第230話 配慮
文字数 2,415文字
収穫の直前に出兵の布令 を出す。
秋の収穫祭が終わったら難関門に集結だという命令だ。
同時に飛行手紙でヒロガリー区とハングリー区の統轄代官であるホークとオクサにもその旨を飛行手紙で下知する。
今回の出兵にはオグマリー区の最大動員数である総人口の三分の一、千二百人を出撃させる。
いつもの通りまずは志願兵、予定数に足りなければ徴発する予定だ。
粛々と進める準備に主だった武将が動いている。
収穫が終わって祭りの準備が始まる頃には志願兵で八百九十人が応募してくれた。
残りは徴兵で補うことになる。
「嫌なもん作りやがる」
と、苦情を入れてきたのは今や押しも押されもせぬ政商となったジョーサン・スヴァート。
ヒラヒラと僕に振って見せるのは召集令状。
さすがに紙を赤く染めることはしていない。
「こんなもん真似すんじゃねーよ」
と、ガラ悪く言われても、それを考案したのは僕じゃない。
「考えたのはイラードだ。苦情はそっちへ向けてくれ」
「承認したのはお館様だろうよ」
確かに。
「人 別 帳 から兵役義務の課されている領民を選り分けた上で無作為抽出、それを招集するための令状だ。真似するというか、色々と考えた結果が似てくるのは仕方なかろう」
「そう言われるとそうなんだろうがな」
「ジョーは前世で召集されたクチか」
この辺りは腹を割って話したことはない。
僕たち転生者は転生特典として前世記憶を完コピで持っている。
リリム曰く「人の記憶は逐一完全に記録されているがインデックスが追いつかなくて呼び出せないものがある。しかし、転生する際にすべての記憶が新しい脳にコピーされる過程でインデックスが作られるので、思い出そうと思えば大抵の記憶が引き出せる」と言う。
人には誰しも思い出したくない記憶、できれば忘れたい思い出というものがある。
戦争の記憶なんてのはその最たるものだ。
ジョーは太平洋戦争当時二十代だった。
その記憶は前世であれば貴重な証言だろう。
歴史オタクの僕としては是非にも語ってもらいたいという衝動と、できればそっとしておいてあげたいという歳の離れた友人としての配慮が腹の中を渦巻いている。
「……ああ。南方戦線に二度ほどな」
旧日本軍の過酷さは文献を読んだ知識くらいしかないけれど、それだけでも身震いするほど凄惨だ。
場所によっては死者の九割が戦病死(主に餓死)だったと言われている。
徴兵制度下で一度目の召集は仕方ないとしても、その兵役をまっとうしたのに再召集をかけられる。
それは敗色が濃厚である証でもあるわけで、送られた戦場がどんな場所なのかなんて想像を絶するものだったに違いない。
その記憶がいっさいの欠落もなく思い出せるなんて、僕からしたら拷問だ。
「……思い出させてしまったか。すまない」
「いいさ」
気まずい沈黙が場を支配する。
「できる限り殺すな」
「確約はできない。しかし、善処はする」
城下町で開かれている収穫祭をお忍びで歩く。
近代化以前の文明における祭りとは本来の目的である儀式という役割とは別の側面がある。
ここはついこの間作られた町なので、儀式としての側面は強くない。
城下に暮らしているものも主だった部下の家族と商人ばかりで、収穫祭を名乗っていても豊穣の恵を祝うというより領主のお膝元なので形式的に開かれているお楽しみイベントとしての側面が強い。
前世世界同様、今世世界でも祭りは多少の逸脱に目を瞑るという不文律が存在していて、男女の出会いの場として機能していたりする。
特に出兵が決まっているものたちが、意中の相手に告白するなどするようだ。
(フラグは作らない方がいいと思うんだけどなぁ)
(フラグなんてオタク界隈の迷信でしょう?)
僕の両隣にはサラとお腹の目立つようになってきたキャラ。
護衛としてつかず離れずついてくるオギンとトビーは一見するとただのバカップルにしか見えないし、視界に時折入ってくるのはコンドーとその部下数名。
縮緬 問屋の隠居や貧乏旗本の三男坊を名乗ってフラフラするようなことに憧れがないわけではないんだけど、今日は僕も好きな人とキャッキャウフフしにきているので安全には十分配慮している。
僕の護衛も務められるキャラは現在身重だし、サラに自分を守る強さはない。
「お兄さん、両手に花とは羨ましいねぇ。なんか買ってってくれよ」
と、恰幅のいい屋台の女将に言われても笑顔でかわす。
肉の焼けるいい匂いがただよってはいるけれど、立場が買い食いを許さない。
主に身の安全のためにな。
(かわいそうに)
ほんとだよ。
それでも両隣の二人とも目をキラキラと輝かせて楽しそうに露天を冷やかしているのを眺めるだけで十分嬉しい。
つーか、オギンがすげえ祭りの屋台を堪能しているふうに見えるのは演技なのか本心なのか、後で訊いてみたくなるほどだ。
本当なら娘のミリィも連れてきたかったのだけど、護衛全員に強行に反対されてやむなく断念したのがつくづく残念だ。
ミリィも泣いて喚いて抗議をしていたけれど、三歳児は人混みで護衛するのが難しいってのはよく判るし、買い食いをねだられると確かに困る。
本心を言えば僕らだって買い食いを楽しみたい。
お忍びじゃなきゃ毒味をつれて買い食いもできるのだろうけども、場の雰囲気が壊れちゃうしな。
「あなた」
と、サラが声をかけてくる。
お館様でもなくジャンでもないのはお忍びであることに対する配慮なんだろうけど、その響きが新鮮で、こう……いいっ!
「なんだい?」
「祭りが終わったら出兵ですね」
「ああ」
「無事に帰ってきてください」
上目遣いで熱く見つめられると、今すぐ抱きしめたくなる。
そんな気持ちに反応したのか、反対側を歩くキャラが袖を少し強く引く。
振り返ると、こちらは伏し目がちにこう呟いてくる。
「今回はご一緒できませんが、その……御武運を」
「ああ」
(フラグ? フラグ立てる?)
うるさいぞ、リリム。
秋の収穫祭が終わったら難関門に集結だという命令だ。
同時に飛行手紙でヒロガリー区とハングリー区の統轄代官であるホークとオクサにもその旨を飛行手紙で下知する。
今回の出兵にはオグマリー区の最大動員数である総人口の三分の一、千二百人を出撃させる。
いつもの通りまずは志願兵、予定数に足りなければ徴発する予定だ。
粛々と進める準備に主だった武将が動いている。
収穫が終わって祭りの準備が始まる頃には志願兵で八百九十人が応募してくれた。
残りは徴兵で補うことになる。
「嫌なもん作りやがる」
と、苦情を入れてきたのは今や押しも押されもせぬ政商となったジョーサン・スヴァート。
ヒラヒラと僕に振って見せるのは召集令状。
さすがに紙を赤く染めることはしていない。
「こんなもん真似すんじゃねーよ」
と、ガラ悪く言われても、それを考案したのは僕じゃない。
「考えたのはイラードだ。苦情はそっちへ向けてくれ」
「承認したのはお館様だろうよ」
確かに。
「
「そう言われるとそうなんだろうがな」
「ジョーは前世で召集されたクチか」
この辺りは腹を割って話したことはない。
僕たち転生者は転生特典として前世記憶を完コピで持っている。
リリム曰く「人の記憶は逐一完全に記録されているがインデックスが追いつかなくて呼び出せないものがある。しかし、転生する際にすべての記憶が新しい脳にコピーされる過程でインデックスが作られるので、思い出そうと思えば大抵の記憶が引き出せる」と言う。
人には誰しも思い出したくない記憶、できれば忘れたい思い出というものがある。
戦争の記憶なんてのはその最たるものだ。
ジョーは太平洋戦争当時二十代だった。
その記憶は前世であれば貴重な証言だろう。
歴史オタクの僕としては是非にも語ってもらいたいという衝動と、できればそっとしておいてあげたいという歳の離れた友人としての配慮が腹の中を渦巻いている。
「……ああ。南方戦線に二度ほどな」
旧日本軍の過酷さは文献を読んだ知識くらいしかないけれど、それだけでも身震いするほど凄惨だ。
場所によっては死者の九割が戦病死(主に餓死)だったと言われている。
徴兵制度下で一度目の召集は仕方ないとしても、その兵役をまっとうしたのに再召集をかけられる。
それは敗色が濃厚である証でもあるわけで、送られた戦場がどんな場所なのかなんて想像を絶するものだったに違いない。
その記憶がいっさいの欠落もなく思い出せるなんて、僕からしたら拷問だ。
「……思い出させてしまったか。すまない」
「いいさ」
気まずい沈黙が場を支配する。
「できる限り殺すな」
「確約はできない。しかし、善処はする」
城下町で開かれている収穫祭をお忍びで歩く。
近代化以前の文明における祭りとは本来の目的である儀式という役割とは別の側面がある。
ここはついこの間作られた町なので、儀式としての側面は強くない。
城下に暮らしているものも主だった部下の家族と商人ばかりで、収穫祭を名乗っていても豊穣の恵を祝うというより領主のお膝元なので形式的に開かれているお楽しみイベントとしての側面が強い。
前世世界同様、今世世界でも祭りは多少の逸脱に目を瞑るという不文律が存在していて、男女の出会いの場として機能していたりする。
特に出兵が決まっているものたちが、意中の相手に告白するなどするようだ。
(フラグは作らない方がいいと思うんだけどなぁ)
(フラグなんてオタク界隈の迷信でしょう?)
僕の両隣にはサラとお腹の目立つようになってきたキャラ。
護衛としてつかず離れずついてくるオギンとトビーは一見するとただのバカップルにしか見えないし、視界に時折入ってくるのはコンドーとその部下数名。
僕の護衛も務められるキャラは現在身重だし、サラに自分を守る強さはない。
「お兄さん、両手に花とは羨ましいねぇ。なんか買ってってくれよ」
と、恰幅のいい屋台の女将に言われても笑顔でかわす。
肉の焼けるいい匂いがただよってはいるけれど、立場が買い食いを許さない。
主に身の安全のためにな。
(かわいそうに)
ほんとだよ。
それでも両隣の二人とも目をキラキラと輝かせて楽しそうに露天を冷やかしているのを眺めるだけで十分嬉しい。
つーか、オギンがすげえ祭りの屋台を堪能しているふうに見えるのは演技なのか本心なのか、後で訊いてみたくなるほどだ。
本当なら娘のミリィも連れてきたかったのだけど、護衛全員に強行に反対されてやむなく断念したのがつくづく残念だ。
ミリィも泣いて喚いて抗議をしていたけれど、三歳児は人混みで護衛するのが難しいってのはよく判るし、買い食いをねだられると確かに困る。
本心を言えば僕らだって買い食いを楽しみたい。
お忍びじゃなきゃ毒味をつれて買い食いもできるのだろうけども、場の雰囲気が壊れちゃうしな。
「あなた」
と、サラが声をかけてくる。
お館様でもなくジャンでもないのはお忍びであることに対する配慮なんだろうけど、その響きが新鮮で、こう……いいっ!
「なんだい?」
「祭りが終わったら出兵ですね」
「ああ」
「無事に帰ってきてください」
上目遣いで熱く見つめられると、今すぐ抱きしめたくなる。
そんな気持ちに反応したのか、反対側を歩くキャラが袖を少し強く引く。
振り返ると、こちらは伏し目がちにこう呟いてくる。
「今回はご一緒できませんが、その……御武運を」
「ああ」
(フラグ? フラグ立てる?)
うるさいぞ、リリム。