第199話 魔法 それは一種のチートではある

文字数 2,707文字

「お館様」

 群がる敵をちぎっては投げちぎっては投げして近づいてきたのはノサウスとホーク。
 動きから見て二人も能力向上極み組だな。
 どうりで敵の圧が弱まったと感じるわけだ。

()し出せ!」

 我が軍は能力向上組十人全員揃っている今、この瞬間が戦力の最大値。
 ここからのわずか半時間がこの一戦の天王山だ。
 能力向上後半組が前線に突入した段階で、敵の背後から奇襲する部隊への連絡が行われる手筈になっている。
 連絡を受け取ってからどれほどの時間で背後をつけるかは判らない。
 僕らの役割は敵の意識を()()に集中させることだ。
 そのためには一般兵には本当に申し訳ないけど、この戦場で激戦を繰り広げる必要がある。
 できる限り派手に注意を引きつけるためにも僕ら能力向上組は目立つ必要があるし、活躍する必要がある。
 そのことを判っているからか、ただ単に戦うことに高揚しているのかは知らないけどダイモンドモもオクサもラビティアも単騎で大立ち回りを繰り広げている。
 あれはちょっと相手にしたくない。
 ほんと、三人とも味方になってくれてよかったよ。
 さて、ノサウスとホークが僕の元に駆けつけてきたことだし、

「ルビンス、チカマック。派手に暴れてこい!」

「御意!」

「心得た」

 ルビンスはともかくチカマックって前世持ちでどちらかというと文官寄りかと思いきや、結構な武闘派なんだって、この戦で思い知った。

「お館様のことは任されよ」

 ホークが敵兵を分け入っていく二人の背中に声をかける。

「期待してるぞ。なにせここはもっとも敵兵が集まってくるところだからな」

「それはありがたい。魔法のおかげで体も軽く戦場全体が見渡せるこのなんでもやれそうな状態で力の限りを振るってみたいと思っていた」

 戦闘狂かよ、ノサウスめ。
 いや、でも判らなくはない。
 二割増しでも全能感は味わえた。
 今の一割増しでもそこらの兵に負ける気がしないし、なんなら二、三人相手でも勝つイメージしか湧かないからな。

「全能感に酔って足元を掬われるなよ」

「お館様を守るという使命さえ忘れなければ、それも心配無用ですよ」

「む、肝に銘じておく」

 ノサウス……。
 前線を圧し出させたことで敵味方の密度がぎゅっと詰まる。
 所々に真空地帯かと思える場所があるけれど、あれはダイモンドたちの暴れているところだろう。
 空白地帯があちらへこちらへと移動するのは敵を求めて進むからかな?
 戦線全体がぎゅっと膠着しているのはこちらの弱いところにルビレルたちが割って入って救っているからに違いない。
 前回、僕が能力向上魔法を使って暴れた時にやっていたことだ。
 優秀な指揮官はそうでなきゃね。

(自画自賛)

「百姓大将! 勝負!」

 言われ方よ。
 僕を呼ばわった男はホルスに跨り血刀を僕に向けている。
 騎士だな。

「くるがいい!」

 受けてたつ。

「我が名は……」

 なんて言い出したから

「すぐに倒す者の名など知る必要もない」

 とさえぎったら、頭に血を昇らせたらしくって、ガンガン剣を振り下ろしてくる。
 不利といわれる騎乗の相手だけれども実力差は能力向上抜きでも僕の方が上と見て取れる。
 これで遅れを取ったら大将として恥以外のなにものでもない。
 四、五合槍で受け流し、不用意な振り下ろしに合わせて槍の柄で剣を握る手を叩く。
 伊達に敵大将に挑戦しようなんて騎士じゃないのか、剣を落としはしなかった。
 きっと、ズラカルト軍ではそれなりに名の知れた騎士だったんだろう。
 名前を聞いとけばよかったかな?
 若干の後悔を抱きつつ、相手の脇の下から槍の穂先を突き入れると、どうとホルスから落ちる。

「ただの兵卒として死ぬがよい」

 あえて投げかける辛辣な言葉。
 無念の表情でこときれる騎士。
 敵の兵からこの騎士のだろう名を呼ぶ声がする。
 そこで追い討ちの一言だ。

「私を倒したければ将自らが出向くがよい! ()()()()()に倒されるような男ではないぞ。我が名はジャン! 総大将ジャン・ロイなり!」

 RPGで言うところのヘイトを集めるってやつだ。
 遠くから罵声が飛んでくるが気にしない。
 背後はきっちりホークとノサウスが守ってくれている。
 僕は安心して前面の敵に集中していればいい。
 大丈夫、僕は負けない。
 ……負けないけど、これはいつまで続ければいいんだ?
 ジャーンと大きな銅鑼の音が響く。
 最初の魔法がかけられて一時間が経つまでにあと八半時間と言う合図だ。
 能力向上極みの効果持続時間まであと八半時間ってことでもある。
 ラビティア兄弟が戦場を退場するリミットだ。
 まだか?
 まだ奇襲は行われていないのか?
 あの二人が抜けると戦場の均衡が崩れるぞ。
 二人の作っていた大きな空白地帯が少しづつ小さくなり、門の方へと交代していく。

「ホーク、ノサウス。どちらか右へ行って二人の穴を埋めてこい」

「二人の穴は埋まりませんよ」

 判っているってば、ノサウス。
 もちろんそれが軽口だってことも。

「お前なら一人分くらい埋められるだろ、埋めて見せろノサウス」

 ホークにけしかけられたからなのか、それとも初めからそのつもりだったのか?
 舌なめずりをしてノサウスが右へと分け入っていく。

「それじゃあ、どこまでできるかやってみようじゃありませんか」

 ノサウスが向かうと劣勢だった右翼の後退が止まる。

「なかなかやりますなぁ」

 止まったことは確かにすごいことだけれど、再度前線を押し上げられるほどでもない。
 やっぱりオルバック家でも三本の指に数えられていた戦士二人の抜けた穴は大きすぎる。
 そして、ここも一人抜けた穴は大きかった。
 能力向上極みで三割底上げされているホークと違って僕は能力向上改の効果で一割増し。
 しかもかれこれ一時間戦っている。
 さすがに疲労の色が見え始めていた。
 ホークが二百十度分くらいカバーしてくれているからまだなんとかなっているけど、二人、三人と同時に斬りかかられると捌ききれずに体に当たり始め出した。
 まだ鎧で受けているのでかすり傷程度ではある。
 あるんだけど、正直ヤバい。
 あと四半時間もすれば、前半組だった僕とルビンス、チカマックも魔法効果が切れてしまう。
 いや、魔法をかけるタイミング的に言ってそれと同時に後半組で能力向上極みをかけられた三人も魔法効果が切れてしまう。
 そうなると戦線の維持は不可能に違いない。
 奇襲はまだか?
 いや、奇襲は行われているけれど失敗したんじゃないか?
 今なら撤退して再度城門を閉ざして籠城も……いや、戦場に立てる武将が一人もいないぞ。
 そんなんで作戦指揮ができるのか?
 兵の士気にも関わる事態だ。
 頼む、奇襲よ、成功してくれ!!
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