第141話 オグマリー市攻城戦 9

文字数 2,097文字

 やってきたのは三名だった。
 正使はオクサ・バニキッタのようだ。
 僕は、意識的に鷹揚(おうよう)に応対する。

「よく参られた。座られよ」

 会談場は街道のど真ん中。
 僕らが作戦会議などで使っている卓に(しょう)()を二脚、一つには僕が既に座っている。
 これを用意するのにガーブラを連れてきたことは、ナイショ。
 オクサは表情を崩さず、なにも言わずに床几に腰かける。
 さて、どう出る?
 僕は交渉を優位に進めるため微笑みをたたえただけでなにも話さない。

 …………。

 微笑みがひきつってないかな?
 沈黙が続く。
 これはあれだ、こちらから切り出せということなんだろう。
 あえて無視するけどな。
 オクサは慣れているのだろう、無表情を崩さず僕を見続けている。
 居心地悪いなあ……。
 この手の場に慣れていないガーブラがちょっとずついらだっているのが気配から伝わってくる。
 相手の二人の副使もイラついているのがこれは態度で判る。
 できるだけ涼しい顔で受け流すよ、そんなもの。
 我慢比べはどれくらい続いただろう?
 先に我慢ができなくなったのは、三人の中で一番年かさの騎士だった。
 こいつだろうと思ったよ、僕。

「いつまで黙っているつもりだ、とっとと休戦の協定を結ぶ話し合いを進めぬか」

 殺気立つガーブラを右手を上げて抑えると、これもあえて相手を煽るよなニュアンスをバリバリに乗っけて言い返す。

「誰かは知らんが勘違いをしているようだ。正使殿。なにゆえこのような者を随伴してきた」

「貴様!」

 激昂する副使を制してオクサが初めて声を発した。

「失礼しました。ご挨拶がまだでした。わたくし、こたびの全権を委任されておりますオクサ・バニキッタでございます」

「ジャン・ロイだ」

「若いとは聞いておりましたが、Jr(ジュニア).様より若いとは思っておりませんでした」

 などと言いながらも表情を崩すことがない。

(こやつ、出来る)

(僕のセリフを取るんじゃない!)

 つーか、大事な会談にちゃちゃ入れてくんなよな。

「先ほど全権を委任されてきたと言っていたが、この場ですべてが決まるということでよいな?」

「その通りでございます」

 と、心持ち頭は下げるが視線は外さない。
 参ったね、表情が読めないのにこちらの心は見透かされてるんじゃないかって気にさせられるよ。

「では、こちらの条件を提示しよう。全面降伏せよ。本日より、オグマリー区はこのジャン・ロイが支配者だ」

「なっ……貴様っ!」

……ではないのですね?」

(げん)()が欲しいか。よかろう、条件を言え」

「ありがたし」

「オクサ!」

 オクサは怒りの矛先を向けた副使に対して抑揚も変えずにきっぱりとこう言った。

「正使はわたしだ。わたしは全権を委任されている」

 もう一人、空気だな。
 連れてくる必要あった?

「失礼しました」

「かまわんよ」

「まずはオルバック家の安全保障」

「オグマリー区を出ていくのであれば」

「オグマリーはオルバック家代々の領地、僻地の農民風情が出て行けなどと……」

「バリンギ」

 と、ここまで終始無言を貫いてきたルビレルが口を開く。

「出自は関係ない。オルバック殿は我がお館様に負けたのだ」

「裏切り者がなにをいうか、まだ負けてはおらん! 事実、貴様らはロクな戦果を上げておらんではないか!!

 なにを見てきたんだかね。
 仕方ないなぁ……。

「バリンギというのだな。その方、開戦から十日以上経っているというのに、今日までなにを見てきた? この先そちらに勝ち筋があると思っているのか? 負けが見えていたので救いの手を差し伸べたのだ。敗者にできるのは慈悲を乞うことだけと知れ。正使殿は弁えているぞ」

 と、オクサを持ち上げておくことも忘れない。

「言うに事欠いてなんたる言い草」

「バリンギ」

 ()(たび)オクサに制せられたバリンギが血を流しそうなほどぎりぎりと歯噛みして、握った両拳をプルプルと振るわせる。

「ジャン殿のいう通りだ。我々にはもう継戦できる兵糧どころか、民を食わせるものがない。だからこそオルバック様は降伏を受け入れられたのだ」

 なるほど、現当主はなかなかできた人物だったようだな。
 戦上手とは言えないし、領地経営も並の手腕だけど。

「続きを聞こうか」

 と、先を促す。
 降伏を受け入れる条件として提示してきた項目はなかなかどうして多かったけれど、おおむね妥当でこちらにとって不利益になるものはほとんどなかった。
 拒否したものはオルバック以下騎士階級の全私財の保証だけ。
 オグマリー家の帳簿はこれまでの領地経営・オグマリー区全域の状況確認などに必要だし、土地や建物などの固定資産などは今後の領地経営計画の都合上、断固接収させてもらう方針だ。

「──最後に」

 と、オクサは初めて心配そうな上目遣いで切り出した。

「飢えている市民への速やかな施しを切に願う」

 条件というより懇願だな。

「もとより、市民に罪はない。これからの町づくりのためにも死んでもらっては困るし、僕は元々百姓だよ」

 と、満面で笑みを作ってみせる。
 それを見てようやくオクサの表情が緩んだ。
 ここにオグマリー市の攻略はなった。
 一月でオグマリー区制圧してやったぜ、こんちくしょうめ。
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