第191話 風雲急を告げる

文字数 2,429文字

 二十五歳になった。
 そして今、関門に軍を催し待機している。
 なにをしているかと言えば、ズラカルト男爵軍の侵攻から僕の領地であるオグマリー区を守ろうとしているのだ。
 この三年で関門は完成し、守備兵力に二百人も割いていたこの地に、なぜ僕自身が動員可能なほぼ全軍を集めているのか?
 それはズラカルト軍がそれだけの兵力で攻めてきたからだ。
 斥候の報告によれば、その数二千五百。
 こちらが千二百人足らずだから倍以上の兵力差だ。

「なんとか戦になりそうですな」

 めっきり白髪の増えたルビレル・ヨンブラムが陣幕を訪れてそう言った。

 どうしてこうなったか?

 事の起こりは僕の誕生日の前日、バロ村で冬籠もりの準備をしていた僕のところに一通の飛行(エア)手紙(メール)が届いたことにはじまる。
 魔道具飛行手紙は魔法陣の(きざ)まれた皮紙である。
 これを紙飛行機に折って飛ばすと目的の場所、あるいは人物に文字通り飛行して届く手紙となる。
 読むと、ズラカルト男爵領との境界に築いた関門にズラカルト軍が現れたとの報せだった。
 ここ二年は魔道具手榴弾(グレネード)の圧倒的な威力を脅威に思ってか攻めてくる事のなかったズラカルト軍が、突如大群を催してきたということにまず守将が動揺して、関門からもっとも近いオグマリー町に援軍の要請をしてきたというオグマリー町代官ルビレルからの連絡だ。
 どうやら数千人規模の大群のようなので増援を乞うという内容だった。
 ただちに各町および村に動員令を発令すべく飛行手紙を各代表宛に飛ばし、出陣の準備を始める。

「サラ。ズラカルト軍が大軍で攻めてきたようだ」

 階上に声をかけると、二歳になる娘を抱いたサラが階段を降りてくる。
 二人の使用人の一人が娘をサラから預かり、もう一人が外へ出る。
 連絡係を務めてくれるようだ。
 サラはテキパキと必要な道具などを取り出してくれるのでとてもありがたい。

「お館様、参上仕りました」

 使用人が呼んでくれたのだろう。
 さっそくキャラが現れた。

「ズラカルト軍が大軍で攻めてきたとルビレルから連絡が入った。数千人規模だという。各地の代表には全軍の動員令をかけるよう、すでに飛行手紙を出している。キャラは隠密部隊をまとめて関門まで先行せよ」

「御意」

 キャラが去るのと入れ違いにドブルが入ってきた。
 普段、ギランの乗合ホルス車で働いているドブルはバロ村にいることが多い。

「出陣と伺いました」

 ギラン派の有力者の一人だけど、僕とはかなり親しい間柄となっている。
 よく稽古や視察に付き合わせてるからだな。

「お前が来たということは、武将となり得るものがお前とギランしかいないということか?」

「はい。すでにギランの兄貴は村人を集めております」

 そこにチカマック・エモンザーが車椅子のチャールズと連れ立ってやってきた。
 使用人のコ、優秀だな。
 必要な人材にしっかり声かけしているようだ。

「お館様の誕生日はいつも何かが起こりますな」

 と、チャールズが言う。
 ほんとだよ。

「ラバナルには連絡済みです。じきに嬉々としてやってくるでしょう」

 バロ村の雑木林の向こう、主の森と呼ばれる一帯の主ことラバナルは長命種族ナルフの魔法使いだ。
 ナルフは本来精霊魔法に長けた種族なのだけど人族の魔法に興味を持ち、戒律を無視したことで精霊の加護を失ったもの「異端(ダーク)ナルフ」となった。
 ちなみに人型種族はみんな自分たちが人であり他種族は亜人であると思っている。
 ナルフというのもナルフ語で「人」のことを言う。

「すぐに出立()てるか?」

「魔法部隊は一般兵と違って準備が少ないのでラバナルが到着次第出発できると思います」

 そう、この三年で魔法部隊が編成されるようになった。
 チカマックとラバナル、チャールズの試行錯誤は実を結び、一年ほど前に魔力を知覚するための訓練方法が確立された。
 すぐさま領内にいる五歳以上の住民すべてに感応力テストを受けさせると、三百十五人もの住人が魔力感知能力を開花させた。
 元々領内にいた魔法使い十五人と合わせて三百三十人になる。
 このうち未成年だった百六十人を除いた百五十五人で構成されるのがチャールズ配下の魔法部隊と呼ばれている一団だ。
 彼らのほとんどは魔法を使えるわけではなく、魔道具を動かすことができる程度の力しかないけれど、ラバナルとチャールズがチカマックと協力して開発したいくつもの魔道具が使えるだけで色々と戦略の幅が広がるというものだ。
 ちなみに魔法が使えるほどになったものが七人いて、この七人がそれぞれ二十人隊隊長に任命されている。
 余った(というのは失礼な話だけれど)八人がチャールズ直属となって、今回僕の近衛魔法使いとして随行することになった。
 というか、残りの部隊はオグマリー町に三隊、ハンジー町とゼニナル町にそれぞれ二隊が配属されているから魔法部隊の合流は関門で、ということになるだろう。

「お館様」

「なんだ? ドブル」

「魔法部隊と一緒にご出発なされますので?」

「そのつもりだ」

()(ちょう)(たい)の編成の都合もあるだろう。どのみち槍兵、弓兵の出立は明日にならなければ難しいのではないか?」

 チカマックの言う通りだ。
 我が軍は領民皆兵策によってほとんどが農民兵なので、どうしても準備に時間がかかるため急な出兵が難しい。
 ここは領内最奥の村なので関門までホルスで急いでも四日はかかるのだけれど、兵の準備を待っているとそれだけ遅れることになる。
 バロ村で徴発できる兵力は五、六十人だ。
 大事な戦力ではあると言っても、準備を待つほどの人数でもない。
 僕もチカマックもそう判断している。

「遅くなった」

 と、玄関先から(だい)(おん)(じょう)でラバナルの声がする。
 いや、むしろめちゃめちゃ早かったろ、来んの。
 僕、まだ鎧を身につけ終わってないよ?
 チャールズが先に出てラバナルと話している間に準備を整え、

「じゃあ、行ってくるよ」

 と、使用人に抱き抱えられている娘の頭をぽんぽんとなで、サラとは目だけで頷きあう。
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