第36話 儀式ってのは本人の自覚より周りの認知のためにある
文字数 2,410文字
キャラバンが来た時に行われる宴は田舎の村では数少ない娯楽の一つだ。
みんなで飲んで食って夜遅くまで会話を楽しむ。
この時だけは子供達も結構遅い時間まで起きていていい。
もっとも、普段はすることがないから大人もわりと早く寝るんだけど。
そうそう、この村の子供(未成年)はあと数日で十五歳になるカーゲマンを含めて四人。
…………・
成人の儀式を済ませてない僕は数に入れるべきなのか?
まぁ、中世的因習はこの際無視しよう。
バンジーだのタトゥーだの肉体的苦痛を伴うことを無理やりやらせるのは良くないと思うんだ。
ああいうのは帰属意識の強要ってやつで、不良の根性焼きとかと変わらない。
できない人を認めない、仲間に入れないなんていじめじゃないか。
──そういう教育を前世で受けてきたからね。
まぁ、近代国家だったはずの前世日本でも学校や会社内ではわりとグループ内儀礼は行われていたわけで……。
…………。
やめよう、学生時代の嫌な思い出が蘇る。
とりあえず一気に改革ってのは不可能というか、いろいろな軋轢を生むから得策じゃないし、帰属意識ってのは持っていて悪いものじゃない。
場合によっては大事になるものだ。
そんなこんなを勘案すると、様々な集落から集まった人たちの集まりであるこの村では、それぞれに配慮するために新しい通過儀礼を考える必要があるんじゃないかと思う。
幸い僕は今村長だ。
僕が新し元服の儀式を考える権利を行使できる立場にある。
…………はず。
「何を難しい顔しているんだね?」
と、そんな僕に声をかけてきたのはおじいさん商隊長。
そういえば、名前知らないな。
「いえ。僕、十五歳の誕生日の前日に村が襲われたんですよね」
「そうだったのか?」
「ええ」
「ということは、元服してないってことか?」
「そういうことになりますね」
「それで難しい顔をしていたのか?」
「あー……まったく関係ないわけじゃないんですけど……。まぁ、考えていたのは元服のことです」
僕は、商隊長に今考えていたことを話す。
「若いのによく考えておる。確かに今後、その問題は避けて通れないだろう」
「喫緊の問題ですよ」
いつの間にか二人の話を聞いていたらしいジョーが話に入ってくる。
「うちのカーゲマンが三日後に誕生日を迎えて十五になります。彼はこの村に残る両親と別れてキャラバンに同行する予定になっているんですが、元服していない男を連れて行くわけにはいきませんからね」
「ジョーのところはどんな儀式だったんだね?」
「俺んとこは砂時計の砂が落ちるまでキャラバンの男たちと戦い続けるだけですがね」
と、懐から大きな砂時計を取り出した。
待て待て、そんなでかい砂時計で測るのかよ。
たっぷり一時間は戦わされることになるぞ。
おっと、この世界の一日は二十時間だ。
この世界の時間感覚に慣れちゃっていて、地球の二十四時間換算できないけど、前世の一時間より確実に長いと思う。
そんな長時間戦い続けるだ け って……。
「とにかく『元服の儀式はやめます』じゃ大人たちが納得しないと思うんですよね」
「だろうな。年長者ほど抵抗するだろう」
「かといってさっきも言った通り、どこかの儀式を踏襲……仮に元々のこの村の儀式を選んだとしてもわだかまりが残る気がする」
「どんな儀式だったんだ?」
「左上腕に森と太陽の意匠を彫るタトゥーです」
「今はいいが、代が進むと今いる村人たちやこれからくる者達に疎外感を与えかねんな」
「ですよね」
実際、流れ者はそのせいでなかなか集落に馴染めない。
大きな街ならそうでもないんだろうけどね。
この辺は日本の村社会もそんなだったと言われているけど、ここでは三代過ごしてようやく受け入れられるとその昔父ちゃんが教えてくれた。
「ま、穏便な儀式を考えてみます」
「穏便なやつねぇ……」
含みがあるなぁ、ジョー。
「それはそうとジョー」
「なんです? オヤジさん」
「うちのキャラバン、もらってくれんか?」
「なんです? 藪から棒に」
「ヤブ?」
ん? 通じてない?
「唐突ですよ」
「確かに唐突だがね。こうも世の中荒れていると、うちらのようなキャラバンはカモにしかならん。お前さんのとこくらい武闘派じゃなきゃ渡っていけんよ」
「いやいや、うちを武闘派だなんて……」
僕も、ジョーのキャラバンは武闘派揃いだと思う。
「頼まれてくれんか? そろそろ引退しようと思っていたのもあるんだが、跡取りがな……」
「任せてもいいと思う部下はいないんですか?」
「さっきも言ったが、うちの連中じゃ乱世は渡っていけんよ。その代わり商いの才覚は皆保証しよう」
「判りました。俺のところもこの村に何人か常駐させて人手が足りなくなるところでしたし、オヤジさんのツテも受け継げるなら悪くない」
「そう言ってくれるとありがたい。よろしく頼むよ」
二人はガッチリ握手を交わし、改めて酒を酌み交わす。
去年仕込んだダリプ酒だ。
甘くてアルコール度数の低い飲みやすい酒だ。
やっぱりキャラバンを率いるほどの商人は酒が判るのか、二人とも同じ見解だ。
でも、調子に乗って飲んでると熟成する前になくなるぞ。
「あ、そうすると明日の市はどうなるんです?」
「ん? オォ、そうだな」
おじいさん商隊長はジョーの顔を伺う。
ジョーは澄まして酒を飲む。
「老後の蓄えは十分あるつもりだが、ただてくれてやるというのも商人としては面白くない」
そういって膝をポンと一つ叩く。
「原価で売るとしようか」
原価……いや、前世知識もあるわけで、言ってることは理解できるんだけど貨幣経済とはとんと縁遠い田舎の集落でそんなこと言われましても……って話ですよ。
困って黙っていると、澄ましたままでジョーがいう。
「金のことなら俺が出す」
これは以心伝心ととっていいのか?
それともジョーがキャラバンを買い取るついでに僕に借りを作らせたのか?
──チッ!
やっぱ食えねー商人だ。
みんなで飲んで食って夜遅くまで会話を楽しむ。
この時だけは子供達も結構遅い時間まで起きていていい。
もっとも、普段はすることがないから大人もわりと早く寝るんだけど。
そうそう、この村の子供(未成年)はあと数日で十五歳になるカーゲマンを含めて四人。
…………・
成人の儀式を済ませてない僕は数に入れるべきなのか?
まぁ、中世的因習はこの際無視しよう。
バンジーだのタトゥーだの肉体的苦痛を伴うことを無理やりやらせるのは良くないと思うんだ。
ああいうのは帰属意識の強要ってやつで、不良の根性焼きとかと変わらない。
できない人を認めない、仲間に入れないなんていじめじゃないか。
──そういう教育を前世で受けてきたからね。
まぁ、近代国家だったはずの前世日本でも学校や会社内ではわりとグループ内儀礼は行われていたわけで……。
…………。
やめよう、学生時代の嫌な思い出が蘇る。
とりあえず一気に改革ってのは不可能というか、いろいろな軋轢を生むから得策じゃないし、帰属意識ってのは持っていて悪いものじゃない。
場合によっては大事になるものだ。
そんなこんなを勘案すると、様々な集落から集まった人たちの集まりであるこの村では、それぞれに配慮するために新しい通過儀礼を考える必要があるんじゃないかと思う。
幸い僕は今村長だ。
僕が新し元服の儀式を考える権利を行使できる立場にある。
…………はず。
「何を難しい顔しているんだね?」
と、そんな僕に声をかけてきたのはおじいさん商隊長。
そういえば、名前知らないな。
「いえ。僕、十五歳の誕生日の前日に村が襲われたんですよね」
「そうだったのか?」
「ええ」
「ということは、元服してないってことか?」
「そういうことになりますね」
「それで難しい顔をしていたのか?」
「あー……まったく関係ないわけじゃないんですけど……。まぁ、考えていたのは元服のことです」
僕は、商隊長に今考えていたことを話す。
「若いのによく考えておる。確かに今後、その問題は避けて通れないだろう」
「喫緊の問題ですよ」
いつの間にか二人の話を聞いていたらしいジョーが話に入ってくる。
「うちのカーゲマンが三日後に誕生日を迎えて十五になります。彼はこの村に残る両親と別れてキャラバンに同行する予定になっているんですが、元服していない男を連れて行くわけにはいきませんからね」
「ジョーのところはどんな儀式だったんだね?」
「俺んとこは砂時計の砂が落ちるまでキャラバンの男たちと戦い続けるだけですがね」
と、懐から大きな砂時計を取り出した。
待て待て、そんなでかい砂時計で測るのかよ。
たっぷり一時間は戦わされることになるぞ。
おっと、この世界の一日は二十時間だ。
この世界の時間感覚に慣れちゃっていて、地球の二十四時間換算できないけど、前世の一時間より確実に長いと思う。
そんな長時間戦い続ける
「とにかく『元服の儀式はやめます』じゃ大人たちが納得しないと思うんですよね」
「だろうな。年長者ほど抵抗するだろう」
「かといってさっきも言った通り、どこかの儀式を踏襲……仮に元々のこの村の儀式を選んだとしてもわだかまりが残る気がする」
「どんな儀式だったんだ?」
「左上腕に森と太陽の意匠を彫るタトゥーです」
「今はいいが、代が進むと今いる村人たちやこれからくる者達に疎外感を与えかねんな」
「ですよね」
実際、流れ者はそのせいでなかなか集落に馴染めない。
大きな街ならそうでもないんだろうけどね。
この辺は日本の村社会もそんなだったと言われているけど、ここでは三代過ごしてようやく受け入れられるとその昔父ちゃんが教えてくれた。
「ま、穏便な儀式を考えてみます」
「穏便なやつねぇ……」
含みがあるなぁ、ジョー。
「それはそうとジョー」
「なんです? オヤジさん」
「うちのキャラバン、もらってくれんか?」
「なんです? 藪から棒に」
「ヤブ?」
ん? 通じてない?
「唐突ですよ」
「確かに唐突だがね。こうも世の中荒れていると、うちらのようなキャラバンはカモにしかならん。お前さんのとこくらい武闘派じゃなきゃ渡っていけんよ」
「いやいや、うちを武闘派だなんて……」
僕も、ジョーのキャラバンは武闘派揃いだと思う。
「頼まれてくれんか? そろそろ引退しようと思っていたのもあるんだが、跡取りがな……」
「任せてもいいと思う部下はいないんですか?」
「さっきも言ったが、うちの連中じゃ乱世は渡っていけんよ。その代わり商いの才覚は皆保証しよう」
「判りました。俺のところもこの村に何人か常駐させて人手が足りなくなるところでしたし、オヤジさんのツテも受け継げるなら悪くない」
「そう言ってくれるとありがたい。よろしく頼むよ」
二人はガッチリ握手を交わし、改めて酒を酌み交わす。
去年仕込んだダリプ酒だ。
甘くてアルコール度数の低い飲みやすい酒だ。
やっぱりキャラバンを率いるほどの商人は酒が判るのか、二人とも同じ見解だ。
でも、調子に乗って飲んでると熟成する前になくなるぞ。
「あ、そうすると明日の市はどうなるんです?」
「ん? オォ、そうだな」
おじいさん商隊長はジョーの顔を伺う。
ジョーは澄まして酒を飲む。
「老後の蓄えは十分あるつもりだが、ただてくれてやるというのも商人としては面白くない」
そういって膝をポンと一つ叩く。
「原価で売るとしようか」
原価……いや、前世知識もあるわけで、言ってることは理解できるんだけど貨幣経済とはとんと縁遠い田舎の集落でそんなこと言われましても……って話ですよ。
困って黙っていると、澄ましたままでジョーがいう。
「金のことなら俺が出す」
これは以心伝心ととっていいのか?
それともジョーがキャラバンを買い取るついでに僕に借りを作らせたのか?
──チッ!
やっぱ食えねー商人だ。