第207話 裸の付き合い
文字数 2,490文字
全軍到着の翌日、帰投する兵士には完全休養を申し渡す。
と言っても日がな一日寝て過ごすものばかりという話があるわけもないし、寂れた集落に娯楽などなにもなく、元が農民であることもあって体を動かしている方がいいとばかりに働くものも多かった。
困ったものだ。
さらに次の日、僕らは集落を出発する。
かなりの距離が整備された街道を足取り軽く進む軍隊は、森林地帯に入るまでは問題もなく行軍したのだけれど森に入ると雪中行軍になり、途端に進みが遅くなった。
膝まで積もった雪を漕ぎ、寒さに震えながらの夜営で風邪をひくもの凍傷になるものなどが続出した。
ああ、これがただの行軍でよかった。
凍傷は魔法使いが治療してくれるから大事にはいたらないし、襲ってくるものは獣の類いだからな。
戦闘行為に発展するような状況になったなら満足に戦えないだろう。
相手も同じ条件になるとはいえ、こんな状態での戦いなんて泥試合にしかならないぞ。
そんなことになったらいたずらに死傷者が増えるだけだ。
これは予想外だった。
いや、まったく予想していなかった。
過去に一、二度雪の中で合戦に及んだことがあったけれど、あれは拠点防衛の戦いだったからガンガン火を焚いて凌いでたんだったか。
失念していた。
農民兵中心の軍編成である我が軍は、どうしても農閑期である秋の収穫後から春の雪解けまでしか軍事行動が起こせない。
対策を考えなきゃだな。
雪中行軍で唯一の利点は水の心配をしないですむことだ。
飲み水としてはもとより蒸気機関は大量に水を消費する。
読んで字の如く水蒸気で動く機械だからね。
もちろん水蒸気を作るために大量の燃料(現在は薪を利用している)も必要だけれど、これも森林地帯を進む現在は足りなくなったらそこら辺から切って釜に放り込みゃあいいんだから便利でいい。
もっとも、生木は水分が多くて薪には向かないんだけどね。
やっとの思いで関門に辿り着いたのは九日後。
行きは未整備の街道を八日かけて最初の村についたはずだから、雪中行軍がいかに大変かってことだ。
ここで改めて一日休養して二日後に故郷への帰投を命じる。
さすがにこの休養日はほとんどの兵が休みにあてた。
関門には衛生上の必要から大きな風呂を用意している。
普段は沸かしたお湯をそれぞれ桶にとってそれで体を拭うのだけど今回は特別に湯船に入ることを許可したら、まぁ列ができるほどの大盛況になってしまった。
慌てて時間を決めた入れ替え制にしたんだけど、人数も多いことから順番はくじ引き、一人当たり入浴時間は四半時間だったというのに全員が入浴するまで昼からはじめて日が暮れるまでかかった。
あまりにも大勢で入ったもんだから湯が足りなくなって途中で水を足し、沸かし直したのも時間がかかった原因だ。
石鹸もおろしたてのものが何個もちびちゃったそうな。
「お館様」
「キャラか」
「改めて湯を沸かし直しました。どうぞお入りください」
「僕一人で?」
「お館様が先に入らねば入れないと申すものが何人か残っておいでですが」
「ならばみんなで入ろうか」
「よいのですか?」
「ああ、構わないよ。どうせそんな鯱 鉾 張 ってんのはオクサたちだろ?」
「しかり」
「じゃあ、呼びにいってくれ。風呂場で会おうとな」
「かしこまりました」
関門の内側は普段詰めている二百人規模の守備兵のための兵舎以外に恒久的建築物が建てられていないため、軍が寝泊まりするための陣屋が設営されている。
僕専用の陣屋は数ヶ月前のズラカルト男爵との攻防の時も、今回の遠征先でも利用されてきた他のものよりちょっと豪華な陣屋だ。
寝室だけでなく執務室も兼ねているからね。
目を通していた書類などが広げられていた卓の上を片付けて、僕は風呂場へと出かける。
風呂場は兵舎に併設されていて、二十人くらいが一度に入れるように設計されている。
脱衣所に着くと、すでにみんな集まっている。
オクサ、ラビティア、カイジョー、イラードにホーク。
ラビティアは兄のオクサに付き合わされたのだろう。
早く入りたくてすでに全裸だ。
魔法で治癒のできる世界だからか、大きな傷痕はないんだな。
「先に入っていてよかったんだがな」
「そうも参りますまい」
と、返してきたのはやっぱりオクサだった。
「裸で待っているのは寒かろう、先に入ってていいぞ」
と、服を脱ぎながら言ってやると「ありがてぇ」と呟いてラビティアが浴場に消えていく。
他の連中も僕より早く服を脱いで汚れを落としに浴場へ続く。
「律儀だねぇ」
僕が脱ぎ終わるのを待って一緒に浴場に連れ立って入るオクサに声をかけると、
「お館様が気さくにすぎるのです」
と、苦言を呈してくる。
いやはや。
洗い場ではすでに体を洗い始めている男たち。
ラビティアなんかは石鹸で泡だらけになっている。
僕もざっと掛け湯して手拭いに石鹸を擦りつけて泡を作る。
石鹸はだいぶ改良されていてよく泡立つようになったし身体中の脂を持っていかれなくなっている。
髪の毛洗うとギシギシになるのはシャンプー開発を待つしかないのかな?
「此度は大勝利でしたな」
隣に腰掛け旅の垢を洗い流していたホークが声をかけてきた。
「なに、村を落とすことなど造作もないことだ」
「町も陥しましたよ」
「一の町だったか? 今のゼニナルの。あそこを陥した時より質も量もあったのだ。お館様の言う通り、造作もないことよ」
と、すでに湯船につかっていたカイジョーがいう。
その後、それぞれに自慢話などに花を咲かせて至福のひと時を楽しんだ。
「そろそろ上がりますわ」
というラビティアの一言が合図となって一人また一人と浴場を出て行く中
「お館様は上がられないのですか?」
と、またまたオクサが訊ねてくる。
「うん、最後は一人でゆっくりしたい」
「そうですか。では、先に上がらせていただきます」
「ああ。あ、そうだ。キャラたちは入ったのだろうか?」
「女子衆は昼のうちに、他の忍び集も兵に混じって入っていたかと……いや、キャラはどうでしたかな」
そう言って出ていった。
キャラ、仕事熱心すぎじゃね?
と言っても日がな一日寝て過ごすものばかりという話があるわけもないし、寂れた集落に娯楽などなにもなく、元が農民であることもあって体を動かしている方がいいとばかりに働くものも多かった。
困ったものだ。
さらに次の日、僕らは集落を出発する。
かなりの距離が整備された街道を足取り軽く進む軍隊は、森林地帯に入るまでは問題もなく行軍したのだけれど森に入ると雪中行軍になり、途端に進みが遅くなった。
膝まで積もった雪を漕ぎ、寒さに震えながらの夜営で風邪をひくもの凍傷になるものなどが続出した。
ああ、これがただの行軍でよかった。
凍傷は魔法使いが治療してくれるから大事にはいたらないし、襲ってくるものは獣の類いだからな。
戦闘行為に発展するような状況になったなら満足に戦えないだろう。
相手も同じ条件になるとはいえ、こんな状態での戦いなんて泥試合にしかならないぞ。
そんなことになったらいたずらに死傷者が増えるだけだ。
これは予想外だった。
いや、まったく予想していなかった。
過去に一、二度雪の中で合戦に及んだことがあったけれど、あれは拠点防衛の戦いだったからガンガン火を焚いて凌いでたんだったか。
失念していた。
農民兵中心の軍編成である我が軍は、どうしても農閑期である秋の収穫後から春の雪解けまでしか軍事行動が起こせない。
対策を考えなきゃだな。
雪中行軍で唯一の利点は水の心配をしないですむことだ。
飲み水としてはもとより蒸気機関は大量に水を消費する。
読んで字の如く水蒸気で動く機械だからね。
もちろん水蒸気を作るために大量の燃料(現在は薪を利用している)も必要だけれど、これも森林地帯を進む現在は足りなくなったらそこら辺から切って釜に放り込みゃあいいんだから便利でいい。
もっとも、生木は水分が多くて薪には向かないんだけどね。
やっとの思いで関門に辿り着いたのは九日後。
行きは未整備の街道を八日かけて最初の村についたはずだから、雪中行軍がいかに大変かってことだ。
ここで改めて一日休養して二日後に故郷への帰投を命じる。
さすがにこの休養日はほとんどの兵が休みにあてた。
関門には衛生上の必要から大きな風呂を用意している。
普段は沸かしたお湯をそれぞれ桶にとってそれで体を拭うのだけど今回は特別に湯船に入ることを許可したら、まぁ列ができるほどの大盛況になってしまった。
慌てて時間を決めた入れ替え制にしたんだけど、人数も多いことから順番はくじ引き、一人当たり入浴時間は四半時間だったというのに全員が入浴するまで昼からはじめて日が暮れるまでかかった。
あまりにも大勢で入ったもんだから湯が足りなくなって途中で水を足し、沸かし直したのも時間がかかった原因だ。
石鹸もおろしたてのものが何個もちびちゃったそうな。
「お館様」
「キャラか」
「改めて湯を沸かし直しました。どうぞお入りください」
「僕一人で?」
「お館様が先に入らねば入れないと申すものが何人か残っておいでですが」
「ならばみんなで入ろうか」
「よいのですか?」
「ああ、構わないよ。どうせそんな
「しかり」
「じゃあ、呼びにいってくれ。風呂場で会おうとな」
「かしこまりました」
関門の内側は普段詰めている二百人規模の守備兵のための兵舎以外に恒久的建築物が建てられていないため、軍が寝泊まりするための陣屋が設営されている。
僕専用の陣屋は数ヶ月前のズラカルト男爵との攻防の時も、今回の遠征先でも利用されてきた他のものよりちょっと豪華な陣屋だ。
寝室だけでなく執務室も兼ねているからね。
目を通していた書類などが広げられていた卓の上を片付けて、僕は風呂場へと出かける。
風呂場は兵舎に併設されていて、二十人くらいが一度に入れるように設計されている。
脱衣所に着くと、すでにみんな集まっている。
オクサ、ラビティア、カイジョー、イラードにホーク。
ラビティアは兄のオクサに付き合わされたのだろう。
早く入りたくてすでに全裸だ。
魔法で治癒のできる世界だからか、大きな傷痕はないんだな。
「先に入っていてよかったんだがな」
「そうも参りますまい」
と、返してきたのはやっぱりオクサだった。
「裸で待っているのは寒かろう、先に入ってていいぞ」
と、服を脱ぎながら言ってやると「ありがてぇ」と呟いてラビティアが浴場に消えていく。
他の連中も僕より早く服を脱いで汚れを落としに浴場へ続く。
「律儀だねぇ」
僕が脱ぎ終わるのを待って一緒に浴場に連れ立って入るオクサに声をかけると、
「お館様が気さくにすぎるのです」
と、苦言を呈してくる。
いやはや。
洗い場ではすでに体を洗い始めている男たち。
ラビティアなんかは石鹸で泡だらけになっている。
僕もざっと掛け湯して手拭いに石鹸を擦りつけて泡を作る。
石鹸はだいぶ改良されていてよく泡立つようになったし身体中の脂を持っていかれなくなっている。
髪の毛洗うとギシギシになるのはシャンプー開発を待つしかないのかな?
「此度は大勝利でしたな」
隣に腰掛け旅の垢を洗い流していたホークが声をかけてきた。
「なに、村を落とすことなど造作もないことだ」
「町も陥しましたよ」
「一の町だったか? 今のゼニナルの。あそこを陥した時より質も量もあったのだ。お館様の言う通り、造作もないことよ」
と、すでに湯船につかっていたカイジョーがいう。
その後、それぞれに自慢話などに花を咲かせて至福のひと時を楽しんだ。
「そろそろ上がりますわ」
というラビティアの一言が合図となって一人また一人と浴場を出て行く中
「お館様は上がられないのですか?」
と、またまたオクサが訊ねてくる。
「うん、最後は一人でゆっくりしたい」
「そうですか。では、先に上がらせていただきます」
「ああ。あ、そうだ。キャラたちは入ったのだろうか?」
「女子衆は昼のうちに、他の忍び集も兵に混じって入っていたかと……いや、キャラはどうでしたかな」
そう言って出ていった。
キャラ、仕事熱心すぎじゃね?