第170話 悪魔の発明の平和利用

文字数 2,053文字

 徴税の混乱に端を発した暴動は程なく治まった。
 (じゃ)の道は(へび)ということなんだろう。
 貴族の社交関係はオクサにはわりと筒抜けだったようで、ガーブラたちの現場検証から得られた情報を元に関係者を一斉検挙、尋問によって検挙者の大半が今回の件に関わっていたとして処罰された。
 処罰はされたんだけど……。

「なにかご不満でもあるのですか?」

 サラに指摘されても唸るしかできない。
 すぐ顔に出るのは前世からの欠点のようだ。
 「元嫁にもよく言われたな」と思い出す。

「んーん……不満というか、懸念というか」

 今回逮捕されたのは貴族を中心に三十九名。
 うち無関係と証明されたものは八名だった。
 事後報告で十八名が死刑、五名が領外追放、六名が入牢(じゅろう)、残り二名は嫌疑不十分で釈放だ。
 それぞれに理由が書かれていて、まぁ妥当と言えば妥当なんだ。
 そもそもこの件はイラードとオクサに丸投げした案件でもあり、今回ばかりはイラードの下した判決に反対や批判をする気はない。
 為政者として信賞必罰が大事なのは理解している。
 してはいるけど心情としては「そこまでなのか?」とか「情状酌量はないのか?」とか「やり直しのチャンス」とか、前世の思想が浮かんでは消えるんだ。

「甘いのかね」

「おそらく」

 と、サラは真剣な顔で答える。
 かわいいな。

(……バカ)

「でも……」

 そして、真剣な表情のまま彼女は僕に寄り添う。

「そういう優しさは好ましいと思います。できればずっと優しいお館様でいてください」

「心掛けよう」

 徴税業務がなんとか終わり、事務方の集計が終わると、農閑期の大規模公共事業の再開だ。
 事業の優先順位、動員できる延べ人数と使える費用からこの冬の事業を決める会議が行われた。
 参加者は僕とジョー、ルダー、イラード、オクサ、サイ、ウータ、チカマック、ルビレルの代理でルビンス、それにダイモンドの十人だ。
 最優先は街道整備。
 並行して領外への関所の建設を行うことが決まった。
 街道はこの冬のうちに全線整備が目標だ。
 関所も領内防衛に極めて重要な施設であり、整備は急務とみんな判っている。
 もう一つ、この冬の事業にため池作りが選ばれた。
 土木工事だらけで労働力が足りないという意見も多かったんだけど、これは勝算があってのことなので僕が無理を言って突っ込んだ案件だ。

「その勝算というのを教えていただけますか?」

 労働力が分散することで街道整備も関所の建設も計画通りに進まないのではないかと懸念して、強硬に反対したサイがなお食い下がってくる。

「魔道具を使う」

「ま、魔道具? どのような魔道具をどのように使えばため池が作れるというのですか?」

「サイは見ていなかったな。オグマリー区攻略戦後に作られた手榴弾(グレネード)を」

 それまで半信半疑だったらしいルダーが、はたと膝を打って身を乗り出した。

「ため池作りを一気に近代化する気か! いいぞいいぞ」

「なんですか? 近代化って?」

 ウータが不思議そうにこっちを見てくる。

「一言で言えば人の行いが楽になることだ」

「近代化というのがどんなことかは今はいいです。その手榴弾という魔道具がどうため池作りに使えるんですか?」

 空気読めないコだね、サイ。
 それにはジョーが答える。

「手榴弾は破裂することで中身が四散する兵器だ。俺も試作実験を見せてもらったが、そのままでは使えないだろ」

 というか、僕に対する疑問質問だな。

「でも、原理は同じだ。火薬などの爆発物を使うよりずっと安全に取り扱えるし、爆発の指向性も制御できる」

「できるなら文明を二、三百年は進める発明だし、文句はないぞ」

「チカマックとラバナルには数ヶ月前から製作を依頼している」

「大丈夫、目処は立っています」

 と、チカマックも言っている。

「はっ、ダイナマイトに目処がたっちまうと戦争も近代化されちまうってことに自覚はあるのか?」

「……ある」

 アルフレッド・ノーベルについての知識は当然持ってる。
 その覚悟はあるんだよ。

「…………ならいい」

「お二人が言っていることは半分も理解できませんが……」

 と、サイがおずおずと発言する。
 だよねー。
 この世界では未知の概念、未知の単語が目白押しだ。
 これを理解できているとしたら、それはもう間違いなく転生者だよ。

「それを使えば地面に穴を開けられるという認識でよろしいですか?」

「それでいい。生産力向上にはため池づくりが不可欠だ。街道整備、関所作りと並んで優先順位の高い事業としてどうしてもこの冬に着工を始めたいんだ。サイ、ため池作りには大動員はかけない。それでいいな?」

「お館様が是が非でもと仰せあるならば従うほかありません」

 無理を通しているつもりはないけれど、それは二十一世紀の先進国をベースに思考するからであって、十三世紀相当の感覚では不可能に見えるんだろう。
 不可能を可能にしてみせるしかないよな。

「ルダー、できるな?」

「できれば重機の開発もお願いしたいですが、まぁダイナマイトがあれば無茶な要求にもある程度答えてみせますよ」

「頼んだぞ」
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