第200話 必死の窮地から抜け出せ

文字数 2,500文字

「お館様、ご無事ですか!?

 前線圧し上げに出していたルビンスとチカマックが僕を心配してか戻ってきた。

「お前たち」

 なんか色々言うことがあるのだけど、切羽詰まった状況でもあるからかなにも出てこない。
 そこにジャーンと銅鑼の音が響く。
 僕らの魔法効果が残り八半時間であるという合図だ。
 残念だけど、作戦は失敗か。

「全軍に撤退を……」

 被害を最小限に抑え、少なくとも再度籠城できる体制だけは整えなきゃと命令を出そうとしたところで

「あと八半時間踏みとどまってください」

 と、チカマックが僕の腕をとる。
 なに言ってんだ?
 そんなことしたら僕ら全員魔力効果切れで動けなくなっちまうんだぞ?
 判ってんのか?

「説明とお叱りは後で。今はこの戦場でもう八半時間敵を引きつけてください」

 自分だって戦場を歩き回って戦ってきたチカマックが全身を返り血で真っ赤に染めて奮戦している。
 なにがなんだか判らないけど、策があるんだな?
 僕の策は失敗だったんだ。
 ならばチカマックの作戦に賭けるのもありだ。

「ジャン」

 リリムが心配そうな声をかけてくるが

「大丈夫。必ず成功します」

 と、チカマックが力強く宣言するのでそれに乗る。
 乗るしかないべ? こんな状況だもの。

「ノサウス。もう一度銅鑼が鳴る。それまでゆっくり城門に向かって後退するんだ。いいか? 銅鑼が鳴るまでは門をくぐるなよ」

 チカマックの指示に頷いてこの場を離れていくノサウス。
 いや、それにしたって僕らはここに止まってノサウスは撤退なのか?
 確かに能力向上極みは効果が切れると指一本動かすことができないほどの状態になるけれど。

「さて、お館様。もう一踏ん張りです。この戦、勝ちますよ!」

 そこまでの確信があるのだな?
 ならばそれに応えるまでだ。
 他の戦場ではダイモンドもホークもノサウスと呼応するようにゆっくり下がっていく。
 あの様子はすでにチカマックから同様の指示が出ているからに違いない。
 バニキッタ兄弟が半時間前に同じように撤退していたことを覚えている敵方の指揮官がいるようだ。
 あえて追わせず、僕のところに兵力を集中するように命じたのだろう。
 ここへの圧が一層強まった。

「無理に圧し返す必要はない。この場に踏みとどまっていればいいんだ」

 敬語がなくなっているのはこの際どうでもいいか。
 ルビンスとチカマックと三人で互いに背中を預けて敵を倒しては戦場で存在を誇示する。
 主だった武将が撤退して行く中で踏みとどまっているってのは大変なことだ。
 この状況を敵将だって把握しているだろう。
 敵陣の合図が聞こえてくる。
 きっとここが好機と見切ったに違いない。
 全軍一斉突撃の合図に違いない。

「少しずつでも引いていきますよ」

 え?

「圧されて後退したように見せるんです」

 お、おぅ……。
 それも作戦の内なんだな?
 けど、勢いがついちゃったら止められないぞ?
 本当に大丈夫なのか?
 普通に踏ん張っていても踏み止まれない圧力に潰走、なんてことにならないだろうか?
 そんな不安がチラっとよぎったんだけど、全然そんなことはないというか、むしろ圧が弱まった気がしたその時だ。
 敵本陣の方で喚声が上がる。
 そこにジャーンとドラの音が鳴り響き、一拍空いて三度銅鑼が叩かれる。
 三度の銅鑼は撤退の合図だけど、その前の銅鑼は?
 ん?
 いや、乱戦の戦場でそんなところに思考を割いていちゃダメだな。
 うまく敵をいなしながら、僕らは城門へと引いていく。
 城壁の上からは撤退援護に弓兵が敵後方、味方のいないあたりに矢の弾幕を射かけて足止めをし、魔法部隊が近距離精密射撃で味方に当たらないように小銃で鉄の弾を撃ち込む。
 目立った友軍誤射はなさそうだけど、随分と練度の高い射撃だな、みんな。
 そして、城門をくぐるところでなぜか待ち構えていたルビレルとイラードが味方の兵が収容されるまで盾となり壁となって敵兵を防ぐ。
 城門をくぐった僕らはほとんど同時にと言っていいタイミングで魔法効果が切れた。
 ぐぬぬ……。
 体ががが。
 全身を襲う倦怠感と筋肉痛。
 関節も軋み、肺が足りない酸素(と呼んでいいかどうか判らないけど)を求めて荒く早い呼吸を繰り返す。
 極み組の三人はと見回すと、ぐったりと倒れている。
 とりあえず、ひとまず助かった。
 と、思ったところにドオンと大きな爆発音が響く。
 あの音は手榴弾を改良して土木作業用に開発した魔道具爆弾(ボム)の爆発音だ。
 ああ、やっぱりダイナマイト同様に兵器として使われる運命にあったのだな。
 大地を抉るほどの破壊力が敵とは言え人に向けられたのだ。
 手榴弾どころの破壊力じゃないだろう。
 僕は、こうなる可能性を見越してなお開発にGOサインを出した者の責任において、その様を確認する義務がある。
 なんとか呼吸だけ整えると魔法部隊の部隊長の一人に肩を借りながら城壁を登る。
 見下ろす戦場は手榴弾の初披露の時以上の阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
 嬉々として城壁の上から爆弾を投げるラバナルと戦場で逃げ惑う兵士。
 悲運にも爆弾の効果範囲にいた兵士の体は四散し、その様を見た兵士はその凄惨さにあるものは気を失い、あるものは発狂し、かろうじて正気を保ったものが潰走する。
 その逃げる先には無双する三人の武将を筆頭に戦場を蹂躙する奇襲部隊がいた。

 ……ああ、これか。
 チカマックの策とは厳密には僕の立案した作戦の一部だった。
 悪し様に言ってしまえば必勝を期してより綿密にタイミングを測って行動をさせただけ。
 しかし、それはもっとも囮として価値のある僕を利用した敵の心理をつく用兵と、奇襲を完璧に成功させるためにもっとも有用な近代兵器とも言える通信装置を最大限に利用した文句のつけようがない作戦指揮だった。

 …………。

 僕に黙っていた以外はだけどね。
 僕が残り八半時間だとして撤退しようとしたあの銅鑼の合図は残り四半時間の合図だったんだ。
 チカマックは僕の預かり知らないところで作戦を一部変更してみせたってことだろう。
 僕がその変更を知らないことで生まれた必死さも策の一部だったに違いない。
 ……まいったね。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み