第275話 ジャンはなんでそんなに詳しいのか?

文字数 2,852文字

 山賊の頭領が逃げてすぐ、後方で戦っていたスケさんとヤッチシがこちらにやってきた。

「あー、相性の悪い組み合わせでやしたね」

 と、ヤッチシが言いながら投擲刀を構えもしないで投げつける。
 なるほど、確かに僕やカクさんでは相性が悪かった。
 これがスケさんだったとしても単発銃という飛び道具がある。
 投げられた刀が狙い(たが)わず右の二の腕に突き刺さったことで長剣を振り回すことができなくなり、男はあえなくカクさんの槍で倒された。

「はぁ、今日はこのまま寝られないのか」

 と、ため息混じりに呟く。
 死体をそのまま放置していると肉食動物や怪物(モンスター)がやってきかねないし、稀にアンデッドになるらしい。
 ありがたいことに僕はまだアンデッドに遭遇したことはないけどな。

「お館様はお休みになっていてください。死体の始末は我々でやっておきます」

 と、カクさんがいう。

「その代わり町までの御者はお願いしますよ」

 と、スケさん。
 ちゃっかりしているけど、合理的だ。
 お言葉に甘えて寝かせてもらった僕は少々の寝不足感を覚えつつ翌日の御者をしっかり務めて町に入る。
 事前に連絡を受けていた町で一泊。
 改めてホルスに騎乗して次の町、旧領都ズラッカリーに向けて出発する。
 さすがに領都周辺だ。
 元々交通量が多かったのだろう、道幅が広くてホルスも飛ばしやすい。
 しかし、周辺の村も人口が多く注意しないと人を跳ね飛ばしてしまう危険がある。
 まぁ、その日のうちに着けばいいのだからそこまで走らせなくてもいいんだけど、早く着いてゆっくりできるならそれに越したことはないから。
 というわけで、空が茜色になる前に町に到着した僕らは衛兵に案内されるままにズラカリー区長オクサ・バニキッタの居館に到着した。
 出迎えてくれたのは奥方と一人息子だ。
 奥方はオクサ同様筋肉質でちょっとやそっとじゃ壊れそうにない外見なのに物腰はとても柔らかな女性だ。
 息子のペガスは去年成人したばかりで、細身の体つきにまだ幼さが残る顔立ちの少年と呼びたくなる若者だ。
 領内を統一して二年、戦らしい戦は砦でのアシックサル軍との小競り合いくらいなので、初陣前のこの少年がどれほどの人物になるのか?
 父が父だけにちょっと楽しみにしている。

「オクサはまだ戻っておりませんが、話はうかがっております。まずは街道の埃をお払いください」

 と、召使に案内されたのは立派な浴室。
 これはまたなによりのご馳走だ。
 いい香りのする石鹸で埃も垢も洗い流すと、大浴場かというほどの浴槽に体を沈める。
 少しぬるめのお湯の中で手足を伸ばすと、「ああ……」と声が出た。
 風呂を上がると、真新しい下着とこぎれいな服が用意されている。
 ああ、ちなみにこの世界の下着は男女問わず紐ビキニみたいに腰で結ぶデザインになっている。
 もちろん、形はビキニみたいに布の少ないデザインじゃなく褌とか短パンみたいな感じだ。
 女性の中には貞操に配慮してか、裾まわりも紐で縛って下から除けないようにしているものをはくものもいる。
 サラがそんなのを履いていた。
 いわゆるかぼちゃパンツだ。
 ほんと、残念だけど、トランクスの裾がすぼまってるだけっていう見た目がそそられない。
 もうちょっと可愛らしいデザインにできるだろう? と思うのは前世持ちだからだろうな。
 ただ、最近はクレタが自分のために作った紐ビキニタイプが富裕層を中心に流行している。
 転生者じゃなくてもあのデザインは魅力的だよな、今までが今までだから尚更だ。
 サラもキャラもビキニがお気に入りで何枚も持っている。
 下着は何着あっても困らないし、むしろ清潔に保つためには毎日着替えるべきだからいいけどさ。
 さらに余談だけど、女性の上半身の下着はコルセットや服そのものがその役目をしているのだけど、やはりウエストからギュッと締め上げるコルセットは息苦しいらしく、貴族階級が仕方なく着用しているというのが実態のようだ。
 これもクレタが自分のためにブラジャーを開発、こちらはまだクレタ曰く「全然ダメ」ってことで改良のためにサラやキャラ、クレタの妹のカルホと日々試作と試着を繰り返している。
 どれくらいのレベルのものを目指しているんだろう?
 前世の世代的には寄せてあげる的な形を綺麗に見せる系かな? それともスポブラ的なやつかな?
 この世界の服飾技術では立体裁断とか立体成形はまだまだハードルが高いんだろうな。
 ブラジャーがただの乳バンドから付け心地を追求し始めたのが一九六〇年代になってから、バストメイクなど機能性を重視するのが八〇年代も後半だ。
 学生だった当時の寄せて〜寄せてあげるぅ〜♪ってCMは刺激的だったなぁ。
 とはいえ、ボディコン服とメイクアップブラに何度騙されたことか……。

(ジャン?)

 お、おぅ。
 いずれにしろ、世の中が平和でファッションにお金と時間がかけられる時代だったってことなんだろうな。
 この世界でも、貴族の華美な衣装にくらべて庶民の普段着なんかTシャツとスウェットレベルだもんな。
 しかも肌触りのゴワゴワした着心地の決していいとはいえない生地でなぁ。
 それも安くないから着たきりスズメで夏服一着冬着が一着、それに冠婚葬祭用の一張羅があるだけってのが村の人間の服事情だった。
 洗濯の時は下着姿で乾くのを待たなきゃならなかったのが、今では転生組で開発した機織(しょっき)のおかげで布の値段がぐっと下がったことから着替えて洗濯できるくらいの余裕ができるようになっている。

「お館さまをお待たせして、申し訳ありません」

 帰ってくるなり開口一番で謝罪するオクサに案内されて食堂へ。
 すでに準備がされていた食卓には上流階級向けな料理が並んでいる。

「お館さまは村人の出身でしたな。仲爵のもとへ行くのであれば、最低限のマナーを覚えて行かねばなりますまい?」

 ああ、そうだね。
 一応、サラとの披露宴では王位継承権者の配偶者として恥ずかしくない振る舞いをするために必死になって覚えはしたけど、それ以来然るべき立場の会食といえばズラカルト家との晩餐くらいだ。
 勝利者の立場で敗者に相対するという体だったこともあって多少のマナー違反も大目に見てもらえたんだろうけど、今度はどう考えても上位貴族のドゥナガール仲爵に招かれての食事になる。
 下手はうてないからな。

「できれば十日ほどはご滞在いただきたいところですがそうも行かないようですし、今日と明日の朝食で厳しくご指導いたしますぞ」

 むむむ……。

「オ、オクサ殿。我々もということはないでしょうな?」

 と、カクさんが及び腰だ。
 ふふふ……僕と一緒に苦役に就くといい、道連れだ。

「いや、過去に礼儀作法を修めているお館様はともかく、経験のないものの付け焼き刃など危なくて勧められぬ。ここから先は然るべき者に護衛も頼むゆえ安心なされよ」

 なんてこったーっ!!
 くそぅ、清々しいほどの安堵の表情を浮かべやがって、覚えてろよ!

(悪人みたいな捨て台詞ね)

 ぐぬぬ、返す言葉もない。
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