第92話 劣勢

文字数 2,294文字

 雪雲は敵弓兵の上に居続け、しんしんと雪を降らせる。
 ところがだ。
 敵は火矢を撃ってくる。
 つまり手元に熱源があるってことだ。
 多少は寒さでかじかむだろうが火元に手をかざせば強張りもほぐれるようで、目に見える効果は感じられない。
 昼まであと半時間ほど。
 昼になれば一度引き上げてくれるはず。
 ……はず。
 それまで柵を死守できるだろうか?
 死守できたとして、午後はどうなる? どうする?
 などとじりじりしているうちに昼になったらしく、ズラカルト軍は昼休憩に引き上げていった。
 ……助かった。
 これが日本だったらこんな一息つけなかっただろう。
 異世界様様だ。
 さて、午後の戦闘をどう凌ぐか。
 この二日で戦力差はだいぶ縮まった。
 とはいえいまだにこちらの数的不利が覆るところまでは来ていない。
 剣兵こそ大きく減らしたけれど、弓兵の差は歴然で騎兵は脅威のままだ。
 こっちのとりうる戦法ってなにが残ってる?
 もともとできる選択肢は少なかった。
 突撃なんてもってのほかだぞ。
 町に籠城?
 だめだだめだ、午前と同じ攻防になって詰んじゃう。
 くそう、オギンたちの状況を知りたい。
 それが判れば最善手が選べるだろうに……。
 いや、それはいいっこなしだ。
 現状での最善手を考える。
 ハンニバルだってカエサルだってそんな状況下で勝ちを拾ってきたんだ。
 この状況下なら孔明とか正成の方が例に出すなら適切か?
 ──って、そんなことを悠長に吟味している場合じゃない!
 考えろ。

「お館様」

 イラードが前線から戻ってくる。
 午後の作戦を確認しにきたんだろう。
 判ってる、判ってるよ。

「予備兵に当てている町人を総動員で置き盾を設置せよ」

 まずは、徹底抗戦の構えだけはとっておかなきゃ。

「柵の裏にはカイジョー隊を残し、(イラード)隊はギラン隊に援護を頼んで盾の後ろに待機して敵に備える。カイジョーには柵が持たないと判断したら退却せよと伝えるんだ」

投石(ザイーダ)隊はいかが致しますか?」

「カイジョー隊の援護だ」

 弓隊より投石隊の方が人員が多いから柵を守ってギリギリまで応戦してもらおう。

「弓隊にはできる限り犠牲者を出さずにカイジョー・ザイーダ両隊が撤退できるように援護を頼む」

「かしこまりました」

 僕はくすぶる柵を見ながら「いつまでもつか」と呟いたらしい。

「もって二時間でしょう」

 と答えたのはルビンスだ。

「二時間か……」

 これは一種の賭けになったぞ。
 オギン達の兵糧焼討ちはきっと成功する。
 ここだけは信じているけど、それがいつ、どのタイミングになるか。
 ジョーのキャラバンとの接触は成功するのか? 接触できたとして、キャラバン隊はどう出る?

「いずれにせよこちらの戦術は『専守防衛』。ここを凌げなくてなにが独立かってんだ」

「その意気ですぜ、お館様」

 ガーブラがガハハと笑う。
 胆が座ってんなぁ。
 午後の戦闘が始まると、劣勢はいよいよ如何ともしがたく、一時間半もすると柵が火柱を上げ始めた。
 カイジョー隊がザイーダ隊を守りながら退却を始める。
 炎の向こうからそれを確認できたのだろう、矢が柵越しに降り注ぐ。

「チャールズ、負傷者が来るぞ。ガブリエルと手分けして治療にあたってくれ」

「判りました」

 門を開いて手早く野戦病院を開設する。

「ガーブラ、女兵は全員門の中へ入れろ。ザイーダ達弓が使えるものには物見櫓に登らせて弓を構えさせろ」

「合点」

 承知の助か?
 ホルスの腹を蹴って戦場へ駆けていく。
 !!
 おいおい、まだ炎上中だろう?
 なんで剣兵が突撃してきてんだよ!?
 指揮官はなにを考えてるんだ。
 人の命をなんだと思ってやがる。

「ルビンス」

「なにか?」

「ここの指揮を任せる。女子供を守ってくれ」

「え?」

「伝令に出せる人員がいないんだ。僕が行って撤退命令を出す間、ここを任せる」

「心得た」

 その返事を聞いて、僕もホルスを駆けさせる。
 ガーブラに率いられて退却してくる女性達とすれ違う。

「お館様」

 ガーブラが僕についてくる。

「撤退だ! イラード、弓兵を退げろ。ギラン、弓兵を援護! カイジョー、殿(しんがり)で退却戦!! ガーブラ、右を回って敵兵分断! 僕は左を行く」

 指示を受けたそれぞれが返答とともに行動を開始する。
 あれ?
 ラバナルは?
 僕は左を迂回し、迫る歩兵の列の横腹に突撃する。
 敵の進撃が乱れて弱まる。
 が、敵騎兵も突撃しようとしているようだ。

「ラバナル!」

「いるぞ!」

 弓隊の中に姿を見つけた。
 急いでホルスを駆る。

「例の大きな音って、今出せる?」

「おおよ」

 さっと、魔法陣を描き始めるラバナルを同じく戻ってきたガーブラと守る。
 魔法陣を描き上げたラバナルはおもむろに懐から金属の棒を取り出しガンガンと叩きながら魔法を発動させると、大音響が辺りを満たす。
 うおっ!
 ホルスが(さお)()ちになった。
 僕はかろうじて堪えたけど、ガーブラが落馬した。
 これは神様からもらった「人よりちょっと優秀」さの恩恵か?
 敵騎兵のホルスも同じ状態になっているはずだ。

「撤退! 急げ!」

 鋭く命令して、こちらの軍を混乱から立て直す。
 ん?
 背後からガンガン音が鳴ってるけどなんだ?
 町の方へと振り向くと物見櫓の上でザイーダが指を指している。
 改めて指差す方へと視線をあげると、燃える柵の煙とは違う煙が遠くに上がっている。
 あれは!
 オギン達が兵糧を焼くのに成功したに違いない。
 と、同時に柵の向こうから、かすかに合戦の音が聞こえてくる。
 敵騎兵に動揺が見えるぞ。
 僕は直感に従うことにした。

「反転攻勢! 僕に続け!!

 声の限りに叫びながら、僕はホルスを歩兵の中に突っ込んだ。
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