第241話 腹の探り合いは第一人称ではなかなか表現しづらいものですね

文字数 1,733文字

「オギン」

「はい」

「チョーンとはどんな人物だ」

「知りません」

「なに?」

「おそらく偽名でしょう」

 およそズラカルト配下の人物は調べ尽くしているはずのオギンが知らないというのだから、そういうことなんだろうな。

「では、オギンから見てこれは傑物という人物は?」

「…………」

「その沈黙はどっちだ?」

「下級役人に一人、得体の知れない者がおります」

「ほぅ」

 オギンをして得体の知れない者と言わしめる人物が凡庸とは思えないな。

「名は?」

「トーハ・マウンタースと」

 そんなことを話していると、最初の使者が逃げ戻って八半時間とかからずに新しい使者がやってきた。

(あれ?)

(どうした、リリム?)

 と、訊ねたら

(え、いや……んーん……)

 と、考え込んでしまったので仕方なく応対に集中する。
 今度の使者二人はさっきの使者ほど緊張している様子はない。
 型通りの挨拶をそつなく交わす。
 その間にオギンがそっと僕に近づく。
 なにかあるのかな?

「して、返答やいかに」

「は。勝ち目のない戦はいたずらに領民を苦しめるだけ。開城はやむなしとのことですが……」

「無法は厳に戒め、兵は大半を場外に留め置く。他になにか求めているものはあるか?」

「入城は明日に願います」

「判った」

「では、失礼致します」

 短い会談は、それで終わった。
 引き上げて行く後ろ姿を見送りながら

「何者でしょうか?」

 と、オギンが呟く。
 そう言えばさっきリリムもなにかに引っかかっていたな。

「なにか気になることでも?」

 僕もリリムが呟いていなければウータと同じこと聞き返していたかも知れない。

「あたしと同じ匂いがするのです」

 つまり忍者ってことだな。
 同業者は判るとはよく言われることだ。
 特に隠していないのはもちろんのこと、うまく隠しているつもりでもどこかに特有の動きとか思考が漏れ伝わってくる。

「優秀そうか?」

「相当に」

 欲しいな。
 人材不足の配下にあって諜報部はそれが顕著だ。
 兵士や文官のように数で補えるものじゃない。
 もちろん兵士だって文官だって数を揃えたからと言って『はい、解決』ってわけじゃないけど、潜入捜査はバレるわけにいかないから尚のこと質が問われる。

「まぁ、いい。陣へ戻ろう」

 夜は念の為に見張りを立てて用心にあたり、明日の入城陣容を検討する。
 一夜明け炊事の煙が上がる中、トビーが天幕を訪れた。

「…………」

 普段、用向きはオギンが知らせにくる。
 僕は無言でトビーを見る。
 トビーの方も無言で近づいてくる。
 仕方ない。

「トビー」

 名を呼んでも近づくのをやめないあたり、もう当たりだな。
 さて、どう出る?
 僕が腹をかく仕草で上着の裾から手を入れると、ピタリと近づくのをやめた。

「なんの用だ?」

 重ねた問いかけにも無言を貫いてくるとか、いい度胸じゃないか。

「ずいぶん優秀じゃないか。いや、オギンやトビーがそんなヘマはしないな。招き入れられたか」

「…………」

「言い残すことはないか?」

「一対一で生き残れると思っているのか?」

 初めての返答がそれって……。

「思っているさ」

「なにを根拠に」

 そこで僕は懐に突っ込んでいた手を抜き出す。
 その手には魔道具単発銃(ピストル)を握っている。

「当主が魔法使いだなんて聞いてないぞ」

 心持ち声が上ずった。
 よしよし、主導権が握れたっぽい。
 実際には魔法は使えないんだけど、それを教えることにメリットはない。
 いや、単発銃のことも含めて不利益しかないから、そこはスルーだ。
 ついでに少し煽って、こちらの有利を確定的なものにしよう。

「探り出せないお前の無能さの問題だろう」

 言い放たれても言い返せないので奥歯を噛んでいるようだ。
 さて、あんまり煽ると今度は開き直られてしまってせっかくの優位な状況をひっくり返されないとも限らない。
 さっさと決着をつけよう。

「オギン、トビー」

 宙に向かって呼びかけると僕の背後からオギンが、偽トビーの後ろから本物が天幕を開いて入ってきた。

「よく気づきましたね」

 と、オギンが僕に言い、

「なかなかそっくりに化けているじゃねぇか」

 と、トビーが偽トビーに声をかける。

「お前ら、人間かよ。ったく、割の合わない仕事を引き受けちまったぜ」

「じゃあ、洗いざらい話してもらおうか。忍者くん」
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