第112話 内政は駆け足で その3

文字数 3,240文字

 学者先生には子供たちへの読み書き算盤指導をお願いしているけれども、なにも自分の研究を取り上げたわけじゃない。
 文学者のアンミリーヤはボット村で先生をしながら文学の研究をしている。
 銭で給料を払っているのだけれど、食費なんかをギリギリに削りジョーのキャラバンから大量の書物を買いあさって研究しているようだ。

 ちゃんと食べて健康的になれば随分な美人さんだと思うんだけどなぁ。

 教室を兼ねた広い家に子供たちを集め、四日午前中に授業をして(授業が午前中だけなのは農作業の手伝いをするためだ)一日全休を繰り返しているそうだ。
 休みと言っても子供たちに教えるのを休んで、自分の研究をしているというのが正しい。
 ちなみに読み書きより算盤指導の方が上手だってことだ。

 あれかな? 自分の領域すぎてつい専門的な指導とかで入れ込んじゃうとかかな?

 量産できるようになった紙にえらく感動していたかと思えば、大量に購入して書き物に高じている。
 皮紙は高価で手に入りにくく、学者先生は誰もが学術成果を残すのに苦労していたようだが、植物紙の製造工程を確立した我が領内では紙の値段が劇的に下がり、皮紙の需要が激減した。
 領内ではすっかり魔法関係以外じゃ皮紙を使うこともなくなった。
 今では少なくない領民が、アンミリーヤの書いた物語(といっても彼女の創作物というのではなく、昔話などだが)を回し読むのがはやっている。
 最近ではアンミリーヤの家に文学サロン的なものができつつあり、同人誌が編まれているそうだ。

 …………。

 二次創作じゃないぞ。
 「アララギ」とか「ホトトギス」みたいなやつだぞ。

 ついでなので読み書きを体系的に教えられるように国語の教科書を作ってもらい、すべての村で同じ教科書を使っている。

 セザン村にはこの春から医者として赴任するクレタと一緒にクレタと同い年のケイロを新任教師として送り出した。
 ケイロは見込んだ通りの優秀さで、あれよあれよと読み書き算盤を習得した。
 体も大きくなったのでカイジョーに戦闘方面の指導もお願いした。
 カイジョーは教えるのはブンターの方がうまいとか適当に押し付けたらしいけど、そのブンターがなるほど教えるのがうまいようで、メキメキと剣の腕が上がっているそうだ。

 ところで、なぜそこまでケイロに目をかけているかといえば、戦略を練る部下が欲しいからだったりする。
 今僕は僕以外に戦略を練れる人材がルビレル親子以外にいないと思っている。
 戦闘になれば、もともとカシオペアの一団を率いていたカイジョーや傭兵部隊長経験のあるバンバ辺りが戦術や用兵を駆使して戦果を上げてくれるだろう。
 イラードも弓兵部隊を任せて戦果をあげた実績があるから今後もできるに違いない。
 サビーには打診したけれどていよく断られた。
 ガーブラも自分が戦いたいっていうし隊長候補がいないのが悩みの種だったりする。

 あ、ギランはいるんだけどホラ、なかなか信用できないし……。

 もしかしたら市井の中に飛び抜けた才能を持った人材がいるかもしれないんだけど、今の所そんな人材を見つけ出す手段が見つからないんで、才能のありそうな人をお試していてその第一候補がケイロってわけ。
 今までは弓隊、槍隊という風になんとなく部隊を作ってきたけど、本格的に乱世に打って出るなら兵制も整えて行かなきゃ規模の大きな戦に勝てない。

 現在の最大動員数は二百人余り。
 槍隊が最も多くて百二十人。弓隊が三十人と投石兵が五十人というのがだいたいの構成だ。
 兵種が三種だから各村に三人は隊長が必要で総大将の僕を含めて部隊長は三村で単純計算十人必要になる。
 ホルスがまだ数揃えられないので騎兵隊が編成できていないけど、各隊長級には与えられるくらいにはなってる。
 もっとも、乗りこなせているのは騎士だったルビレル、ルビンス親子とサビー、ガーブラ、イラード、バンバしかいない。
 乗りこなしだけでいえば世話をしているチローが一番かな?

 …………。

 チローか、ふむ。

 最大の人口を誇るバロ村は歴史学者のウォルターに先生をしてもらおうと思っていたんだけど、宣言通り助手の二人に丸投げした。
 ま、結果として最良の選択だったといえなくもないんだな、これが。
 ナートは読み書きを教えるのがうまく子供に人気、ヨーコは算盤を教えるのが巧みで、商売に目覚めた大人たちに算数ではなく数学を教えてくれているらしい。
 特にジャスたち大工集団がその数学にハマっている。
 建築に経験じゃなくて数学を導入してくれると建築速度や建築物の強度が上がるのでどんどん吸収して欲しい。
 ……あー、まぁ、どれほどのレベルの数学なのかは判らないけど、江戸時代には算術ブームがあってびっくりするくらいの高等数学が庶民の間で広まっていたっていうし、文明の進歩に期待しているよ。

 で、当の歴史学者はなにをしているのかといえば、森の主ことラバナルのところへ押しかけている。
 そりゃあ生ける歴史そのもののラバナルから話を聞ければこれ以上ない史実が知れる。
 最初に押しかけたときは僕が連れて行ったんだけど、ラバナルに怒鳴られるかと冷や冷やしたもんだった。
 ところが、ウォルターは博識雄弁で話が面白い。
 語彙も豊富で話があちこち飛ばないので理解しやすく、ためになる。
 これがいたくラバナルのお気に召したようだ。
 今では月の頭に五日間泊まり込んで談義を交わし、村に戻って整理するという生活だ。
 もちろん、他の領民の手前好き勝手ばかりもさせられないのでその豊富な知識を領地経営に生かすべく、歴史編纂など行政周りで仕事をさせている。
 そんなこんなで、紙は領内でそのほとんどを消費してしまっていてジョーに

「大事な商材が領内で消費されて商機を逸している」

 と、会うたびに嫌味を言われる始末だ。

 仕方ないじゃないか。

 他にもクレタに医学書、デミタに植物図鑑、ルダーに農業指南書を書かせているからな。
 いやぁ、優秀だわ、みんな。
 そのうち学校作って国語と算数以外の学問も教育できるようになるといいなと思っているんだけど、まずは図書館かなとか考えている。

 そうそう、ラバナルといえばウォルターが歴史話と一緒に現代の魔法事情ももたらしたもんだから、色々と生活の中に魔法が入ってきた。
 もちろん魔法を使うためには魔力が必要なんだけど、結界の寝袋(スリーピングバッグオブザバリア)同様魔力をチャージして使う便利グッズってのが貴族階級にはあるとかで、いくつかをラバナルが開発してくれた。
 これがどんなに優れものかは僕の館がまるで地球の生活並みになったくらいの衝撃だ。

 まず、着火機(ライター)
 フルチャージで約一時間小さな火を灯すものだ。
 魔法陣に触るたびに着火と消火を繰り返す仕様でまさにライターのように使える。
 火打ち石と()(くち)の時代から燐寸(マッチ)を通り越してライターだよ。
 さすがは魔法の世界だよね。

 そしてもう一つが照明(ライト)
 こちらはもっと凄くて水の中にある魔力を使用して明かりをつける魔道具だ。
 ラバナル曰く「魔力は水に溶ける」のだそうだ。
 その水に溶け込んだ魔力を魔法陣を刻み込んだ宝石に吸い出し、宝石を発光させて明かりを灯す仕組みなんだって。
 ラバナルも宝石がもともと魔力を通しやすい性質を持っていて、魔道具として色々な場面で使うのは知っていたけど、性質の違う水と宝石を繋いで魔力を流す魔法陣ってのが目からウロコだったそうだ。
 ちなみにただの水だとコップ一杯で四半時間二〇w《ワット》相当の裸電球くらいの光量で照らせる程度だけど、これ、すごいでしょ?
 魔力がなくても魔法のあかりが手に入るんだぜ。
 ラバナルは水に多くの魔力を溶かし込む研究と魔法陣の改良をチャールズと始めていて、今はコップ一杯で四〇w《ワット》の裸電球相当の光量で一時間は照らせる魔道具と魔法水を作ることに成功している。
 四〇w《ワット》あれば時代が昭和までたどり着いたことになる。

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