第326話 ひとり執務室で 3
文字数 2,514文字
サラとキャラのことを思い出していると、誰かがドアをノックする。
呼び入れるとそこには鎧を脱いだウータが立っていた。
普段鎧姿しか見ていないから新鮮だな、おい。
男性と同じデザインの騎士服ながら彼女の体型に合わせて採寸されているからか、ちゃんと女性らしいシルエットになっている。
長陣の中にあってか元々控えめらしい胸の部分が少しだぶついていた。
僕もズボンが緩くなっているのでこれは仕方がない。
「どうした」
「飛行手紙が届いております」
手渡された手紙にはオクサからの事後報告が紙面いっぱいに書き込まれていた。
それによると抑えた八ヶ町のうちドゥナガール領に一番近いダイモンドが向かった町以外はすべて僕の管理下に置くことでまとまったそうだ。
とはいえオッカメー男爵のための扶持 に租税の二割を渡すとか下級貴族、騎士などの捨て打ちの約束、既存の町村以外の新規開拓、開発を禁じられるなど不利な条約を結ぶことになってしまった旨が記されている。
まあ建前として、あくまでもアシックサルに奪われた町の治安維持に僕らは協力しているという体裁になっているから強くは主張できない。
むしろよく七ヶ町も残してくれたものだとオクサの外交手腕に称賛を送りたい気分だ。
「ラバナルを呼んでくれ」
「かしこまりました」
と、出ていくウータの後ろ姿を見送りながら、植物紙を取り出して手紙を二通認める。
一通はオクサへ。
オッカメー領の保護地七ヶ町の行政を任せるという辞令だ。
もう一通はダイモンド宛。
オウチ領の代官にアンデラスを任命するのでその補佐と領内の完全掌握、治安維持を頼む手紙だ。
「なんの用じゃ」
と、部屋に入る早々訊ねてくるラバナルに封蝋した手紙を突き出す。
「急ぎの手紙があるので飛行 手紙 速達 で送ってもらいたい」
姿勢制御用の翼をつけた金属製ロケットで、筒状の胴体に手紙を入れて専用の発射装置で射出する速達は、ラバナルに飛行手紙の改良ではなく新規魔道具として開発を依頼したものである。
その速度は従来の飛行手紙では数日かかるバロ村そば、主の森から僕の居館まで一日で届くほど。
欠点は都度胴体に差出人宛の魔法陣を描く必要があり使い切りなのと、発射装置に少なくない魔力を流さなければいけないため、優秀な魔法使いでなければ使うことができないことだ。
現在、速達を利用できる魔法使いはラバナル、チャールズを含めて十人足らずなので僕の分しか用意されていない。
ラバナル曰く「まだ試作品 」の魔道具である。
「二カ所か。宛先は?」
「ダイモンドとオクサだ」
「判った」
と、一言残して出ていった。
これでひとまずはいいだろう。
一度大きく伸びをすると背骨がポキパキ音を立てる。
早く家に帰って湯船に浸かりたい。
サイオウ領はもう雪で閉ざされているんだろうなぁ。
この辺りはあまり降らないので助かっているけれど、夜はやっぱり底冷えがする。
多くの兵たちの手前、贅沢に薪を焼べるわけにもいかないと厚着で過ごして我慢しているけれど、やっぱり寒いものは寒いのだ。
背中を丸めてふるふるとひと震えした僕は、執務室を後にして寝室へ向かう。
不必要に広い指揮官用の寝室は、広い分だけこれまた寒い。
庶民出には寝室は六畳間っくらいで十分だよ。
貴族とはやせ我慢の上手だな。
翌日、主だったものたちを集めて昨日考えた人事を発表する。
その後、イラードから論功行賞についての説明が行われた。
これまでは、戦後、落ち着いた時期を見計らって居館大広間に主だった武将を集めて行われていた論功行賞だけれど、これだけ領地も拡がり領境が不安定だと指揮を任せる武将を長駆呼びつけるのも忍びない。
ということで後日書面にて報告する旨、告知した。
「皆、長い陣中ご苦労である。砦に残る兵には厚い手当てを約束し、明後日帰途につくこととする」
一応、兵卒には意思を確認しつつ残留軍の編成を行っている。
非常に心苦しいが実に四人に一人が駐留軍に従軍することになった。
任期は領内の慰撫がすんでオウチ領から徴兵できるようになるまで。
少なくとも次の秋までは砦の防備に留め置かれることになるかもしれない。
下手をすると一年二年と帰れないことも考えられる。
彼らへの特別手当は砦の守将に一任しているから、あとはよろしくやってくれるだろう。
願わくば彼らが無事に故郷の地を踏めることを願う。
翌日は全軍の帰還準備に当てられた。
戦死体の焼却作業はまだ数日かかりそうだったけれど、明日以降は駐留兵が後を引き継ぐのだそうだ。
僕はといえば午前中は本来の日課である撃剣稽古に充てた。
グリフ族の族長でもあるリュが稽古に顔を出し、稽古の最後に僕と試合ってくれる。
いやあ、ごん太 の丸太が唸りをあげて振り回されるのはただただ恐怖だったよ。
力の暴力ってやつだ。
あれに合わせて木剣で受けるのは神経がすり減ってすり減って仕方がなかった。
本来の金棒だったら鉄剣では抗しきれないんじゃないかな?
居館 に戻ったらちょっと金棒を剣でいなす思案でもしてみよう。
午後は、積み上がった報告書の整理に費やし、日暮れて早々ベッドに潜り込む。
早暁に目覚めて軽く体を動かしたあとは、ホルス上の人になる。
幾日と北上を続け、途中でオウチ領統治のため残るアンデラスたちと別れ、アンデラス補佐の任に就くためオウチ領を横切っていたダイモンドとすれ違う。
さらに数日かけて領境の砦に戻って二日ほど休養をとった後、サイオウ領のそれぞれの区の出身者ごとに編成をし直して帰路につく。
僕はハングリー区をそのまま北上し、まずはグリフ族の開拓地に入って入植者たちと別れ、リュたち故郷に帰るグリフ族とともにさらに北上。
この辺りから積雪が少しずつ深くなり、行軍中も何度か降る雪に悩まされ難関門に着く頃には雪を漕ぐように行軍しなければならないほどになっていた。
「お疲れ様でございます。ご戦捷、誠におめでとうございます」
事前に飛行手紙で先触れを出していたからか、多くの文官たちが集まって到着を待っていた。
両脇に居並び戦捷を喜ぶ様は、さながら凱旋門である。
気分がいいものだな。
呼び入れるとそこには鎧を脱いだウータが立っていた。
普段鎧姿しか見ていないから新鮮だな、おい。
男性と同じデザインの騎士服ながら彼女の体型に合わせて採寸されているからか、ちゃんと女性らしいシルエットになっている。
長陣の中にあってか元々控えめらしい胸の部分が少しだぶついていた。
僕もズボンが緩くなっているのでこれは仕方がない。
「どうした」
「飛行手紙が届いております」
手渡された手紙にはオクサからの事後報告が紙面いっぱいに書き込まれていた。
それによると抑えた八ヶ町のうちドゥナガール領に一番近いダイモンドが向かった町以外はすべて僕の管理下に置くことでまとまったそうだ。
とはいえオッカメー男爵のための
まあ建前として、あくまでもアシックサルに奪われた町の治安維持に僕らは協力しているという体裁になっているから強くは主張できない。
むしろよく七ヶ町も残してくれたものだとオクサの外交手腕に称賛を送りたい気分だ。
「ラバナルを呼んでくれ」
「かしこまりました」
と、出ていくウータの後ろ姿を見送りながら、植物紙を取り出して手紙を二通認める。
一通はオクサへ。
オッカメー領の保護地七ヶ町の行政を任せるという辞令だ。
もう一通はダイモンド宛。
オウチ領の代官にアンデラスを任命するのでその補佐と領内の完全掌握、治安維持を頼む手紙だ。
「なんの用じゃ」
と、部屋に入る早々訊ねてくるラバナルに封蝋した手紙を突き出す。
「急ぎの手紙があるので
姿勢制御用の翼をつけた金属製ロケットで、筒状の胴体に手紙を入れて専用の発射装置で射出する速達は、ラバナルに飛行手紙の改良ではなく新規魔道具として開発を依頼したものである。
その速度は従来の飛行手紙では数日かかるバロ村そば、主の森から僕の居館まで一日で届くほど。
欠点は都度胴体に差出人宛の魔法陣を描く必要があり使い切りなのと、発射装置に少なくない魔力を流さなければいけないため、優秀な魔法使いでなければ使うことができないことだ。
現在、速達を利用できる魔法使いはラバナル、チャールズを含めて十人足らずなので僕の分しか用意されていない。
ラバナル曰く「まだ
「二カ所か。宛先は?」
「ダイモンドとオクサだ」
「判った」
と、一言残して出ていった。
これでひとまずはいいだろう。
一度大きく伸びをすると背骨がポキパキ音を立てる。
早く家に帰って湯船に浸かりたい。
サイオウ領はもう雪で閉ざされているんだろうなぁ。
この辺りはあまり降らないので助かっているけれど、夜はやっぱり底冷えがする。
多くの兵たちの手前、贅沢に薪を焼べるわけにもいかないと厚着で過ごして我慢しているけれど、やっぱり寒いものは寒いのだ。
背中を丸めてふるふるとひと震えした僕は、執務室を後にして寝室へ向かう。
不必要に広い指揮官用の寝室は、広い分だけこれまた寒い。
庶民出には寝室は六畳間っくらいで十分だよ。
貴族とはやせ我慢の上手だな。
翌日、主だったものたちを集めて昨日考えた人事を発表する。
その後、イラードから論功行賞についての説明が行われた。
これまでは、戦後、落ち着いた時期を見計らって居館大広間に主だった武将を集めて行われていた論功行賞だけれど、これだけ領地も拡がり領境が不安定だと指揮を任せる武将を長駆呼びつけるのも忍びない。
ということで後日書面にて報告する旨、告知した。
「皆、長い陣中ご苦労である。砦に残る兵には厚い手当てを約束し、明後日帰途につくこととする」
一応、兵卒には意思を確認しつつ残留軍の編成を行っている。
非常に心苦しいが実に四人に一人が駐留軍に従軍することになった。
任期は領内の慰撫がすんでオウチ領から徴兵できるようになるまで。
少なくとも次の秋までは砦の防備に留め置かれることになるかもしれない。
下手をすると一年二年と帰れないことも考えられる。
彼らへの特別手当は砦の守将に一任しているから、あとはよろしくやってくれるだろう。
願わくば彼らが無事に故郷の地を踏めることを願う。
翌日は全軍の帰還準備に当てられた。
戦死体の焼却作業はまだ数日かかりそうだったけれど、明日以降は駐留兵が後を引き継ぐのだそうだ。
僕はといえば午前中は本来の日課である撃剣稽古に充てた。
グリフ族の族長でもあるリュが稽古に顔を出し、稽古の最後に僕と試合ってくれる。
いやあ、ごん
力の暴力ってやつだ。
あれに合わせて木剣で受けるのは神経がすり減ってすり減って仕方がなかった。
本来の金棒だったら鉄剣では抗しきれないんじゃないかな?
午後は、積み上がった報告書の整理に費やし、日暮れて早々ベッドに潜り込む。
早暁に目覚めて軽く体を動かしたあとは、ホルス上の人になる。
幾日と北上を続け、途中でオウチ領統治のため残るアンデラスたちと別れ、アンデラス補佐の任に就くためオウチ領を横切っていたダイモンドとすれ違う。
さらに数日かけて領境の砦に戻って二日ほど休養をとった後、サイオウ領のそれぞれの区の出身者ごとに編成をし直して帰路につく。
僕はハングリー区をそのまま北上し、まずはグリフ族の開拓地に入って入植者たちと別れ、リュたち故郷に帰るグリフ族とともにさらに北上。
この辺りから積雪が少しずつ深くなり、行軍中も何度か降る雪に悩まされ難関門に着く頃には雪を漕ぐように行軍しなければならないほどになっていた。
「お疲れ様でございます。ご戦捷、誠におめでとうございます」
事前に飛行手紙で先触れを出していたからか、多くの文官たちが集まって到着を待っていた。
両脇に居並び戦捷を喜ぶ様は、さながら凱旋門である。
気分がいいものだな。