第70話 町議会開会、空転なんかしないよ

文字数 2,591文字

 主の森騒ぎのごたごたで延期していたジョーとの首脳会談は、主に会いに行く前日に朝イチで開かれた。
 今日は絶対長丁場になる。
 出席者は全員覚悟の前である。
 ちなみに僕とジョー以外の出席者は前世持ちのルダー。
 町の行政を任せているイラード。
 軍事を任せるつもりでジョーが連れてきたカイジョー。
 明日も僕を護衛して森に同行する予定のオギンの四人。
 場所はお館囲炉裏の間。
 まずは冒頭、イラードによる町の現状とオギンによる森の主(ラバナル)についての報告。
 質疑応答も含めて、これだけでたっぷり午前中を使い切った。
 昼飯はジョーの執事カーゲ・ストゥラーさん夫妻とザイーダに用意してもらったちょっと豪勢な肉料理。
 提供はジョーのキャラバン。
 町の家畜はまだ出荷できるほど整備されていない。
 そして、食べながら会議の続きだ。
 昼食中の議題は男爵対応。
 一時間ほどの昼食時間で、ジョーが収穫前にキャラバンを町に戻すことに決まった。
 これで町の人口は百三十人を優に越すことになる。
 キャラバンはその性格上男性比率が高く、戦闘力の高いものが多い。
 現状、地の利以外で男爵に勝てそうなのは一部個人の戦闘力くらいだからね。

「秋までふた月あまり。比較的手の空いている今のうちに軍事調練をしたい」

 という僕の提案はカイジョーの全面的支持を受け、承認される。
 その際、志願の女性弓兵も導入することになった。

「最悪、投石兵でいい。白兵戦になったら退却させる」

 日本でも古来「飛礫(つぶて)」「(いん)()()ち」と呼ばれ、有効な戦闘手段だった。
 ラバナルの石の(ストーン)弾丸(バレット)は魔法を使った投石と言える。
 お手軽安価な武器だ。
 野球のように投げても数十シャルは飛ばせるし、投石器(スリング)を使えば有効射程距離百シャルに届くかもしれない。
 女性でも遠くまで投擲できるだろう。
 僕の前世の少年時代にはすでにほとんど廃れていたけれど「パチンコ」と呼ばれたスリングショットが、子供達のおもちゃとして存在していた。
 もっとも、ここにはゴムがないので威力のあるパチンコは難しい。
 投石機(カタパルト)は秋までに用意できないから諦める。

「それならまともな射撃戦ができそうですね」

 と、ザイーダが言う。
 イラードはやっぱり少し気に入らないようだけど、なんだ、フェミニスト的観点なのか?
 それとも、女は銃後派なのかね?

「オルバック家の春現在の現有戦力は大体三百人。ズラカルト男爵からの援軍があれば最大動員数六百人と見られています」

 と、オギン。
 そんなに?

「ここを単になる田舎村と侮っているだろうし、せいぜい二、三十人で威嚇すれば大人しくなるくらいに思っているだろ」

 カイジョーの意見にジョーが同意する。

「違いない。お貴族様は外聞もお気になされる。村相手に初手から全力なんてなさらねぇよ」

 敬語風だけど、見下した感満載な言動だな。

「緒戦は戦闘にもならねぇ。二度目も十中八九勝てるだろう。問題は本気で攻めてくる三戦目だな」

 僕もそう思う。
 収穫後、徴税にくる役人(たぶんオルバックJr《ジュニア》.)を追い返すのがこちらの初手だ。
 一度取って返したジュニアが手勢を連れて威嚇するのがカイジョーの言う緒戦。
 これが正規兵で二、三十人ってのがジョーの見立てた人数だろう。
 まだにこちらの人口規模も把握していないぐらいだから、こちらが武装して門から出てくだけで、一戦も交えることなく勝てるだろう。
 それを追い散らしたらオルバックの軍が動く。これが実質的緒戦になる。
 で、町の戦力組はその程度なら十中八九勝てると踏んでいる。
 この見解はカイジョーだけでなくイラードもオギンも同意見のようで、オルバック兵を侮っているわけではなさそうだ。

「じゃあ、この件は後日細部を煮詰めるってことで……」

 と、僕が締めて午後の議題へと移る。
 人口増加によって減り続ける備蓄食料だが、秋の収穫分を入れなくても今年中の対男爵戦分残っている計算が立っている。
 ただ、戦が長引けば来年の夏を乗り切れるか怪しくなるとルダーが心配している。
 開墾中の北側は、今のところ想定通りの進捗だけど、男爵軍に攻められると滞るのが見えている。
 男爵軍を退けたら、噂が噂を呼び移住者が増え続けるだろう。
 当然、男爵が何度も攻めてくるに違いない。
 これは領地経営の問題だ。
 その都度、町をあげての防衛戦を余儀なくされる。
 食糧生産は継戦能力の根幹だ。
 日本は太平洋戦争中、南方戦線でひどい目に遭っている。
 ニューギニア戦線など実に死者の九割が餓死という話があるくらいだ。
 それを考えていると、籠城戦は町にとってジリ貧の悪手なんじゃないかと思い始めている。
 進むも地獄、戻るも地獄とはこのことか。
 進んで修羅の道に入るなんて、聞いてないよ!
 神様ヘルプ! だよ。

 それはいい。

 僕は食料生産計画をルダーに一任する案を出す。

「そんなに食料生産って重要なのですか?」

 と、ピンと来ていないイラードに答えたのは、戦争経験者(ただし前世)のジョーだった。
 必要性の詳細な説明をしてくれたんだけど、こりゃもうどう聞いても南方戦線に従軍していた経験談だべ。

「当たり前のように食事を支給していただいていましたから、キャラバンではそんなこと全然気にしていませんでした」

「嫌ってほど身に染みてるからな。食料だけは儲けを削ってでも確保していた」

「俺も小さい頃、ひもじい思いをしたからよく判る。食うもの食ってないと腹に力が入らないんだ」

 と、同じく(前世で)戦争体験のあるルダーがいうので、圧倒的に説得力がある。

「冬の間に後背地の開墾をしたいところだけど、ここは山間地でもあって雪深い。防衛線の合間合間に開墾ってのは難しいだろうな」

「合間は狩猟と雑木林の手入れだな」

「ああ、それは俺も気になっていた。貴重な山林資源を村の復興のために随分と利用したんだろ?」

 確かに。

「牧畜の方は?」

「クッカーの卵はもう売ってるだろ。配給するには数揃わないけどな。クッカーの食肉出荷は早くて三ヶ月後。こっちも配給品にするほどの数は無理だ。もっとも、各家庭で飼っているところもあるから、商品としては割に合わないかも。来年にはジップの乳が出荷できるくらいにはなると思う。肉はあと二年先かな?」

 クッカーは復興前の僕ん家でも飼ってたからな。
 うん、餅は餅屋だ。
 全面的にルダーに任そう。
 農業大臣任命!
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