第317話 近代兵器での攻城戦

文字数 2,804文字

 さて、前日の軍議では部隊の割り振りと作戦が話し合われたわけだけど、ここでもまた僕の役割が後方待機になってしまった。
 いや、僕の神から与えられた使命はこの世界で生きることなわけだから、願ったり叶ったりとも言えるんだ。
 言えるんだけどもねぇ……総大将が安全な後方で高みの見物というのは兵の指揮に関わると思うんだよなぁ。
 兵器の近代化以降でも前線に立たない指揮官は兵卒の評判が悪かろう。
 ま、ひとつ前の戦闘で先陣切って切り結んだりしたのがいけなかったんだろう。
 あれは勝算があったから敢行したのであって決して無謀な先駆けじゃあなかったんだけどさ。
 まだ薄暗い朝もやけむる丘を三軍がくだる。
 正面はサビー。
 右翼にガーブラを、左翼にはウータにラバナルをつけて進軍させる。
 本陣にいつもチャールズを留め置くのは魔法使いとして信頼しているのもあるけれど、やっぱり車椅子であることが大きい。

「ニンプー隊」

 砦を見下ろしながら声をかけると、不意に背後から三つの気配が湧き立った。
 ちょっとゾワっとするんだけど、それを態度には極力出さないように意識しつつ、僕は振り返りもせずに命令を下す。

「敵司令官グンソックは搦手を得意としている。背後から奇襲されないよう警戒を怠るな」

「かしこまりました」

 ナナミの声が聞こえたかと思ったら背後の気配がサッと霧散する。

「すごいものですね」

 と、感嘆の声をあげたのは配下に加わったばかりのアゲールだ。
 さすがに寝返ってすぐ、最前線に送り込むわけにはいかず、手勢諸共本陣詰にしている。
 この人数なら近衛兵で十分制圧できるだろう。
 それくらいの実力者で脇を固めている。
 だいたい今の僕の実力ならよほどの不意でも突かれなきゃ負ける気もしない。

「アシックサル殿の配下にもあの手のものはいただろう」

「おりましたが、あそこまで出たり消えたりする技量は持ち合わせておりませなんだ」

 うちの忍者集団が優秀なのは確かだけど、あそこまでの技量を示すのは二十人といない。

「あれらは特別だ。どこの領主の下にも同様のものがいるだろう。領主以外の前には現れないだけと思うが?」

「そうかもしれませんな。所詮はワタシなど一介の侍大将に過ぎませんから、ご領主……いや、アシックサル殿にお声がけいただける身分でもありませんでしたし」

「アシックサル領では身分差がそれほどはっきりしているのか?」

「それが一般的かと」

 下剋上領主を戴くうちが特殊ということか。
 前世の感覚から言えば悪いことじゃない。
 ただ、身分階級については今後ある程度意識しないと内政でつまずく要因となりえるから要注意だな。
 心に留めておこう。
 改めて意識を眼下に展開する自陣に向ける。
 陣はあらかた展開が終わっている。
 正面主攻のサビーは配置が完了するまで動く気がないのだろうか?
 自分で動く時と違って、案外堅実な指揮をするらしい。
 戦闘が始まれば指揮そっちのけなのかもしれないけれどな。
 左翼のウータはラバナルが急かしていたのだろうか、右翼のガーブラより移動距離が長かっただろうに目的の位置に到達しているが若干隊列が乱れているようだ。
 ウータじゃなくてもラバナルを御するのは苦労するからな、少し荷が重かったか?
 いや、でも将の戦力がサビー、ガーブラと比べると見劣りするもの動かしがたい事実だし、戦力評価は間違っていないはずだ。
 左右の隊が展開を完了しているのにサビーが動かない。
 なにかを待っているのだろうか?

「こちらから開戦の合図を送るというのはいかがでしょう?」

 それがいいかもしれないな。
 もしかしたら配置完了が確認できずにいるのかもしれないし。
 僕は右手をゆっくり挙げてサッと落とす。
 二度ならして間を置きもう一回二度鳴らす。
 前進を命令する銅鑼の音が戦場に響き渡り、各隊がゆっくりと前進を開始する。
 まずは弓の射程まで前進だ。
 最初に攻撃を仕掛けてきたのはやはり砦の守備兵から。
 城壁の上に弓兵が立ち並び、キリリと引き絞られた弓から一斉に放たれた矢がサビー隊に集中して射掛けられる。
 一呼吸おいて砦の中から左右の隊に向けられた矢の雨が降り注いだ。
 なるほど。
 最初の斉射は距離を測る牽制射撃で、目測した結果で砦内から効果的な弾幕を張るか。
 城攻め砦攻めに兵の損失はつきものだとはいえ、指揮官がいくら命じても寄せ手の心理としては矢の雨の中でなにもできずに死にたくはない。
 しかしだ、それは飛び道具の性能が同程度であることが前提の戦術である。
 我が軍では弓は中距離兵器と位置付けられている、つまり相手の射程外から攻撃可能な長距離射撃兵器である小銃(ライフル)という魔道具があるのだ。
 サビーもそのことは織り込み済みで撃ち合いの間合いの(きわ)で隊を止め、銃兵に構えさせる。
 一瞬、城壁上の弓兵からの攻撃の圧が緩む。
 そんな敵弓兵を狙いすまして発射されたのが椎の実型の弾丸だ。
 おそらく事前に狙いが共有されていたのだろう、非常に効率的に満遍なく弾が散り、バタバタと敵兵が倒れていく。
 正面への圧が下がれば当然正面の前進速度は上がる。
 それを押し留めるために正面へも砦内からの攻撃を振り分ければ、その分左右への弾幕が薄くなって、結果全軍の進撃速度が上がるわけだ。
 まぁ、この辺りは籠城戦の一般的な攻防だろう。
 小銃がなくても被害の程度が変わるだけで同じことが起こるものだ。
 それでも守兵は間断なく弾幕を張り続け、寄せ手は城壁に取り付くためにその矢をものともせずに前進をつづける。
 ある程度近づくと敵の攻撃に近距離兵器が追加されるのもまた道理。
 頭ほどある石の(つぶて)が投げ込まれ、それまで飛距離を稼ぐために撃ち上げられていた城壁上からの矢も威力と正確性を上げるために撃ち下ろされる。
 そして、アシックサル軍御自慢の魔法兵器弾ける弾が例の滑り台で狙いをつけられ転がされてきた。
 もっとも、弾ける弾対策はすでに実戦投入して有用性を確認している魔道具保護(プロテクト)(カーテン)で被害を最小限に抑えられる。
 これだけ彼我の兵器に差があって兵数にも倍以上の差があれば、苦戦なんかしないよな。
 そして、満を持してラバナルが城壁の向こうに放り込んだのが現在我が軍でもっとも殺傷力の高い魔法兵器である爆弾(ボム)である。
 かなり離れた丘の上に陣取っているここまで音が聞こえてくる破壊力は掛け値なしの最強兵器だ。
 砦の中に煙が上がり、間断なく降り注いでいた矢の弾幕がパラパラと飛ぶだけとなったのを狙いすましてサビーとガーブラが突撃を敢行する。
 あっさり城壁に取り付いたサビーの魔法兵が城門に爆弾を設置して距離を取る。
 爆弾が爆発し、黙々と黒い煙が立ち上る。
 数秒して爆発の音が本陣に届く頃、サビーが突撃を命じたようで騎兵を先頭に煙の中に消えていく。

「我々も出張るぞ」

 戦力のダメ押しの意味も込めて僕は本陣を砦に向けて押し出した。
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