第271話 厄介ごとは重なる

文字数 2,164文字

「大丈夫だったのですか?」

 カクドーシの家を()(きょ)してきた帰り道、心配そうに振り返りながらカクさんが訊ねてきた。
 いつまた用心棒たちがやってくるかと心配しているのだろう。

「二人に手ひどく追い返されたんだから今日はもう来ないでしょう。どうせ、返済期限は明日だ。とも思っているだろうしね」

「でも、念の為見張りを立てておいた方がいいんじゃないですか?」

「じゃあハッチ、お前がやるか?」

「あ、こいつぁうっかりだ。若旦那、見張るのはいいとしてなにかあった時にあっしで役に立つとお思いですか?」

「思っちゃいないけど、それ、自分でいうことか?」

 なんてしょうもないやりとりをしていると、飛行(エア)手紙(メール)が飛んできた。

「誰からです?」

「ケイロからみたいだけど……」

 急を要する案件なんだろうか?
 とはいえ、道端で開くわけにもいかないので急いで宿に戻ることにする。
 宿に戻ると、ヤッチシもビートも待ち構えていたようにやってくる。
 手紙も気になるが、こっちの用を優先しよう。
 手短に午前中の経緯と用件を話すと、二人ともなにをいうこともなく消えるように出ていった。
 さて、次だ。
 手紙を開くと、ぱっと見二種類の文字が目に飛び込んできた。
 一つは癖はあっても読み慣れたケイロ・ボット外務大臣の筆蹟()によるもの。
 もう一つはお手本のように綺麗な筆跡の大変読みやすい文字である。
 なにかあったのかと読み進めていくうちに僕の表情が悪い方に変わっていったのだろう、読み終えて顔を上げると心配そうな三人の顔がこちらに向けられていた。

「一大事ですか?」

「そうだな」

「なにがあったんです?」

「年に一度、ケイロが外交としてドゥナガール仲爵の元へご機嫌伺いに行っているのは知っているか?」

「ええ、今年もうちの村から特産品をいくつか見繕って持っていきましたからね」

「そうか」

 僕は、この三人なら読ませても大丈夫だろうと、手紙を三人の前に拡げる。
 元々キャラバンで番頭格として長年働いているスケさんカクさんはもちろん、村長であるハッチも読み書きくらいは難なくこなす。

「これは……」

 さっと目を通したカクさんはうなり、スケさんも黙って腕を組んだまま眉間にシワを寄せている。

「若旦那。どうするおつもりで?」

「どうするもこうするも、イデュルマ(この)町の問題を解決したらその足で行くしかあるまい」

「外交儀礼上、それなりの格式を伴っていく必要がありますよ」

 と、スケさんがいう。
 なるほど、そういうもんか。
 僕は、懐から飛行手紙の束を取り出して館と通商大臣チロー、内務大臣イラード、それとズラカリー区長オクサにことの経緯を(したた)める。
 インクの乾くのを確認したスケさんが器用に紙飛行機を折ると、カクさんがひょいと窓の外に飛ばす。
 この辺りの連携が実に見事に手慣れているのは、きっと、ジョーのキャラバンでいつもやっていることだからなのだろう。

「若旦那、ついでに我らの主人ジョーサンにも手紙を送られてはいかがでしょう?」

 ジョーさん?
 ああ、ジョーの名前、ジョーサン・スヴァートだったっけ。

「そうだな、そうしよう」

 すべての手紙を送り飛ばして外を見上げると、日が沈みかけて空が茜色に染まりかけていた。
 懸案事項は色々あるけど、ここで焦っても部屋でジタバタする以外にできることはない。

「今日は飯を食って風呂に入ってクソして寝るぞ」

 と宣言する。
 宣言通りに食事の後の一休みで腹がこなれた頃に風呂に入ってあったまった後は、出すもん出してベッドに潜り込む。

(リリム)

(なに?)

(悪いんだけど、眠りの魔法をかけてくれないか?)

(眠れないの?)

(んーん、眠れないと困るから念の為……かな?)

(いいわよ)

 リリムはそう答えると魔法の呪文を唱え始める。
 滅多なことじゃ魔法に頼らないんだけど、今日は特別だ。
 前回魔法で眠ったのはいつだったかな……なんて考える間もなく深い眠りについたらしく、目が覚めた時はすでに朝になっていた。

「さすがはお館様、図太い肝をお持ちで」

 と、声をかけてきたのはヤッチシだった。
 ハッチはもとより、スケさんもカクさんもまだ寝ているようだ。
 ヤッチシはいつ寝てるんだ?

「首尾は?」

「抜かりなく。ビートの方も上々なようです」

 さすがだ。

「じゃあ、三人を起こして世直しに出かけましょうか」

 と、ちょっとご隠居みたいな言い回しで言ってみた。
 身支度を済ませると、さっそくカクドーシの家を訪ねる。
 まだ、奴らは来ていないようだ。
 けど、金策の方は当たり前だけどついていないようで諦め顔の二人に迎えられることになった。

「あの……」

「さて、今日は私に付き合ってもらいますよ」

 と、外出を促すと、困惑の表情を浮かべる。

「言ったでしょう? お節介が趣味だって。お二人の問題は、このゼニナルの反物問屋の若旦那であるヒョーゴにお任せあれ」

 と、胸を叩いてみせる。
 不承不承で付き従う二人を連れて向かった先は旧庁舎。
 敵の総本山だ。
 門の前までたどり着くと、ビートとその配下の忍者が三人待っていた。

「ソーリコミットはすでに登庁しております。ディーコックも先ほど来庁しましたから、おそらく二人で話していることでしょう」

 と、ビートが言う。
 それを聞いてカクドーシもリンテンも騙されたのかと僕を見る。

「さ、悪党退治の時間です」
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