第46話 嵐の前の静けさ
文字数 2,484文字
その日は僕の想定通りに訪れた。
それは誕生日の前日、秋晴れで月明かりの明るい夜だった。
照明器具の発達していない辺境の農村では、月明かりがあったとしても日がくれると程なく村人は寝床につく。
そんな人々が深い眠りについた頃、男は大胆にも寝泊まりしている僕の館を抜け出した。
もちろん、それに気づかない僕じゃない。
と言うか、ここ数日は抜け出しやすいように無防備にしていた。
「お館様、動き出しました」
二階の窓から僕の寝室にオギンが入ってくる。
「手筈通りにオギンはサビー達に連絡を。ザイーダは?」
「お館様のご指示通り、男を尾行し ております」
そういえば、誰も男の名前を覚えてないかも。
もちろん自己紹介はしてもらっている。
事情を知らない村人の中には名前を覚えている人がいるだろうけど、僕の意を汲んだメンバーは直接彼の名を呼ばないでいたから少なくとも僕は覚えてなかった。
さて、ここからの僕は村長というより隊長だ。
総人口三十三人のうち、この件で情報を共有しているのは、僕を含めてサビー、イラード、ガーブラ、ザイーダとオギンの六人だ。
これだけではさすがに野盗に対抗するのは難しい。
それが判っていてなぜ村人に話していないかといえば、村に野盗の仲間が一人入り込んでいたからに他ならない。
ただ、西の山での定期的な戦闘訓練はしていたし、クレタとカルホに回覧板を持たせて戸別訪問で野盗の襲撃に対する心構えを説いて回っていた。
ちなみに回覧板制度は僕が前世から持ち込んだ連絡手段だ。
まだ識字率が低いので今はクレタが口頭で説明をして回覧板に確認のサインをしてもらうだけなんだけど。
余談だけど、回覧板はお祭りの連絡など、村の行事報告にも利用している。
さて、それほど時間はない。
僕はジャリに作らせた額部分に鉄のプレートを縫い付けた革製の鉢金 を巻き、木刀のような鉄剣を腰に佩 き、長弓を小脇に抱えて箙 を肩に掛ける。
鉄剣に刃はない。
ジャリの鍛冶技術ではまだ対人戦闘で信頼の置ける剣が作れないのと、僕が刃のついた剣を上手に振り切れないので、妥協案として作らせた殴り倒すための武器だ。
この一年、木刀を振り続けてきたけど、まだまだ前世の感覚が戻ってこない。
現世の体のせいなのか、ブランクのせいなのか。
ともかく、僕は支度を整えて月明かりの下に飛び出す。
行き先は正面門。
途中でザイーダと出会う。
彼女が戻ってきたということは村の外へ出たということだ。
事前にそう指示を出している。
「お館様の予想通り、男は村の外へ出て行きました」
予想というか、男が連絡用に用水路に流した「手紙」をリリムに確認してもらっていたからね。
押し込み強盗働こうと思っているんなら、迎えに行くより引き込んだ方が能率上がるのにね。
ここら辺は文化水準・知的水準の低さなんかな?
こっちとしてはありがたいけどね。
ザイーダと別れて門に着くと、すでに東の櫓にサビーが登っている。
さすがに場慣れしているわ。
役割分担としてはサビーがいち早く正面門の櫓に登って警戒を、イラードとガーブラが中央通り沿いの家々を巡って戦闘準備を促すことになっていた。
それ以外の家は連絡を受けた家の住人が学校の連絡網のように次々と連絡に走ることになっている。
ほどなくみんなが所定の持ち場に着くだろう。
西の櫓に登ると、糸 電 話 でサビーに連絡を取る。
「状況は?」
「まだ音も気配もありません」
かなり遠いところで合流する手はずになっていたようだ。
村に手練 れの戦士が何人かいることはすでに知られている。
櫓は昼の見張りにしか使われていない。
というか、意図的に夜の監視に使ってこなかった。
まず一つに夜の監視は遠くが見通せないのでほとんど意味がないから。
夜警の人員を配する余裕がないのも理由だ。
外で暖をとったり篝 火 を焚く余裕もないしね。
でも最も意識したのは、男に夜の警戒はしていないと思わせるためだった。
こんなに図に当たるとは思わなかったけどね。
「明るい月夜だし、近づいたら判るかね?」
「どうでしょう。暗闇の中なら松明でも持って近づいてくれたかもしれませんがね」
あー、そっちの方がありがたかったな。
「お館様」
「何?」
「野盗の規模、どれくらいを想定してるんですか?」
お、おぅ……想定してなかった。
「村の規模より大きいとは思ってない……かな?」
確か、あの日の野盗は十人ほどだった。
今回、サビーたちがいることを判ってなお村を襲おうと思っているんだから十人規模だろうなんて思っていない。
…………。
てことは、前回の野盗とは違う野盗ってことかな?
「確かに三十人規模の野盗がこんな辺境の村なんて襲いませんね」
その発言はちょっと傷付くなぁ。
いや、ありがたいことなんだけどさ。
「さて、そろそろ集中しましょうか」
サビーはそう言って通話を切り上げ、月明かりに照らされた道の先に視線を向ける。
僕は村に視線を向ける。
村の中はなんとなく緊張した気配がする。
櫓の足元にはイラードとガーブラが到着していたので、一旦降りることにした。
「お館様」
「準備完了?」
「さあ、それは判りませんね」
む、そりゃそうか、進行状況を確認する伝令係が必要だな。
すっかり抜けていた。
反省反省。
「じゃあ、手はずどおりに」
二人は頷いて門の両脇に陣取る。
野盗の目的は略奪だ。
無理して戦士と戦うとは思えない。
……とまぁ、僕の想定が当を得ていれば、この作戦は図に当たる。
目論見どおり完勝できるかどうかはその一点にかかっている。
櫓を昇り直すと、サビーの様子が緊張しているのが見て取れた。
姿勢を低くして隠れているようにも見える。
同じ姿勢になって道の先に目をこらすと、粛々と近づく一団が月明かりにさらされていた。
ざっと数えて十九人。
かなりの規模だ。
傭兵崩れのならず者といった感じか。
なるほど、腕に自信がありそうだ。
僕は櫓に用意していた小石を一つ下に落とす。
見上げたガーブラが自慢の幅広剣を振り上げて見せてくる。
さて、戦闘開始といきますか。
それは誕生日の前日、秋晴れで月明かりの明るい夜だった。
照明器具の発達していない辺境の農村では、月明かりがあったとしても日がくれると程なく村人は寝床につく。
そんな人々が深い眠りについた頃、男は大胆にも寝泊まりしている僕の館を抜け出した。
もちろん、それに気づかない僕じゃない。
と言うか、ここ数日は抜け出しやすいように無防備にしていた。
「お館様、動き出しました」
二階の窓から僕の寝室にオギンが入ってくる。
「手筈通りにオギンはサビー達に連絡を。ザイーダは?」
「お館様のご指示通り、男を
そういえば、誰も男の名前を覚えてないかも。
もちろん自己紹介はしてもらっている。
事情を知らない村人の中には名前を覚えている人がいるだろうけど、僕の意を汲んだメンバーは直接彼の名を呼ばないでいたから少なくとも僕は覚えてなかった。
さて、ここからの僕は村長というより隊長だ。
総人口三十三人のうち、この件で情報を共有しているのは、僕を含めてサビー、イラード、ガーブラ、ザイーダとオギンの六人だ。
これだけではさすがに野盗に対抗するのは難しい。
それが判っていてなぜ村人に話していないかといえば、村に野盗の仲間が一人入り込んでいたからに他ならない。
ただ、西の山での定期的な戦闘訓練はしていたし、クレタとカルホに回覧板を持たせて戸別訪問で野盗の襲撃に対する心構えを説いて回っていた。
ちなみに回覧板制度は僕が前世から持ち込んだ連絡手段だ。
まだ識字率が低いので今はクレタが口頭で説明をして回覧板に確認のサインをしてもらうだけなんだけど。
余談だけど、回覧板はお祭りの連絡など、村の行事報告にも利用している。
さて、それほど時間はない。
僕はジャリに作らせた額部分に鉄のプレートを縫い付けた革製の
鉄剣に刃はない。
ジャリの鍛冶技術ではまだ対人戦闘で信頼の置ける剣が作れないのと、僕が刃のついた剣を上手に振り切れないので、妥協案として作らせた殴り倒すための武器だ。
この一年、木刀を振り続けてきたけど、まだまだ前世の感覚が戻ってこない。
現世の体のせいなのか、ブランクのせいなのか。
ともかく、僕は支度を整えて月明かりの下に飛び出す。
行き先は正面門。
途中でザイーダと出会う。
彼女が戻ってきたということは村の外へ出たということだ。
事前にそう指示を出している。
「お館様の予想通り、男は村の外へ出て行きました」
予想というか、男が連絡用に用水路に流した「手紙」をリリムに確認してもらっていたからね。
押し込み強盗働こうと思っているんなら、迎えに行くより引き込んだ方が能率上がるのにね。
ここら辺は文化水準・知的水準の低さなんかな?
こっちとしてはありがたいけどね。
ザイーダと別れて門に着くと、すでに東の櫓にサビーが登っている。
さすがに場慣れしているわ。
役割分担としてはサビーがいち早く正面門の櫓に登って警戒を、イラードとガーブラが中央通り沿いの家々を巡って戦闘準備を促すことになっていた。
それ以外の家は連絡を受けた家の住人が学校の連絡網のように次々と連絡に走ることになっている。
ほどなくみんなが所定の持ち場に着くだろう。
西の櫓に登ると、
「状況は?」
「まだ音も気配もありません」
かなり遠いところで合流する手はずになっていたようだ。
村に
櫓は昼の見張りにしか使われていない。
というか、意図的に夜の監視に使ってこなかった。
まず一つに夜の監視は遠くが見通せないのでほとんど意味がないから。
夜警の人員を配する余裕がないのも理由だ。
外で暖をとったり
でも最も意識したのは、男に夜の警戒はしていないと思わせるためだった。
こんなに図に当たるとは思わなかったけどね。
「明るい月夜だし、近づいたら判るかね?」
「どうでしょう。暗闇の中なら松明でも持って近づいてくれたかもしれませんがね」
あー、そっちの方がありがたかったな。
「お館様」
「何?」
「野盗の規模、どれくらいを想定してるんですか?」
お、おぅ……想定してなかった。
「村の規模より大きいとは思ってない……かな?」
確か、あの日の野盗は十人ほどだった。
今回、サビーたちがいることを判ってなお村を襲おうと思っているんだから十人規模だろうなんて思っていない。
…………。
てことは、前回の野盗とは違う野盗ってことかな?
「確かに三十人規模の野盗がこんな辺境の村なんて襲いませんね」
その発言はちょっと傷付くなぁ。
いや、ありがたいことなんだけどさ。
「さて、そろそろ集中しましょうか」
サビーはそう言って通話を切り上げ、月明かりに照らされた道の先に視線を向ける。
僕は村に視線を向ける。
村の中はなんとなく緊張した気配がする。
櫓の足元にはイラードとガーブラが到着していたので、一旦降りることにした。
「お館様」
「準備完了?」
「さあ、それは判りませんね」
む、そりゃそうか、進行状況を確認する伝令係が必要だな。
すっかり抜けていた。
反省反省。
「じゃあ、手はずどおりに」
二人は頷いて門の両脇に陣取る。
野盗の目的は略奪だ。
無理して戦士と戦うとは思えない。
……とまぁ、僕の想定が当を得ていれば、この作戦は図に当たる。
目論見どおり完勝できるかどうかはその一点にかかっている。
櫓を昇り直すと、サビーの様子が緊張しているのが見て取れた。
姿勢を低くして隠れているようにも見える。
同じ姿勢になって道の先に目をこらすと、粛々と近づく一団が月明かりにさらされていた。
ざっと数えて十九人。
かなりの規模だ。
傭兵崩れのならず者といった感じか。
なるほど、腕に自信がありそうだ。
僕は櫓に用意していた小石を一つ下に落とす。
見上げたガーブラが自慢の幅広剣を振り上げて見せてくる。
さて、戦闘開始といきますか。