第335話 ジャン、領内巡見旅 3
文字数 2,018文字
検問をクリアしてヒロガリー区に入った僕たちは途中の町に寄り道せず、まっすぐルビンスのいる町を目指す。
「ようこそお越しくださいました」
通された応接室で待っているとコチョウを伴ったルビンスが一抱えの紙の資料を持って入ってくる。
懐かしいなぁ、前世で新入社員やってた時はプレゼン資料がみんな紙で、こんなふうに先輩に持たされてた。
リーダーになる頃にはノートパソコン一台で済んだはずなのに、先方の都合でわざわざ印刷した紙資料を人数分用意させられてたな。
思い出しただけでゲンナリしてしまった。
(昔の話で落ち込まない)
リリムに突っ込まれて嫌な思い出を振り払うと、さっそく拡げられた地図に目を通す。
「一枚目は昨年一年間の野盗被害、こちらが……今年に入ってからの被害件数です」
コチョウの説明を聞きつつ確認すると、地図には月ごとに色分けされた被害の日にちと野盗の出没箇所が記されている。
なるほど確かに目に見えて発生件数が減っているのが見て取れる。
「ん?」
「どうした、スケさん」
「んーん……カクさん、オレたちが前回若旦那のお供をしたのはいつだったかな?」
「そりゃあ去年の……」
カクさんがそう言いかけて難しい顔をするので、僕は改めて地図を凝視する。
(去年の領地漫遊はちょうど夏も始まろうとするころで……)
「軌を一にしているようですが、なにかあったのでしょうか?」
と、ルビンスが訊ねてくるのでもう隠すわけにもいかない。
僕はカクさんに視線を向けると軽く頷く。
それを確認したカクさんが居住まい正して語り出す。
「去年のお館様がお忍びで領内を旅していたときにドゥナガール仲爵に呼びつけられたことがありまして、当時徒歩で旅をしていた我々一行は箱ホルス車を調達してズラカルト町へと急いでいました」
さすがにキャラバンで長年大番頭を務めているだけはある。
非常に聞き取りやすい低音で、理路整然とことの顛末を話し始めた。
「ご存知の通り宿場の未整備区間が残っているこの辺りはどうしても以前のように野宿をしなければならない箇所がございます」
「宿場の整備が完了したオグマリー区を除くサイオウ領で野盗が跋扈する要因の一つでもあるな」
と、ルビンスが腕を組む。
「運悪くヒロガリー区とズラカリー区の区境に差し掛かったところで雨に降られて早めの野宿をすることになったのです」
「あの辺りは狭隘な地形で拡幅もままならず道幅が狭いため山賊が出ると噂されておりましたな」
「そこで山賊に襲われたのですよ」
「大丈夫だったのですか? いや、ご無事だからここにこうしておられるのか」
そうだよ、ルビンス。
「しかし、それとこれになんの関連性が?」
「この山賊に襲われた場所を起点に野盗被害が減っているのです」
カクさんが示す通り、あの日以降被害現場周辺ではパタリと野盗被害がなくなっている。
さらに周辺での野盗被害も目に見えて減っていることが判るのだ。
そして、冬を前にヒロガリー区での野盗被害が二件の大商隊襲撃を最後に今日まで発生していない。
ではズラカリー区はどうかといえば、こちらも発生件数が少なくなる冬が終わり春となった今年の発生件数が三件の大商隊襲撃にとどまっている。
「こうしてみると近々の襲撃事件は大商隊ばかりですね」
スケさんのいう通りだ。
「これは……お館様」
「ああ、とてつもない危機でありこれ以上ない好機だ」
あの男は領内のあぶれ者を糾合して大勢力を生み出したようだ。
一体どれだけの規模の強盗団になっているかしれないが、そんな荒くれどもが領内にのさばっていては安心して都市間を移動できないどころか下手をすると町が潰されかねない。
なにせ頭領は僕の村を襲撃して皆殺しにした盗賊の頭目なのだから。
しかし、逆に言えばこの集団を退治できれば領内の平安を脅かすものがいなくなると言ってもよくなり、治安維持にかかるコストが劇的に少なくなるということでもある。
「お館様」
と、コチョウが声をかけてくる。
「して、いかがなさいますか。お下知を」
「まずは賊のねぐらを突き止めこれを壊滅させる。おそらく野盗どもを集めて大規模な人数になっているに違いない。平地の多いヒロガリー区にいるとは考えられないがしらみつぶしに探ってくれ。人数や根城の規模など判れば動員する軍の規模も算定しやすい。できるか?」
「誰におっしゃているのやら」
とは、ずいぶんな自信だな。
「頭目は残忍かつ狡猾な男だ。気を引き締めてかかれ」
「お館様は頭目をご存知なのですか?」
とルビンスに訊ねられる。
「ああ、親の仇だ」
自分の声が低く冷え、感情のまったく乗らない音だったことにも醒めた感情しか湧かない。
「それは最奥の村の?」
と、あえて旧名でいうルビンスに小さく頷く。
「父の仇を討たせてもらった恩人であるお館様の敵討ちとなれば、是が非でも成功させねばなりませんな」
そんな風に思ってくれているのか。
ルビレルの息子は義理堅いな。
「ようこそお越しくださいました」
通された応接室で待っているとコチョウを伴ったルビンスが一抱えの紙の資料を持って入ってくる。
懐かしいなぁ、前世で新入社員やってた時はプレゼン資料がみんな紙で、こんなふうに先輩に持たされてた。
リーダーになる頃にはノートパソコン一台で済んだはずなのに、先方の都合でわざわざ印刷した紙資料を人数分用意させられてたな。
思い出しただけでゲンナリしてしまった。
(昔の話で落ち込まない)
リリムに突っ込まれて嫌な思い出を振り払うと、さっそく拡げられた地図に目を通す。
「一枚目は昨年一年間の野盗被害、こちらが……今年に入ってからの被害件数です」
コチョウの説明を聞きつつ確認すると、地図には月ごとに色分けされた被害の日にちと野盗の出没箇所が記されている。
なるほど確かに目に見えて発生件数が減っているのが見て取れる。
「ん?」
「どうした、スケさん」
「んーん……カクさん、オレたちが前回若旦那のお供をしたのはいつだったかな?」
「そりゃあ去年の……」
カクさんがそう言いかけて難しい顔をするので、僕は改めて地図を凝視する。
(去年の領地漫遊はちょうど夏も始まろうとするころで……)
「軌を一にしているようですが、なにかあったのでしょうか?」
と、ルビンスが訊ねてくるのでもう隠すわけにもいかない。
僕はカクさんに視線を向けると軽く頷く。
それを確認したカクさんが居住まい正して語り出す。
「去年のお館様がお忍びで領内を旅していたときにドゥナガール仲爵に呼びつけられたことがありまして、当時徒歩で旅をしていた我々一行は箱ホルス車を調達してズラカルト町へと急いでいました」
さすがにキャラバンで長年大番頭を務めているだけはある。
非常に聞き取りやすい低音で、理路整然とことの顛末を話し始めた。
「ご存知の通り宿場の未整備区間が残っているこの辺りはどうしても以前のように野宿をしなければならない箇所がございます」
「宿場の整備が完了したオグマリー区を除くサイオウ領で野盗が跋扈する要因の一つでもあるな」
と、ルビンスが腕を組む。
「運悪くヒロガリー区とズラカリー区の区境に差し掛かったところで雨に降られて早めの野宿をすることになったのです」
「あの辺りは狭隘な地形で拡幅もままならず道幅が狭いため山賊が出ると噂されておりましたな」
「そこで山賊に襲われたのですよ」
「大丈夫だったのですか? いや、ご無事だからここにこうしておられるのか」
そうだよ、ルビンス。
「しかし、それとこれになんの関連性が?」
「この山賊に襲われた場所を起点に野盗被害が減っているのです」
カクさんが示す通り、あの日以降被害現場周辺ではパタリと野盗被害がなくなっている。
さらに周辺での野盗被害も目に見えて減っていることが判るのだ。
そして、冬を前にヒロガリー区での野盗被害が二件の大商隊襲撃を最後に今日まで発生していない。
ではズラカリー区はどうかといえば、こちらも発生件数が少なくなる冬が終わり春となった今年の発生件数が三件の大商隊襲撃にとどまっている。
「こうしてみると近々の襲撃事件は大商隊ばかりですね」
スケさんのいう通りだ。
「これは……お館様」
「ああ、とてつもない危機でありこれ以上ない好機だ」
あの男は領内のあぶれ者を糾合して大勢力を生み出したようだ。
一体どれだけの規模の強盗団になっているかしれないが、そんな荒くれどもが領内にのさばっていては安心して都市間を移動できないどころか下手をすると町が潰されかねない。
なにせ頭領は僕の村を襲撃して皆殺しにした盗賊の頭目なのだから。
しかし、逆に言えばこの集団を退治できれば領内の平安を脅かすものがいなくなると言ってもよくなり、治安維持にかかるコストが劇的に少なくなるということでもある。
「お館様」
と、コチョウが声をかけてくる。
「して、いかがなさいますか。お下知を」
「まずは賊のねぐらを突き止めこれを壊滅させる。おそらく野盗どもを集めて大規模な人数になっているに違いない。平地の多いヒロガリー区にいるとは考えられないがしらみつぶしに探ってくれ。人数や根城の規模など判れば動員する軍の規模も算定しやすい。できるか?」
「誰におっしゃているのやら」
とは、ずいぶんな自信だな。
「頭目は残忍かつ狡猾な男だ。気を引き締めてかかれ」
「お館様は頭目をご存知なのですか?」
とルビンスに訊ねられる。
「ああ、親の仇だ」
自分の声が低く冷え、感情のまったく乗らない音だったことにも醒めた感情しか湧かない。
「それは最奥の村の?」
と、あえて旧名でいうルビンスに小さく頷く。
「父の仇を討たせてもらった恩人であるお館様の敵討ちとなれば、是が非でも成功させねばなりませんな」
そんな風に思ってくれているのか。
ルビレルの息子は義理堅いな。