第240話 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり

文字数 2,649文字

「なにかあったのですか?」

 合流したイラードの開口一番である。
 僕はラビティアの手紙を回し読みさせならがら

「作戦を変更して、全軍で町を囲むことにした」

 と、宣言する。

「どういうことですか?」

 手紙を読んでもさっぱりだという表情のガーブラと違い、チカマックはにやにやと笑っている。
 イラードが腕を組みしばらく黙考していたが、やがて

「『戦わずして勝つ』ですな」
 と、呟く。
 さすがは僕の懐刀。

「全軍で取り囲むとどうして戦わずに勝てるんだ?」

 ガーブラが判らないことで、僕の意図が読めないのが自分だけじゃないと安堵しているウータにちょっと目を細めた視線を向ける。
 それに気づいた彼女が麗人然とした表情から恥ずかしげに下を向き、耳まで赤くしているのが可愛らしい。

「うちも判んない。イラード、教えてくんないかい?」

 相変わらず言葉遣いが蓮っ葉なままのザイーダにイラードが噛んで含めるように答える。

「ラビティア軍が六百もの軍勢を撃ち破ったであろう? およそヒロガリー区の兵力をかき集めたものと思われる数だ。とすれば町には兵が百人と詰めていない。いや、もしかしたら五十もいないのではないか?」

「でも、武将は討ち漏らしているだけじゃなくどこに逃げたかも判らないようじゃないか。敗残の兵を集めて町に戻っているかもしれないだろ」

 ウータ、うんうんと頷いてるだけじゃなく、そこで自分なりに考えることが大事なんだよ。

「お館様は町に武将はおられないとお思いなのですね?」

 と、チローが訊ねてくる。
 それでウータがはたと気づいたようだ。
 これ、きっとチローの思考誘導だろうな。

「お館様。お館様は主だった武将がヒロガリー区から本領のズラカリー区に逃げたと見ておられるのですね」

 そうなのだよ。
 敗残の兵をかき集めて町に籠もっても勝ち目がないのは考えなくとも判るはずだ。ズラカルト男爵だっていくらなんでもそれくらいの判断もできないような武将を登用しまい。

「じゃあ、ぐるっと囲んで一気に攻める……? イラード、でもそれじゃあ『戦わずして勝つ』ってのと違うよな?」

 ガーブラはまだピンときていないようだ。

「取り囲むだけだよ。そして、降伏を勧告するのさ」

「町の規模は八百六十人ほど。六百で囲めば戦意も失せましょうな」

「ウータの言う通りだ。降伏すれば危害は加えないが、抵抗するならば安全は保証しないと脅そうと思う」

 「飴と鞭」と言う言葉は、ドイツはビスマルクの政策を評したもので近代の表現だけれど、為政者の民衆懐柔政策としては古今東西を問わずよく使われるものだと思う。
 例えば信賞必罰は部下掌握のために行われる飴と鞭だ。
 信長は一銭切りなんて苛烈な刑罰を設けている反対に楽市楽座で自由に商売をさせ、誰でも才覚次第で暮らしの活計(たつき)を得られるようにしていたりする。
 話が逸れた。

「籠城は負けないこと、援軍が来ることが前提の戦略だ。合戦に及べば一日とて守れないほど勝ち目がないこと、援軍が望めないことを理解できていれば、一戦もせずに降伏するだろう」

「ですね」

 戦略意図が伝わったことを確認して、軍を再編。
 街道に沿って整然と行軍を開始する。
 街道と言っても僕の領内の整備されたそれと違ってぼこぼこと穴の開いた砂利道で、三日降り続いた道は歩きにくく、泥水が溜りバシャバシャと跳ねるし小石を踏むとバランスを崩したりするため思うように行軍速度が稼げず、兵たちの疲労も普段よりたまるようだった。
 それでもその日のうちに町を囲む所定の位置に各隊を配置するにいたる。
 あー、風呂に入りてー。
 翌日早暁、魔道具電信(テレグラフ)で示し合わせて同時に町に迫る。
 城壁の上の見張りの顔が見えるほどの距離で止まると、チャールズに拡声(ラウド)の魔法を使ってもらってガーブラに大音声で呼ばわってもらう。

「開門せよ! 抵抗なく開門すれば無体なことはせん。ただし! 抵抗するなら女子供とて容赦はせんぞ。返答は日が南中するまで。返答なくば午後一番を持って攻めるからとくと覚悟いたせ!」

 おーおー、魔法で拡声されているとはいえでけー声だ。
 まぁ、その大きさを買ってガーブラに任せたんだからいいんだけど。
 これだけ大きい声ならば町の住人すべてに聞こえたに違いない。
 あとは返答をただ待つだけ。
 今時分なら南中まで四時間ってところか。
 僕は騎兵をホルスから降ろし、待機させる。
 僕自身は木工の親父に作らせた床几に腰を下ろしているけれど、兵たちには威圧のために直立で町に向かって立たせている。
 もちろん一時間交代で前列と後列は入れ替えて休憩に回すことを忘れない。
 交代の際には前衛に鬨の声をあげさせて、町に対して威嚇する。
 やがて、南中まで四半時間という時分になって、城壁の上から粗末な布で作られた即席の旗が振られ、門が開かれた。
 おどおどと門を出てくる男が三人。
 僕はウータとオギンを伴って彼らに近寄る。
 人選に女性を選んだのは萎縮しまくっている相手に対する心配りのつもりだったんだけど、見目麗しい女騎士と整った顔立ちながら冷たい印象を与える凛とした態度の女性だと逆に気後れさせちゃったかもしれない。
 忍び働きで町にも潜入するくらいなんだから、色々と態度や物腰を変えられるだろうにあえてコレでやっているんだから意地が悪い。

 …………。

 いや、あえてかもな。
 潜入の際に雰囲気変えれば気づかれずにやり過ごせるでしょう? くらいに考えていたとしても考えすぎじゃないと思う。

 さて、僕はあえて騎乗のまま無言で三人を見下ろす。
 しばらく怖気付いていた男たちはおずおずと自己紹介をしてくる。
 どうやら下級役人のようだ。
 首を斬られてもいい人選ってことなんだろう。
 逆に印象悪いんだけどな。
 上役はここでもあまりできる人物はいなさそうだ。

「総大将ジャン・ロイである。して、返答やいかに」

 と、尊大に応対する。

「は。……我が町は代官ワングレンが不在のため、へ、返答いたしかねると……」

「誰が申していた?」

「だ、代官だだ代理のチョーン様が……」

「なんのための代理だ」

「は?」

「チョーンとやらはなんのために代官の代理を務めているのだ? 有事の際責任を取って決断するためではないのか?」

「い……い、い、い、今しばらく、今しばらくお待ち下さい。た、ただいま確認を取って参ります」

 逃げるように戻っていく男たちの背中に追い討ちの言葉を投げかける。

「攻撃の刻限は延ばさんぞ」

「か、かな、必ずや刻限までにぃ……」

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