第312話 匹夫の勇と言う勿れ

文字数 2,403文字

(ふふふ。見てる見てる)

 リリムの言う通り、見張りの兵が恐々と慌てているのを横目に何事もないかのように軍を進める。

「ラバナル」

「なんじゃ?」

「敵兵に()()られぬように殿(しんがり)に移動できるかな?」

「なにをさせる気じゃ?」

「これだけ堂々と無防備に素通りされてラバナルならどう思う?」

「ワシなら『無駄なことをせんでよかった』と、手を叩いておるかな?」

 そうなんだ……。

「ウータならどう思う」

「ワタシですか? そうですね。ワタシ自身は勝ち目のない相手が素通りしてくれるなら万々歳ですが……」

 え? そうなの?

「騎士仲間には名誉を傷つけらることをよしとしないものも少なくありませんでした」

「と言うことは、敵が町から出てくるかもしれないということか?」

 ラバナルがニヤニヤソワソワしだしたぞ。

「可能性は高いだろうな。後ろから不意をつけば一矢報いるどころかそれなりの戦果を望めると目論んでくれるかもしれない」

「それでわざわざ、目の前を素通りしたのか」

「町の住人にはこれだけの軍勢があって町を開放するのでもなく、ただ目の前を通り過ぎたとさぞ薄情に見えているだろうがな」

「いいえ、お館様の真意が伝われば感謝こそすれ恨まれることはありません」

 ウータ、いいこと言ってくれる。

「それもこれも、町から軍が出てこないと話にならないがの」

 ラバナルの言う通りだ。
 そこで、僕はもう少し釣り針に餌をぶら下げてみることにした。
 まだ町が見えるところで行軍を止め、小休止をしてみせる。
 もちろん、ラバナルをはじめ魔法部隊には歩兵に紛れて殿で待機してもらい、ウータには精鋭騎兵を選抜してもらっていつでもホルスに飛び乗れるよう待機してもらう。
 なにも知らない兵士たちにはにこやかに近寄って談笑する。
 大将の僕がそんななので兵士たちも近くに敵部隊が立て籠っている町があるのも半ば忘れてそこかしこでくつろぎはじめた。
 軍気というのは、戦場にいるとなんとなく感じ取れるものだ。
 これが挑発以外のなにものでもないと気づいていたとしても、いや、気づいていたのならなおのこと反感(ヘイト)はたまるに違いない。
 願わくば、敵指揮官が短慮でプライド高い人物であって欲しいものだ。

「お館様」

 そっと寄ってきたトーハが世間話でもするように話しかけてくる。

「町の中の気が動きました。出てきますよ」

 僕はニコニコ笑いながら、意識を町の方へ向ける。
 なるほど、戦の気配が感じられる。
 ラバナルもこれを感じ取っているのか、町の上空に不自然に雲が湧く。

「トーハ、潜り込めそうか?」

「お安いご用で」

 そう言って立ち去っていく。
 もしかしたらすでに何人か潜入しているのかもしれないな。
 さて、問題はこの緩んでしまった軍気をどう引き締めてことに当たるかだよな。
 このタイミングで敵が来るからと臨戦体制をとらせてしまうと、敵が攻める気を無くしてしまいかねない。
 かと言ってこのまま奇襲を受けてしまうと大きな被害が出るかもしれない。
 もっといい手段()が思いつければよかったんだけど、九郎判官義経でも楠木正成でも、ましてや諸葛亮孔明でもない身には思いつかなかった。
 仕方ない、ここは大将自ら尻拭いするしかないな。
 床几から尻をあげ、近衛兵にチャールズの居所を訊ねると、ぞろぞろと三、四人の近衛兵が先導してくれる。

「お館様、どういたしました?」

「頼みたいことがある」

「命令してください。お館様なのですから」

 そういうものか。

「では、チャールズに命じる。敵が門を出てきたと同時に私に能力向上(ドーピング)改をかけろ」

「かしこまりました」

 え? 理由聞かなくていいの?

「お館様」

 チャールズに問い返そうとしたその時だ、近衛の一人が僕に声をかけてくる。

「門が開いたようです」

「ホルスをもて」

 そう命じているうちにチャールズの魔法陣は完成したようで、僕は体が軽くなるのを感じた。
 能力向上魔法は一時的に筋肉にパワーとスピードを与える魔法と精神に作用させる魔法を組み合わせた複雑な魔法だ。
 この魔法の恩恵を受けると、エンドルフィンやドーパミン的な脳内麻薬が増大して筋肉が熱を持ち、安全のために無意識にかけられているリミッターを外すことによってざっくりいうと強くなる。
 最初に完成した魔法は一時間くらいいつもの二割増しで強くなれる代わりに効果が切れると一気に疲労が押し寄せて行動不能になる。
 その後、チャールズが実用的なレベルにチューニングした能力向上改とラバナルがさらに性能を向上させた能力向上極みの二つが生み出された。
 能力向上改は持続時間が一時間半、効果が通常の一割り増しでその後の疲労が日常生活ならなんとかなる程度まで軽減されたもの。
 能力向上極みは持続時間一時間を維持しつつ運動能力を三割り増しに身体能力を引き上げる代償として全身が筋断裂を起こすなど肉体的、精神的疲労が一気に押し寄せまったく動けなくなる鬼畜仕様の魔法である。 
 僕は引き出されたホルスにまたがり拍車を入れると単騎で敵を目掛けて走り出す。
 ホルスには魔法かかってないんだけどね。

「やあやあ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそはズラカルト男爵を攻め滅ぼした下剋上領主ジャン・ロイその人なりぃ! 我が槍の錆となりたいものはかかってくるがいい!」

 声をかぎりに叫べば、敵兵団も「あれよ、大将首。討ち取って手柄とせよ」と下知が飛ぶ。
 一斉に走り出し向かってくる一団に向かって浴びせられたるは、魔法の電撃。
 体に金属をふんだんに身につけた兵士たちに次々と落雷するのでそこかしこで兵が吹き飛びあっという間に黒焦げになる。
 うわぁ……こっちに来んなよ、雷様と思いつつホルスを駆けさせるのをやめないあたり、能力向上魔法で脳内麻薬ドバドバ出している影響だろうか?
 でもまぁ、ラバナルも心得ているようで、僕が敵兵の真っ只中に突入する頃には雲を散らしてくれていた。
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