第293話 敵討

文字数 2,615文字

 とはいえ、さすがに大将を単騎で敵に突撃させる軍はない。

(……と、思う)

 攻城軍も止めきれなくて仕方なくだろうけど大将の後を追うように全軍で突撃してくる。
 チローの作戦は図に当たったってことだ。
 距離を見計らって合図を出して城門を開けさせると、満を持して城内の全弓兵が天に向けて矢を撃ち上げる。
 いやぁ、壮観だ。
 ハリウッドの史劇映画のワンシーンのようだ。
 いや、こっちはリアルなんだけど。
 高々と撃ち上げられた矢は城壁を越えて頂点に達し、放物線を描いて敵の頭上に(あめ)(あられ)と降り注ぐ。
 勢いのついた軍が一斉射を確認したからといって簡単には止まらない。
 運動エネルギーには慣性の法則が働くからだ。
 そして無理を押して強引に停止をしようものなら後ろから迫ってくる味方に追突されることになる。
 それが先頭ならまだいい。
 次々に玉突き衝突をすると中央部分では前方にぶつかり、後方からぶつかられるため目も当てられない阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
 だからと言ってそのまま疾走しても待っているのは無数に降り注ぐ矢の雨だ。
 鎧兜に身を包んでいるとはいえ無傷というわけにはいかない。
 どちらにしても少なくない死傷者が出るのである。
 その間に開かれた城門から整然とルビンスの軍が前進し、鳥が翼を広げたように部隊を展開する。
 鶴翼の陣だ。
 この世界に鶴はいないけど。

「圧し包め」

 ルビンスの下知で軍が動き、混乱する敵軍を囲むように翼を閉じていく。
 その軍の動きを隠れ蓑に遊軍のバンバ隊が大きく左に迂回して背後に回っていく。
 城門から見ているとその意図は一目瞭然だけど、地上では遊撃隊の動きをどれほどの兵が認識できるものやら。
 それを眺めている間に援軍の全魔法部隊が城壁に粛々と登ってきて相手に見えないように照準器付きの改良小銃(ライフル)の準備をする。
 ピープサイト式の照準器をつけたことで命中精度が向上したので、今までの単なる筒形発射装置とは比べ物にならない長距離精密射撃ができるようになっている。
 ついでに言うとピープサイトを付けたのに合わせて銃把(グリップ)が付けられた。
 これによって小銃の保持が容易となったことも命中精度の向上につながっている。
 習熟訓練は何度もしているけれど、実戦使用はこれが初めてだ。
 だからまずはなるべく訓練通りに撃てるようにお膳立てしようと思っている。
 眼下には後方を開けたまま包囲陣で制圧するルビンスのそつのない指揮が展開していて城壁を見上げているものはほとんどいない。

「小銃隊、構え」

 命令一下、全員が立ち上がり小銃を構えて照準器を覗き込む。

「目標、敵陣中央やや後方。友軍を誤射するなよ」

 まだ周縁部での戦闘が行われている段階で混戦にはなっていない。
 このタイミングなら友軍(フレンドリー)誤射(ファイア)は避けられるだろう。

「撃て!」

 魔法による射出は火薬のような爆発音を伴わず、空気銃のようにシュポッ、シュポポンという音を残して飛んでいく。
 いくら魔法で射出される弾丸とはいえ気象状況やライフルの状態、射手の技量によって狙い通りに撃てるとは限らない。
 しかも、標的は遠くに存在してなお動いている。
 それでもそれだけの一斉射なら相当の損害を与えることが可能だ。
 突然誰が撃ったか判らない鉄の(スチール)弾丸(バレット)に襲われる恐怖がどれほどのものかは想像できないけど、その不意打ちが合戦の中で恐慌を引き起こすことは想像に難くない。
 いわんや目の前でバタバタと仲間が倒れる様を目撃することになる兵の恐怖は戦意喪失したって責められるものじゃないと思う。

 まぁ、将としては責めたくなるけどね。

 後方部隊が戦況の不利を知って逃げ出したのに合わせて合図の銅鑼を打ち鳴らす。
 この距離なら移動用(モバイル)電話(テレフォン)が使えるのだけれど、あえてドラを使ったのは相手に対する示威行為だ。
 「これは敵の作戦だった」と相手に判らせるものなのだ。

「チローの策はうまくいっているようですな」

 いつの間にいたのかオクサが僕の隣りにでそう言った。

「敵軍の後ろが一部離脱したことでカクヨクの翼が厚みを維持したまま敵軍を包囲していくのがここから見て取れます」

 オクサと一緒に城壁に上がってきたらしいラビティアも指を指して戦況を口にする。
 実際には鶴翼の胴体部分に当たる正面が、翼の厚みを維持するために少し薄くなっている。
 もっともそれもチローの戦術だ。
 いやいや戦の才能半端ないな。
 ちょっと恐ろしいくらいだ。

「ルビンスもずいぶん戦の要諦を心得たと見える」

 厚みを維持した翼はしかし、その先端を完全に閉ざさずに敵兵が逃げる口を残して左右から圧し潰すように圧力をかけている。
 兵がガスが抜けるように少しずつ離脱していくその先にはルビンス隊を目隠しにして後ろにまわっていたバンバ隊が待ち構えていた。
 逃げ出せたと思った兵たちを絶望が襲っているだろう。
 あるものは無茶苦茶に武器を振り回し最後の抵抗を見せている。
 またあるものは武器を手放し投降しているようだ。

「そろそろ決着ですかね」

 視線をルビンスのあたりに戻すと、ルビンスが最前線に身を投じていた。

「どうやらJr.を見つけたようですな」

 味方の兵がすり潰されていく中、彼の近衛兵、側近たちが奮迅して守っている様が見えた。
 その中には僕がオグマリー区を掌握した際にJr.に付き従って出ていったバリンギという見知った男もいる。
 オグマリー攻城戦の際、降伏勧告に応じたオルバックからの使者としてオクサに副使として随伴してきた男だ。
 ルビンスとその近習がその一団に突撃する。
 最初に血祭りにあげられたのはバリンギだった。
 おそらくルビレルの代からヨンブラム家に仕えていた者たちなのだろう。
 サッと取り囲んで四方から槍で突く突く突く。
 初めこそうまくかわしたり剣で受けていたバリンギも多勢に無勢、最後は全身を滅多刺しにされて絶命した。
 その後彼らはJr.の供回りを彼から引き離し、ルビンスが心置きなく親の仇を討てるようにと場を整える。
 ルビンスとJr.は二言三言と言葉を交わし、互いに剣と矛を交える。
 しかし、すぐにJr.が防戦一方の劣勢に立たされ、剣を弾き飛ばされたかと思うと槍の石突でホルスからも落とされた。
 ホルス上から見下したルビンスと地べたからそのルビンスを睨みながら見上げるJr.との間でさらに二度三度と言葉が交わされた後、おもむろに振り回された槍の一閃でJr.の首は文字通り斬り飛ばされた。
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