事でいるのか心配して、眠れない夜が続くことを判ってくれていますか?」
ああ、僕はなんて薄情な男だったんだろう。
戦にかまけて関門の攻防に勝利した際に出した飛行手紙での戦勝報告以来、彼女に手紙ひとつ送っていなかった。
せめて十日に一度でも飛行手紙で近況報告でも認めてあげればこんな思いはさせていなかったかも知れない。
「ごめんな。さみしい思いをさせていたことに気づいてあげられなくて。そんなにさみしかったなら、サラから手紙を送ってくれてもよかったんだよ」
そういうと、サラは気丈にこう言ってのけた。
「戦場に身を置くあなたをこんな
出来た嫁である。
もう、いじらしくって仕方ない。
見つめ返してくるサラに口づけをすると、サラの方からも求めてくるのでそのまま布団の上に押し倒す。
唇を離した時に漏れる甘い吐息がかわいくて、ついからかってしまいそうになったけど、少なくとも今日はグッと我慢だ。
僕を見つめる潤んだ瞳と視線が合う。
「ただいま」
「おかえりなさい」
短く言葉を交わすと、二人でくすりと笑い合い、夜は更けていく。
朝です。
小さな子供のいる家は、朝が早いのです。
疲れた体が心地よい睡眠を貪っていたのに、娘がばふらっと顔に覆いかぶさってくるので
「あー、もう判った。判ったから、起きるから」
そう言って娘を顔から引っぺがして体を起こすと、キャッキャと喜んでいた娘がペコリとお辞儀をしたと思ったら舌足らずな口調で
「おあようごじゃましゅ。おかあしゃまがごあんだよって」
と教えてくれる。
サラに起こしてこいって言われたんだろうな。
けどサラ? 小さい子をひとりで二階に寄越すのは危ないと思うぞ。
「おはよ、ミリィ。服を着るからおとなしく待ってるんだよ」
「あい」
久しぶりの普段着を着て、娘を抱き上げ階下におりる。
朝食の支度は出来上がっていた。
ルダーがようやく最適な酵母を発見し、作られるようになったパンが食卓に並んでいる。
無発酵パンであるロチャティムも好きなんだけど、離乳食に柔らかくて食べやすい発酵パンを食べさせていたことから我が家ではパンが出ることが多くなった。
今日はパンと生野菜にハムエッグ。
まるっきり前世の朝食のようだ。
さすがにドレッシングはないから塩振って食べるんだけど。
「今日はなにをなさるご予定ですか?」
と、サラが訊ねるので
「論功行賞の準備と今後の予定を考える。リリィには悪いけど、まだしばらく遊べない」
そう答えた。
その言葉通り、僕は囲炉裏の間で遠征中の資料を壁にも床にも天井にも拡げてうんうんと唸る。
今回の遠征は戦闘こそ呆気なく、手柄と言えるような戦果はあまりないのだけど、兵士たちは街道整備やため池造りなどで大いに働いてくれた。
なにかしら報いてやらなけりゃならないんじゃないかと思う。
戦功で言えばズラカリー区への街道をいち早く封鎖し、町へ雪崩れ込んで制圧したダイモンドが第一等だけど、なにを与えたもんかね。
褒美の代わりにわがまま聞いて村の守備の任務を与えたような気もするんだけど。
土地は我が領内では公地公民政策をとっているから与えるわけにいかないし、かといって他になにを与えればいいのやら。
たしか関門攻防の際は私邸を構える権利を与えたんだったな。
めんどくさいから功名によって金銭を与えればいいか。
しかし、一般兵はともかく大将クラスだと、銭の使い道が限られてくるな。
しばらくは家も建てられないだろうし……。
うーん、感状でも書くか。