第44話 大きな背中に絵を描く

文字数 2,889文字

 その夜、寝室で待っていると夜更けにリリムが帰ってきた。

「待ってたよ」

「先に寝ててもよかったのに。朝になってからじゃダメだったの?」

「ダメだね。情報鮮度は重要だ」

「はいはい」

 リリムは灯りの魔法で部屋を明るくする。
 僕は、くず炭をすりつぶして粘土に混ぜ、棒状に固めた筆記具と建築廃材の木片を用意する。
 いわゆるチャコールペンと木簡だ。
 木片はなるべく書きやすいものを揃えている。
 皮紙は高級品でメモ書きなんかにはもったいないし、紙はこの国ではさらに高級品のようなので落ち着いたら紙漉きを試してみようと思ってるくらいだ。
 準備ができたので、ペンを回しながらリリムを見る。

「で、四人の様子はどうだった?」

「どうって普通よ」

「……それじゃリリムに頼んだ意味がないじゃないか。普通でいいから細かく教えてくれよ」

「うーん、まずね……」

 その報告によれば、四人はざわつく村の中を何事もなかったように散策していたという。
 厚顔無恥とはこういうことだろうな。
 会話内容は「特に見るべきところのないどこにでもある村だな」って、どこにでもある村じゃねーだろ。
 城壁を備えた村は少なくとも王国にはないってジョーが言ってたぞ。
 どこを見てんだこんちくしょう!

「例の男もそれに賛同してたのか?」

「っていうか、むしろそいつが積極的に『どってことない村』だってことにしようとしてたわよ」

 なるほど、それならそれでこっちにも別の反応があるぞ。

「あと『何日もいるような村じゃない』って」

 「見るべきものは見た」ってことか。
 ぼんくらトリオはどうでもいいや、もう一人が何を見て何を感じどう思ったかが問題だ。
 そして、その情報をどう利用するのかもね。

「じゃあ、明日には村を立つ可能性が高いね」

「三人はどうか知らないけど、あいつはすぐにでも出発したがってる風だったわ」

「なるほど。他に気づいたことは?」

「んーん……あ」

「なにか思い出したか?」

「うん。男たちを見ては指折り数えてブツブツ言ってた」

「ブツブツ?」

「なに言ってんのか聞き取れなかったんだけど、サビーとかイラードを見て舌打ちもしてたよ」

 舌打ち、ね……。

「ありがとう。そろそろ灯りの魔法も尽きる頃だし、今日はここまでにしよう」

 僕はメモ書きに使った木片をまとめて部屋の隅に片付けると、布団に潜り込む。
 明日は村内視察の予定だったけど、予定を変更しよう。
 などと思い悩む間も無く朝を迎えた。
 農村の朝は早い(ナレーション)。
 まだ日の明けきらぬうちに村人は起き出し(あさ)()の支度を始める(ナレーション)。
 そんなわけで、僕は昨日のメモ書きを読み返しながら(かま)()に木片をくべていく。

 「お館様」

 ビビる。
 音もなく背後にかしずいて声をかけてこられると、ドキっとするんですけど。

「なにかあったの?」

「はい。昨日から例の男が戻ってきておりません」

 僕の館はこの村で唯一の客間を備えた家で、四人の旅人もおとといからここに泊まっている。
 そのうちの一人が戻ってきていないということだ。

「村から?」

「出てはおりません」

「てことはザイーダが尾行を?」

「はい」

 それはそれは……。

「なにをしているんだ?」

「夜の村をただ行ったり来たりしているだけです」

 それは怪しいね。

 (くりや)三和土(たたき)になっているので地面に落書きできないし、持ってきた木片は全て(かまど)()べちゃったな。

「書かれるものないかな?」

「は?」

「いや、書くものはあるんだけど、書かれる方がなくて……」

 と、懐に入っていたペンをフリフリしてみせる。
 と、そこにガーブラがやってきた。

「おはようございます。村長」

 今日の村内視察の同行予定者だ。
 すると、オギンはちらりと彼を一瞥して眉ひとつ動かさずに

「ならば、ガーブラの背中にでも書けばよろしいかと……」

 とか、さらっとひどいことを言う。

「ん? え? 背中になんだって?」

 まぁ、そんな反応になるよね。
 まぁ、他に名案もないしその案に乗ろう。

「じゃあガーブラ、悪いけど上半身脱いでくれないか?」

「は? ……あの、村長?」

「今日は特別に湯を取らせる」

「お湯を!? いや、ありがたいことですが……」

 なんのかんのと言いつつも服を脱いでくれるあたり、ガーブラはお人好しだ。

 大きな背中に村の概略図を描くと、オギンにどんな風に移動していたのかを書いてもらう。
 図にするとオギンにも彼の行動が判ったようだ。
 そう、彼は正面門から倉庫や蔵の間を何通りものルートで行ったり来たりしていたのだ。
 こりゃもうなにをしているのか一目瞭然だ。

「これは……」

「うん、盗賊の下見だね」

「盗賊ですか!?

 ガーブラが戦闘モードになる。
 いやいやいや、落ち着いて?

「ガーブラ、殺気を収めて」

 オギンにたしなめられて深呼吸を繰り返すガーブラがなんかかわいい。
 三十過ぎのおっさんだけどね……。
 確かに僕でも感じられたほどの強い気配だったからな。
 あれが殺気というやつか……覚えとかなきゃ。

「話を伺ってもいいですか?」

 うーん……割と単細胞のお人好しキャラだからあんまり情報を提供すると顔に出たりして困るんだけどなぁ……。
 とはいえ、ここで事情を説明しないのも信頼関係上悪手だし簡単にかいつまんで話すことにする。

「そんなことになっていたんですか」

 いたんですよ。

「で、どうするんですか?」

「泳がせるよ?」

「泳ぐ?」

 あ、この比喩はこの世界では伝わらないのかな?

「いつ襲ってくるか判らない相手をビクビクしながら待つより、来ると判っていた方がいいと思わないかい?」

「そりゃあ、いつ来るか判ればそれに越したことはないんですけどね」

「判るものなんですか?」

「判るよ」

 僕の答えはよっぽど二人にとって驚きのものだったようだ。
 まるで天啓を授かった預言者を見る目だよ、それ。
 まだ種明かしをする気は無いけど、ある意味僕は未来人だからね。
 三国(さんごく)()(えん)()諸葛(しょかつ)(りょう)孔明(こうめい)もびっくりの予言ができるんだ。
 で、僕はこの能力を使って悪どくこの村をまとめようって寸法さ。
 僕は単に元々ここに住んでいた生き残りというだけで今は復興のために便宜上村長をやっているだけだからね。
 みんなに『村の代表者はジャンだ』と()()()()()わけじゃない。
 何も起きなければ近いうちに僕を村長と認めるグループと反僕派に別れると踏んでいる。
 なにせ僕はまだ成人したばかりの若造で、村人にはそれなりに経験を積んだ年配者もいるからだ。
 でも、仮の村長やってて判ったことは、他の誰がやっても村を守れないってことだ。
 言っちゃ悪いけど、みんなこの世界の農民なんだよねぇ。
 ただの農民に僕の運命は預けたくない。
 僕は神様から『生きろ』と命令されているんだから。
 自分の運命は自分で決める必要がある。
 とはいえ認めさせるってのは簡単じゃない。
 だからなにかが起こるのを期待するんじゃなくて積極的になにかを起こさせる。
 ポイントは|

んじゃなく|

だ。
 今回の件は渡りに船ってやつなんだなぁ。
 
「まず、あいつは必ずここに戻ってくる」

「本当ですか?」

「賭けてもいいよ?」
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