第2話 晩秋の枝の上

文字数 1,995文字

 だからってこれはないんじゃないでしょうか?

 こんな状態で前世の記憶が蘇るとか、神様の仕業だとしたら「あんたバカぁ!?」って罵ってやりたい。
 いいや、一発殴らせろ。
 こんな切羽詰まった状態だが、現在の状況を冷静に確認分析だ。
 まず、ここは村はずれの雑木林をちょっと入ったところ。
 この辺は子供達がよく遊ぶ場所で僕も勝手知ったる何とやらだ。
 つまり、普段は危険のほとんどない場所で、そんな林の比較的幹の太い木をできるだけ登った枝の上にいる。
 僕の名前は、えーと……そう! ジャン・ロイ。

 …………。

 ギャバンなのかシャイダーなのか、どっちかにしろ! 混ぜたら中国系みたいじゃないか。
 いかんいかん、前世の記憶に引っ張られて現世の記憶があやふやだ。
 ひとまず現世の記憶だけを整理するぞ。
 年齢は確か明日十五歳になるはずだ。

 …………。

 じゃあ、明日蘇れよ前世の記憶っ!
 まぁそれは今は置いとけ。
 なんで僕は、こんなところにいるのか? それは、村が盗賊団に襲われたからだ。
 こんな田舎の村にお宝なんてあるわけないじゃないか! って、少年としては悪態つくところなんだが、前世の思考が邪魔をする。
 だよなぁ、収穫期に農村襲えば食いもんにありつけるわな。
 運の悪いことに今回の盗賊団は食いもん奪うのに村人を殺す系の盗賊団だったらしく、僕は母ちゃんに背中を押される形で村を逃げ出しここまでたどり着いたわけだ。

 なんだ、うまく逃げだせたんじゃん。

 とか、思っているそこのキミ。
 そんなわけないじゃないか。
 僕の下を盗賊団の手下たちがウロウロしてんだよ。
 くそっ、皆殺し系盗賊団だこいつら。
 襲った村の村人を全員殺すことで自分たちの身バレリスクを減らそうってんだ。見つかったら百パー確実に殺される。

 ──というのが、今の状況だ。

 さて、ここからは前世の記憶をフル活用だ。
 襲ってきたのは、十数人の盗賊団。村には女子供を含めて三十人ちょっと。ここは本当に農村の一集落だった。
 ん? この世界は前世知識的にどれくらいの文明水準なんだ?
 くそっ、ど田舎の未成年じゃ参照知識がなさすぎる。
 異世界転生ものならそれなりの環境に生まれ直させろっての。
 ──って言っても仕方ないわけで、そもそもテンプレの神様にあった記憶がない。
 現世の記憶を手繰り寄せてもなろう系のお作法である知ってるゲーム世界的な場所でもなさそうだ。
 あ、もっとも僕、00年代以降のゲームなんてほとんどやってないや。
 そんなことはどうでもいい。
 今は、この危機的状況をどう乗り切るかに集中しなきゃ。
 思い出せ、現世の知識!
 お! やっとテンプレ情報確認だ。
 ここは魔法が使える世界らしいぞ。

 …………。

 使えなきゃ意味ないじゃん!
 友達とチャンバラごっこはやっている。
 今は十九歳になってる隣のお兄ちゃんとも互角に戦ってた(三年前だけど)。
 ──いやいやいや、そのお兄ちゃんはここに来る前に奴らに滅多刺しされてるとこ見てる。
 勝てっこないじゃん。
 ……いや、待てよ? 前世の僕は大学まで剣道やってて有段者だったぞ。

 …………。

 試すにはリスクが高すぎる。
 そもそも相手は剣とか斧とか持ってるけど、こっちは肥後守みたいなナイフがポケットに入ってるきりだ。
 やべー、まさに四面楚歌、いや八方塞がりってやつだ。

「逃げたのはガキ一匹か」

 と、僕の真下で傷だらけのごつい男が言っている。
 こいつが盗賊団の頭目と見た。

「へい、たぶん」

「たぶんだと!?

「へ、へ……」

 あたふたした下っ端が頭目にぶん殴られ、仰向けにぶっ倒れる。
 気絶してろ!
 盛大に気絶してろよ、でなきゃここにいることがバレる。
 僕の祈りは天に通じたのか、そいつは白目をむいて動かない。

「このさらに奥に行ったかもしれませんぜ」

「ならいい」

 頭目は、一言吐き捨てて踵を返す。

「いいんすか?」

 一緒に来ていた三人も意識のない男を抱えて後を追う。

「奥に逃げたのなら探すまでもねぇ」

 そう、この雑木林の奥は「主」のテリトリーだ。
 五体満足で戻ってきた者はいない。
 どんな怪物なのかもはっきりしない、生き物かどうかさえ定かじゃない、そんな存在がいるのだ。

 ……しかし、そんなことどうして盗賊団の頭目が知ってるんだ?

 まぁ、いい。
 僕は念の為、ベルトで枝に体を縛り付け、寒さに震えながら一晩を過ごした。
 その夜は村の方角が赤かった。
 ああ、きっと火がつけられたんだろう。
 前世の記憶が混ざって、混乱していた現世の記憶が整理されたことで父ちゃんと母ちゃんのことが、村の人たちのことが思い出されて悲しくなった。
 でも、僕は歯を食いしばって泣き声を噛み殺す。
 まだこの辺りに盗賊団が残っていないとも限らないからだ。
 でも、とめどなくあふれる涙は止めようがなく、ただでさえ寒い秋の夜にシャツを濡らし続けることになった。
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