第256話 領主様の独り言

文字数 2,839文字

 お元気ですか?
 僕は元気です。
 あれから二年が経ちました。
 この二年なにしていたって?
 ずっと内政のターンだよ。
 もちろん領境をめぐっての小競り合いは二度三度と戦っているけど、砦に拠っての防衛戦で大きな被害も出さず守りきった。
 ま、この件は後で改めて振り返るとして、まずはズラカルト男爵領を手中に入れた後の領内について語っておこう。

(誰によ?)

(誰って、読者に?)

(ずいぶんメタい発言ね)

(だって神様、僕の前に一度も姿を見せないどころか語りかけてもきてくれないし、もう読者だとでも思うしかないじゃん)

はてしない物語(ネバーエンディングストーリー)じゃあるまいし、神様はバスチアンじゃないわよ)

(リリムは本当に地球の知識が豊富だねぇ)

(そりゃあ、私は神の使いとして転生者のあなたをサポートするナビゲーターだからね)

 しかし神様、ナビゲーターが手のひらサイズの妖精だったり、その妖精の知識が偏ってディープだったり、地球のというかオタク文化に造詣深すぎじゃないかな?
 それはさておき領内の話をしよう。
 まず、ドゥナガール仲爵がズラカルト男爵(当時)の東の砦を陥したあと、砦を壊して帰って行った。
 それを追いかけるようにチロー・トーキを使者として派遣し、同盟継続と領地不可侵条約締結をしてくるように命令した。
 この使者は、結論から言うとひとまず成功した。
 チローには、通商大臣の肩書きを与えている。
 同時に外務大臣に任命したケイロ・ボットとともに仲爵との同盟締結の使者として派遣し、見事この大役を果たしてきた名うての交渉担当(ネゴシエーター)だ。
 今回もその大役をまっとうして不可侵条約も取り付けてきた。
 その代わり、初期型飛行(エア)手紙(メール)の技術を提供しなければならなくなったのだけれど。
 飛行手紙は皮紙に魔法陣を描いてある魔道具で、紙飛行機に折って飛ばすと目的地まで飛んでいくという便利アイテムだ。
 現在、僕の領内では改良型の人物指定型飛行手紙が主流なのでまだ技術的アドバンテージは確保しているし、中距離通信には糸電話(テレフォン)、近距離通信には移動用(モバイル)電話(テレフォン)という魔道具もあるから情報戦ではまだまだ優位性を保っている。
 なんと言っても、魔法適性試験で潜在的適正者を領民から見つけ出し、魔法使いとして教育しているので、領内には他領に数倍する魔法使いと多くの魔力感応者がいる。
 この凄さが判るかな?
 先進的な技術とそれを運用できる技術者がそろっていることの素晴らしさ。
 感動するよ。

 ところで、仲爵軍がどうして攻略した砦を放棄して戻って行ったかというと、やはりアシックサル季爵軍が仲爵領の砦に攻撃を仕掛けてきたからだったようだ。
 僕の配下の忍者部隊頭領オギン・エンの報告では、どうも季爵配下の諜報員が相当数ドゥナガール仲爵領内に潜り込んでいて、軍事行動が筒抜けなんじゃないかってことだ。
 通信手段が遅いので助かっている側面はあるかもしれない。
 今回も、砦を攻略して「さあ、男爵領を切り取ろう!」となったところに侵攻の報告が届いて慌てて引き返したのだというから、僕にとってはこれ以上ない幸運だった。
 なんての? こういうのを主人公補正っていうのかもね。

 僕が神様から与えられた使命は生きること。

 局面局面で運が味方してくれている間は死ぬことはない。
 死なない限り、僕は主人公だ。
 とはいえ運にばかり頼っていると足元をすくわれないとも限らない。
 人事を尽くして天命を待つ、だ。

 領内四区を完全掌握できたので、代官制度を廃止して改めてそれぞれの区に区長を置くことにした。
 そして、各町の行政官を代官から町長と呼ぶことにした。
 さらに、オグマリー区の名前をつけた村以外はすべて最寄りの町に統合させて一つの行政単位にする。
 オグマリー区で行ってきた施政で、勝手知ったるなんとやらだ。
 オグマリー区で育った文官たちが、各区に派遣されて着々と僕のやり方に行政改革している。
 オグマリー区はこの十年で人口規模に対して過剰なほど開発が進み、公共事業的な施策はほとんどすることがない。
 治安も安定しているため文官たちも出世を求めて移動を願い出たため、オグマリー区内の役人確保および各区への派遣人材の選定は結構大変だったなぁ……。
 ということで、オグマリー区は一応僕の直轄区扱いで、各町長および村長が日常の事務を淡々とこなす楽な地区である。
 そのため僕は領内全体の差配に注力できるのだから、ありがたい。

 ハングリー区は溜め池のおかげで集落が食べていけるだけの食糧生産ができるようになった。
 溜め池づくりは今も続けられていて、もう二年もすれば他の区並みに税を徴収できるようになるだろう。
 溜め池事業は領内いたるところで行われており、いまやすっかり農林大臣ルダー・メタの手を離れている。
 溜め池づくりには爆弾(ボム)という魔道具が使われているけれど、これは地球で言うところのダイナマイトでの発破を担っているわけだ。
 爆弾の使用には魔法使いが不可欠で、爆弾の威力は魔法使いの能力に比例する。
 そのため彼らの中には魔法訓練と称して積極的に作業を手伝う者もいるそうだ。
 えらいねぇ。
 ちなみにハングリー区の区長にはルビンス・ヨンブラムをヒロガリー区長にはサイ・カークをズラカリー区長にはオクサ・バニキッタをそれぞれ任命した。
 ズラカルト領攻略戦で戦功のあった武将たちへの論功行賞で何人かに区長や町長の打診をしてみたら鍛錬ができなくなるとか言って嫌がる者が多かったので、区長・町長には能力重視で文官から多くを選任したわけだけど、あいつらホント(いくさ)馬鹿ばかりなんだから。

 農業生産力はルダーとその弟子?

(部下じゃないの?)

(んーん、どちらかといえば師弟関係に見えるけどなぁ)

 とにかく、彼らの農業指導で各区一割から二割の収穫増を果たしている。
 オグマリー区以外はまだ開墾していないのにだ。
 さすがは転生者にして農業のエキスパートだ。
 最近では部下にいい人材が揃ったらしくて前世知識をフル活用しているらしい。
 具体的に言うと有機質肥料の大量生産に着手するだとか、蒸気機関を利用した農耕機や脱穀機の開発などだ。
 この秋の収穫作業が一段落(いちだんらく)したら同じく前世持ちの厚生大臣クレタ・ヨンブラムや学者先生たちと化学肥料の研究を始めるとか言っていた。
 前世知識の導入に躊躇ないな。
 容赦なく技術水準を二十世紀に近づけようとしているようだ。
 もっともこの世界、前世と違ってちょいちょい違うんでまるっと百パーセント前世知識を活用できるほど甘くはないんだけど。
 一番大きな違いはやっぱ単位かな?
 こいつのせいで前世知識の肝である数学的公式がまったく利用できないのだ。
 これがどれだけ文明の発達を妨げているか。
 例えば薬を調合するのに「なにそれを何グラム」とか言うのが絶望的にできない。
 経験と勘を頼りに、この世界の単位に置き換えていくのにクレタたちがどれほどのトライ&エラーを繰り返しているか。
 まったく、頭が上がらないよ。
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