第213話 年末評定 3

文字数 2,268文字

馬鍬(レーキ)とルダー殿の設計による蒸気機関耕運機のおかげでホルスがいなくても春の土起こしがとても楽になり、種蒔きの期間が短縮されております。もっと機関部を小型化できれば小回りの効く機動的な耕運機になるのでしょうが、内燃機関の開発はまだ……」

「内燃機関でもロケットエンジンやジェットエンジンならすぐにでも作れるが、必要なのはピストンエンジンだからな。そもそもガスになる燃料がない」

「ジョー殿、ナイネンキカンとはいったいなんですか?」

 以前、前世持ちだけが集まって開かれた会議で内燃機関については話し合われているので、魔法世界を前世に持つチカマックもそれがなんなのか知っている。
 しかし、ここにいる他の参加者はそれがなんなのかまったく想像もできないため、アンミリーヤのように頭の中に疑問符がいくつも浮かぶことになる。
 大臣級の人物にはそろそろカミングアウトしてもいいかもしれないな。
 けど、まだここはそのタイミングじゃあないかな。

「蒸気機関は密閉した釜で水を沸かし、小さな穴から勢いよく噴き出す蒸気で歯車を回す装置だが、内燃機関は密閉した空間内で物を燃やしてその力を直接歯車に伝える装置だ」

「まったく想像がつきませんな」

 チローの言うことももっともだ。
 僕だって言葉だけの説明じゃあちんぷんかんぷんだったろう。

「以前、ルダー殿が前世持ちだと言ってましたが、その世界の技術なんでしょうか?」

 ああ、ルダーは前世持ちなことを隠してはいなかったか。
 ここはその線で乗っとこう。

「そうだ。その世界では機械で農作業の多くを行なっていた。ピストンエンジンが完成すると今の人手で数倍の畑を耕せるようになる」

「それはすごい。是非とも完成させてもらいたいものです」

 と、チローが興奮気味に言う。

「あ。もしかしてクレタ様も前世持ちですか?」

 アンミリーヤ、勘のいい子は……。

「そうね」

 あ、いいんだ。
 言っちゃっても。

「医学知識の豊富さ……というか、師であるはずのソルブ医師以上の知見の源泉は前世なのですね。もしかして、今以上の医学があるのですか?」

「ええ、内燃機関さえ完成してくれれば……いえ、電気を発明してくれればそれはもう魔法では治せない領域の病も治すことができるようになるでしょうね」

 この世界の魔法は前世では不可能な領域で怪我を治すことはできるけど、病気に関してはできないことの方が多い。
 ラバナルが口癖のように言う「魔法は(ことわり)」の帰結として現状では知覚できない病原菌やウイルスに対する対処などができないからだ。
 石鹸の普及で公衆衛生が飛躍的に向上し、特に乳幼児期の死亡率が劇的に減少した領内でも、やはり流行(はやり)(やまい)などで死亡する例は少なくない。
 クレタはその都度「おそらくなんらかの集団感染」というが、それがなんなのかは突き止められていない。
 科学が発展すればそれらの発見が可能となり、化学的治療の手段が確立するかもしれない。
 いや、原因さえ判れば魔法で治療できるかもしれない。

「素晴らしい!」

「しかし、今は蒸気機関が精一杯だ。しかも、現在の出力では産業革命もおぼつかない。当面の科学的目標は機械化で農業労働者を一割減らすことだ」

「お館様、農業労働者を一割減らすとは、どう言うことですか?」

「現在、商人と職人の一部が農業労働を免除されているだろう?」

「ですね」

「そういう専属労働者を増やそうと言うのだ」

 機械化が進めば今の食料自給率ほぼ百パーセントの状態で農業労働者を半分にできるはずだ。
 まだまだ小さな国力で大きな領土の領主と渡り合うためには富国強兵が欠かせない。
 余った労働者を新たに生まれるだろう産業の担い手に、あるいは常備兵力にする。

 あ。

「電気といえば……」

 と、僕はチカマックとクレタに視線を向ける。

「魔道具の照明。あれの応用で電気的技術を生み出せないだろうか?」

「科学と魔法の掛け合わせね。意固地に別々に開発する必要もないし、いいとこ取りで発展できるのなら悪いことはないものね」

「なるほど。そうですね。クレタ殿、ご協力願えますか?」

「もちろん」

「では、この件は二人に預ける。最後に、外交だ。キャラ」

「はい。他領の情勢は頭領のオギンから送られてきた飛行手紙によりますと、多くの領内で小勢力が勃興し勢力図が随分と変わっているようでございます。大きな版図を持つ領主ほど内政に苦労しており、他領を気遣う余裕がないようだと報告が上がっております」

「ズラカルト男爵領はお館様ただお一人ですね」

「ドゥナガール仲爵領とアシックサル季爵領はどうなっている?」

 というイラードの問いにはチローが答える。

「どちらも強権で抑え込んでおり、表向きは反乱などないと言うことになっております。ドゥナガール仲爵領は他国と隣接しておりますし、領民もそこのところを弁えているのでしょうが、アシックサル季爵の方は粛清につぐ粛清とも聞き及んでおります」

「領土的野心も強くズラカルト男爵領を虎視眈々と狙っていると言うのが、もっぱらの噂だ」

 と、ジョーが補足する。

「アシックサル季爵の動向は不安材料だが、予定通り同盟条約の執行と春の農作業を待って男爵領ヒロガリー区に侵攻する」

「仰せのままに」

 と、イラードが参加者を代表して頭を下げる。

「『(へい)神速(しんそく)(たっと)ぶ』と言う。耕運機で農期は短縮できるだろう。北の地の不利を埋められるはずだ。今年中に一気にヒロガリー区を手中に収める。よいな」

 語気を強めて力強く宣言すると、居並ぶ大臣は皆「ははっ」と頭を下げた。
 領主っていいね、こう言う時ゾクゾクするよ。
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