第172話 この冬の成果

文字数 2,538文字

 春が近づき、日差しがあると暖かいなと感じるようになる頃、嬉しい知らせがいくつか舞い込んできた。
 まずは街道整備事業が雪解けを待たずに完成するだろうという報告。
 これによって都市間移動時間が大幅に短縮されることになる。
 すでにギランと、ジョーが乗合ホルス車の営業許可を願い出ていた。
 ギランなんか「ギラン乗合ホルス車」の名前で登録してきてる。
 完全に乗合ホルス車を本業にする気でいるようだ。
 ただ二社だけに許可を出すのは競争の観点から望ましくないのであと三社ほど募集することにした。
 切磋琢磨してよりよいサービスを安価に提供してもらうためだ。
 ところが、これに反対してきたのがギランじゃなくてジョーだった。

「あと三社も事業に参入させるだって?」

「なにか問題でも?」

「大ありだ」

 ジョーがいうにはそこまでの需要はないっていうんだ。

「そうか?」

「少なくともあと数年、特に旧村地域の貨幣利用が進むまでは増やしても後一社だ」

「人口は街に集中しているだろ?」

「お前、ちゃんと人口動態に目を通しているのか?」

 む。

「そもそも新規開拓を奨励して広範囲に農地を拓いているってことはそれだけ人が分散するってことだぞ」

 なるほど。
 僕もすっかり「街の人」になっていたってことか。

「判った。今年の新規参入は一社にしよう」

「む、今年の……か?」

「三年後と五年後に一社ずつ増やす」

「需要や経済状況を見て決めるという付帯条項をつけろ」

 それで手を打つというなら付けようじゃないか。
 ということで、正式な文章として残し、僕とジョーの他にイラードの署名を入れることで乗合ホルス車の新規参入の件は解決した。

 ジャスの率いる大工集団は雪解けを待ってオグマリー町とハンジー町をつなぐ街道の中間点に宿場を建設する予定になっている。
 この宿場が完成すれば全六宿の宿場が完成することになる。
 これで僕の領内で町から町への移動時に野宿をする事態はなくなるはずだ。

 嬉しい知らせの二つ目はため池の件。
 手榴弾(グレネード)の改良によって作られた魔道具は爆弾(ボム)と名付けられ、ため池作りにその効果を遺憾なく発揮した。
 ルダーからの報告をざっと要約するとため池用地の木を伐採したあと、切り株ごと爆弾をゴンゴン爆発させて地面に穴を開けてさらに盛土で堤を築いたようだ。
 僕には洪水吐(こうずいばき)だの(しゃ)()だの(そこ)()だの専門用語を言われても判らないんだけど、まぁよろしくやってくれたらしい。
 そんなため池をこの冬の間に二カ所造成したという報告がきた。
 これで当面の水不足はないだろうってことだ。
 今後は開墾の様子を見ながらため池を増やしていく計画だそうで、僕は全面的に任せるだけでいいみたい。
 ただ、一つ要望が来たのは「現場に魔法使いは増やせないのか?」ってやつ。
 爆弾は手榴弾を改良進化させた魔道具なのでやっぱり起爆には魔法使いが必要なんだそうで、大規模に発破をかけようとすればどうしてもそれなりの人数が必要になるってことだ。
 魔法使いも無尽蔵に魔法が使えるわけじゃないし、派遣された魔法使いが魔力切れを起こして倒れてしまい、工事がストップしたことで当初予定していた工期通りに進めることができず、計画を練り直したんだとか。
 魔法使い不足は今後も頭痛の種になりそうだ。
 一度、チカマックとリチャードに魔法使い発掘プロジェクトの進捗状況を聞いてみたんだけど「これといった進展はない」と、にべもなく追い返された。

 …………。

 これでも領主なんだけどなぁ。

 さて、魔法関連では爆弾以上の進展はなかったのだけど、科学技術方面では二、三の進歩がもたらされた。
 チカマックがホクホク顔で報告に来たのは微笑ましかったな。
 最初に持ってきたのは木版印刷技術。
 (ほり)()(すり)()による複製技術の確立で子供たちに教科書を安価に提供できるようになった。
 グッジョブだ、チカマック。
 和綴で製本して持ち運びも収納にも便利になったぞ。
 余談だけど世界史的には一四四五年ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を発明したことになっている。
 活字自体は中国は宋の時代に発明されたものというのが定説だし、印刷技術自体は少なくとも八世紀には日本にも伝来しているけどね。
 ちなみに印章自体はこの世界にも存在しているぞ。
 次に持ってきたのは足踏みの脱穀機と手回しの(とう)()
 本来ならルダーが担当するものなんだろうけど、ルダーはため池作りと開拓の現場監督として超忙しいので図面だけ渡してチカマックが木工職人たちと何度も何度も試行錯誤を繰り返していた。
 ルダーの図面が要領を得なかったみたいだ。
 絵心残念マンだったんだね。
 判らないところを何度も何度も飛行手紙で確認していて、リチャードに

「直接聞きに行ってくれませんか?」

 なんて言われてたっけ。
 飛行手紙作るのも簡単じゃないんだろうね。
 今までフレイラは唐棹(フレイル)で脱穀、(バスケット)で籾殻、茎などを選別していた。
 足踏み式脱穀機は大正時代に発明されたはずなので、元禄時代に発明された千歯扱きをすっ飛ばして近代化されたわけだ。

 ビバ科学技術!

 最後に見せてくれたのは蒸気で動く車輪だ。
 「おお、産業革命!」とか言いたくなるけどまだ早い。
 蒸気機関そのものは地球では紀元前にはすでに「ヘロンの蒸気機関」として存在している。
 この世界でも水車はすでに実用化されているので組み合わせ的にはそう難しいものじゃない。
 今回見せてくれた試作品も卓上蒸気タービンだった。
 蒸気機関の産業的実用化のためにはまだまだいくつかの技術的改良が必要だった。
 一番はパワー不足。
 今の所燃料は薪だ。
 できれば産業革命の主役である石炭を使いたいんだけど、領内に……というかこの国に石炭ってあるんだろうか?
 次に持続力のないこと。
 これは試作品が小さくですぐに水がなくなるせいもあるんだろうけど、見ただけでなんか無駄に蒸気を吐いているしまだまだ効率の悪い構造なんだろう。
 最後にというかこれが根本原因だと思うんだけど、機関の強度不足だ。
 鋳物師(いもじ)の爺さんじゃ複雑な構造の鋳物は作れないらしい。
 構造の理解が及ばないんだろうな、きっと。

「ところで、これが実用化したとしてどういう使い道があるんだ?」

 !?

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