第282話 転生者による評定
文字数 2,450文字
秋の収穫が済み徴税も終わった領内に戻った僕は、内政総動員モードに入るべく様々な評定を催した。
まず初めに集めたのは四人の転生者と転生者の子であるオギン・エン。
僕らが転生者であることを知っている数少ない人物の一人だ。
そして今、最も信頼している僕の執事コンドー・レノマソ。
コンドーにはこの後の評定にも僕の側について助言をしてもらうつもりだ。
評定はまず、現状報告から始まる。
とにかくなんでも抱え込む厚生大臣クレタ・ヨンブレムにはチャールズの妻で従軍看護の経験豊富なガブリエルと鉱山都市イデュルマで最初に衛生環境改善に当たってもらうべくイラードが衛生兵から推薦したアキを副大臣に任命させ、任せられる仕事はすべて二人に行わせるよう命令してある。
余談だけど、アキの任官は治安の都合で断念し、イデュルマにはオルドブーリッジが任に就いている。
彼女たちの助手にクレタの妹カルホ・ユーミンとヘレン・メタの娘でルダー・メタの義理の娘になっているアニー・メタをそれぞれつけて実務にあたらせている。
「おかげで子供達と遊ぶ時間ができたわ」
「それはいいことだ。けど、厚生大臣の仕事は少し増えすぎてないか?」
「そうね。前世知識のせいで仕事増えちゃうから」
今担当しているのは大雑把に言って公衆衛生・医療・福祉・子育て支援ってとこか?
「年金とか保険に手を出してないだけマシだけど」
保険に関していえばまぁ怪我の治療は魔法がある(領内の魔法使いは他領に比べて数倍する人数抱えているし、原則公僕扱いして魔法行使には謝礼を出している)からそんなに高額じゃないし、内科治療はまだまだ民間療法の域を出ない程度の医療しかできないから整備する段階じゃない。
年金に関しては今のところ戦傷者、戦没者遺族への支給制度しかない。
そしてこの制度は現在イラード・タンが大臣を務めている内務部の管轄だ。
「医学の臨床試験の方はチカマックが実用化にこぎつけてくれた顕微鏡のおかげで微生物の研究が始められるようになりました。まだ、倍率が百倍に届いていないのでさらなる改良、できれば最低五百倍の顕微鏡を期待してます。あ、プレパラートの歪みの低減とか透明性の向上とか、あと観察環境がもっと明るくできるようにお願いします」
「無茶を言う」
と、チカマックが呆れるのも仕方ない。
「日本で最初に作られた工業量産品、田中式顕微鏡は明治四十年に製造が開始された時点で六百倍の倍率だったそうだから、できますよ」
「クレタ、明治四十年はもう二十世紀だ。産業革命で機械化が進んで百年以上経ってからの技術を産業革命黎明期とも言えるこの世界で早々に求めるのは酷だと思わないか?」
「じゃあせめて三百倍」
「判った、判りましたよ。三百倍でしょ? 作らせますよ」
あーらら、大変だぁ。
まぁでも生命科学の基礎は十七世紀、産業革命前の百五十から二百五十倍前後の顕微鏡による数々の発見によるものだって言うし、顕微鏡の高性能化はなに一つ悪いことないからな。
できるものなら頑張ってもらおう。
「ついでだチカマック、発明・改良の方はどうなってる?」
「魔道具の方は進展ありません。魔法についてはチャールズとラバナルでいろいろやってますが、こちらも実用的な水準に達しているものはありません。まぁ、魔法陣の改良は進んでいるらしく、今まで魔法が使えるほどの力がなかった者でも例えば薪に火をつけるだとか、ちょっと声を大きくするくらいの魔法が使えるようになったとかありますよ」
えー、そんなに簡単になったの? 使ってみてー。
(転生者は前世で三十歳まで童貞だった人じゃないと……)
(はいはい。魔法使いになれないって言うんでしょ? 判ってますよ)
でも、僕だって体内の魔力の流れをほんのり感じられる程度には魔力感能力あるんだし、このまま改良が進めばワンチャンあるんじゃね?
(どうかしらね?)
期待しちゃうよ。
「蒸気機関は基幹部品の精度が向上したことで強度不足も解消できました」
部品同士がうまく連動することによって各部品への負荷が減ったのが故障破損の減少につながったんだろう。
「今は主に紡績と耕運、ホルス車の牽引補助などに使っていますが、新たな使い道がございますか?」
と、チカマックが訊ねてくる。
「鉄道だな」
答えたのば僕じゃなくジョーサン・スヴァートこと政商のジョー。
「俺もそう思うんだが、今の国力じゃあな」
ルダーが言うにはまず街道に鉄道を施設するだけの鉄を生産するのが難しい、次に大工事をするには人員確保が難しい、最後にまだ山間部の多いズラカルト領(特にオグマリー区)を登れるほどの力を出せる蒸気機関が完成していないと、数字を出しながら説明してくれる。
「そもそも街道の整備事業も完了してないから、それをほっぽりだして鉄道建設なんて始めたら未整備区域の住民の反感を買うことになるぞ」
ああ、それは避けたいな。
「それより、鉱山都市を手に入れたのに鉄鉱石は潤沢に手に入らないのか?」
という僕の質問には、コンドーが答えてくれた。
それによると、鉱山の主な産出物は銅なんだそうだ。
銅も大事だけど、人間の文明は鉄器の文明なんだよね。
さて、どうするべ……あ!
「鉄については当てがある。目処が立ったら改めて話し合うことにしよう。ところで、鉄道じゃなきゃダメか? 乗り物というなら自動車って手もあると思うんだが」
「自動車はまだ早い。線路の上を走る機関車ならアクセルとブレーキさえあれば事足りるが、自動車となると複雑な操舵装置が必要になる。ちょっとハードルが高いぞ」
なるほどな。
「ジョー様、申し訳ございませんが、初耳の単語が多すぎて理解できません。ご解説を願えませんか?」
と、コンドーが言葉の意味を聞いてきたのは操舵装置とハードルについて。
それからアクセルとブレーキとは魔法の加速 ・減速 とは違うのか? とか質問していた。
気づかず聞き流していたけど、今日の評定にはちょいちょい日本語か混じっていたかもしれない。
まず初めに集めたのは四人の転生者と転生者の子であるオギン・エン。
僕らが転生者であることを知っている数少ない人物の一人だ。
そして今、最も信頼している僕の執事コンドー・レノマソ。
コンドーにはこの後の評定にも僕の側について助言をしてもらうつもりだ。
評定はまず、現状報告から始まる。
とにかくなんでも抱え込む厚生大臣クレタ・ヨンブレムにはチャールズの妻で従軍看護の経験豊富なガブリエルと鉱山都市イデュルマで最初に衛生環境改善に当たってもらうべくイラードが衛生兵から推薦したアキを副大臣に任命させ、任せられる仕事はすべて二人に行わせるよう命令してある。
余談だけど、アキの任官は治安の都合で断念し、イデュルマにはオルドブーリッジが任に就いている。
彼女たちの助手にクレタの妹カルホ・ユーミンとヘレン・メタの娘でルダー・メタの義理の娘になっているアニー・メタをそれぞれつけて実務にあたらせている。
「おかげで子供達と遊ぶ時間ができたわ」
「それはいいことだ。けど、厚生大臣の仕事は少し増えすぎてないか?」
「そうね。前世知識のせいで仕事増えちゃうから」
今担当しているのは大雑把に言って公衆衛生・医療・福祉・子育て支援ってとこか?
「年金とか保険に手を出してないだけマシだけど」
保険に関していえばまぁ怪我の治療は魔法がある(領内の魔法使いは他領に比べて数倍する人数抱えているし、原則公僕扱いして魔法行使には謝礼を出している)からそんなに高額じゃないし、内科治療はまだまだ民間療法の域を出ない程度の医療しかできないから整備する段階じゃない。
年金に関しては今のところ戦傷者、戦没者遺族への支給制度しかない。
そしてこの制度は現在イラード・タンが大臣を務めている内務部の管轄だ。
「医学の臨床試験の方はチカマックが実用化にこぎつけてくれた顕微鏡のおかげで微生物の研究が始められるようになりました。まだ、倍率が百倍に届いていないのでさらなる改良、できれば最低五百倍の顕微鏡を期待してます。あ、プレパラートの歪みの低減とか透明性の向上とか、あと観察環境がもっと明るくできるようにお願いします」
「無茶を言う」
と、チカマックが呆れるのも仕方ない。
「日本で最初に作られた工業量産品、田中式顕微鏡は明治四十年に製造が開始された時点で六百倍の倍率だったそうだから、できますよ」
「クレタ、明治四十年はもう二十世紀だ。産業革命で機械化が進んで百年以上経ってからの技術を産業革命黎明期とも言えるこの世界で早々に求めるのは酷だと思わないか?」
「じゃあせめて三百倍」
「判った、判りましたよ。三百倍でしょ? 作らせますよ」
あーらら、大変だぁ。
まぁでも生命科学の基礎は十七世紀、産業革命前の百五十から二百五十倍前後の顕微鏡による数々の発見によるものだって言うし、顕微鏡の高性能化はなに一つ悪いことないからな。
できるものなら頑張ってもらおう。
「ついでだチカマック、発明・改良の方はどうなってる?」
「魔道具の方は進展ありません。魔法についてはチャールズとラバナルでいろいろやってますが、こちらも実用的な水準に達しているものはありません。まぁ、魔法陣の改良は進んでいるらしく、今まで魔法が使えるほどの力がなかった者でも例えば薪に火をつけるだとか、ちょっと声を大きくするくらいの魔法が使えるようになったとかありますよ」
えー、そんなに簡単になったの? 使ってみてー。
(転生者は前世で三十歳まで童貞だった人じゃないと……)
(はいはい。魔法使いになれないって言うんでしょ? 判ってますよ)
でも、僕だって体内の魔力の流れをほんのり感じられる程度には魔力感能力あるんだし、このまま改良が進めばワンチャンあるんじゃね?
(どうかしらね?)
期待しちゃうよ。
「蒸気機関は基幹部品の精度が向上したことで強度不足も解消できました」
部品同士がうまく連動することによって各部品への負荷が減ったのが故障破損の減少につながったんだろう。
「今は主に紡績と耕運、ホルス車の牽引補助などに使っていますが、新たな使い道がございますか?」
と、チカマックが訊ねてくる。
「鉄道だな」
答えたのば僕じゃなくジョーサン・スヴァートこと政商のジョー。
「俺もそう思うんだが、今の国力じゃあな」
ルダーが言うにはまず街道に鉄道を施設するだけの鉄を生産するのが難しい、次に大工事をするには人員確保が難しい、最後にまだ山間部の多いズラカルト領(特にオグマリー区)を登れるほどの力を出せる蒸気機関が完成していないと、数字を出しながら説明してくれる。
「そもそも街道の整備事業も完了してないから、それをほっぽりだして鉄道建設なんて始めたら未整備区域の住民の反感を買うことになるぞ」
ああ、それは避けたいな。
「それより、鉱山都市を手に入れたのに鉄鉱石は潤沢に手に入らないのか?」
という僕の質問には、コンドーが答えてくれた。
それによると、鉱山の主な産出物は銅なんだそうだ。
銅も大事だけど、人間の文明は鉄器の文明なんだよね。
さて、どうするべ……あ!
「鉄については当てがある。目処が立ったら改めて話し合うことにしよう。ところで、鉄道じゃなきゃダメか? 乗り物というなら自動車って手もあると思うんだが」
「自動車はまだ早い。線路の上を走る機関車ならアクセルとブレーキさえあれば事足りるが、自動車となると複雑な操舵装置が必要になる。ちょっとハードルが高いぞ」
なるほどな。
「ジョー様、申し訳ございませんが、初耳の単語が多すぎて理解できません。ご解説を願えませんか?」
と、コンドーが言葉の意味を聞いてきたのは操舵装置とハードルについて。
それからアクセルとブレーキとは魔法の
気づかず聞き流していたけど、今日の評定にはちょいちょい日本語か混じっていたかもしれない。