第285話 能力があっても経験を積まなければ辿り着けないところもある
文字数 2,493文字
「戦と言えば」
と、チローが話題を変える。
「我々と交易しているグリフ族がグフリ族と争っていた件」
五、六年前、グフリ族がテリトリー拡張を目論んでグリフ族のテリトリーに侵攻を始めた時、鉄剣の製造技術が未熟なグリフ族の族長から武器を融通して欲しいと頼まれて金棒を供給したことがあった。
「何年か前にグフリを滅ぼして決着がついていただろう?」
「その件です。戦が終わってそろそろ二年になるのですが、先方からテリトリーの戦後復興に目処がついたので貿易協定を改定したいと申し出がありました」
たしか戦後復興のために主に建築資材や農耕器具の提供、食糧支援をしていたはずだな。
もちろん、対価は律儀に払ってくれていた。
「具体的には?」
「フレイラの交換比率の見直しと輸出入品目の見直しです」
なるほど。
双方でいくつかの禁輸品を設定していたな。
こちらからは主に武器や魔道具、蒸気機関を使った機械の輸出だったが、向こうからは結構な品目を復興資源として輸出禁止品に指定していた。
グリフ族のテリトリーは貴重な資源の産地でもあり、彼らは優秀な鉱夫でもあるのでかなり損失でもあった。
ここ数年、内政に集中していたのはこの資源不足も影響がある。
ズラカルト領統一戦でそれまでの備蓄を消費した後、唯一の生産拠点であるイデュルマがごたついていたのもあって武具防具の生産が順調にいかなかったのも要因の一つだ。
苦肉の策として砂鉄を集めて直接製鉄法(いわゆる蹈鞴 製鉄)を試みようと思ったんだけど、前世記憶を探るととてもじゃないけど玉鋼を作れるだけの砂鉄を集めるのは容易じゃないので諦めた。
せめて磁鉄鉱でもあればと思ったもののそんな都合よく手に入るわけもなく、魔法で電磁石的なものはできないかと研究してもらったけれどコストが見合わずこちらも断念したと言う経緯がある。
鉱物資源の輸出解禁というのであればこちらにとっても願ったり叶ったりだ。
それはともかく
「チローは私に交渉のテーブルにつけ、と?」
「その通りでございます。グリフからも族長リュ・ホゥが乗り出してくるということです」
「判った。コンドーと日程を調整しておけ」
「ありがとうございます」
…………。
「チロー」
「はい?」
「交渉にはチローと私の他に誰をテーブルにつけるつもりでいる?」
「ワシとお館様だけのつもりでおりましたが……ダメでしょうか?」
「ダメだな。そなたは通商大臣だ。外務大臣のケイロと農林大臣のルダーも同席させろ」
「……通商以外の交渉もなさるのですね?」
「そういうことだ。二人の日程も合わせておくように」
「かしこまりました」
この後、いくつかの案件について検討してお開きにした。
大臣たちが帰ってコンドーだけが残る。
「お館様」
「どうした?」
「グリフ族との交易ですが、このまま続けるおつもりですか?」
「コンドーはグリフ族との交易に反対か?」
「いえ、領内に鉱山はございますが、前領主の時代から鉱物資源はグリフ族に依存しておりました。産出量だけの問題ではなく、彼らの鉱石を製錬する技術の高さによるものです」
「それで?」
「現在の、ルダー様やチカマック様によって確立した製錬技術は彼らのそれに勝るとも劣らないと存じます。イデュルマを完全に支配下に収めることに成功した今なら、グリフ族の鉱物資源に頼る必要はないのではないかと……」
「なるほど。ところでコンドーはイデュルマの鉱山で採掘できる鉱物を知っているか?」
「鉄鉱石は全体の一割で銅が八割を占めており、錫、鉛あと辰砂が取れるとか」
え?
辰砂も取れるの?
知らなかった。
あれ?
もしかして化粧品に使ってないよな?
クレタがいるのだし大丈夫だとは思うけど、後で確認しておこう。
それはともかく
「では、我が領内で使われている金属にはどんなものがある?」
「まずは武具防具や鍋釜に利用されている鉄。お館様は銅鍋で調理するのがお好きでしたな」
熱伝導率が高く均等に熱が伝わるから調理が早くてしかも冷めにくいからね。
お手入れ大変なんだけど。
「あとは青銅も使われますね。たしか青銅は銅と錫の合金だったかと」
さすがは第一回文官採用試験を最高成績で合格した男だ。
「あとは貨幣ですか。金貨 、銀貨 、銅貨 と三種の貨幣が流通しています」
金貨も銀貨も純度は六割ほどの合金だ。
以前は一金貨=四銀貨=六千銅貨の固定相場だったんだけど、戦乱が続いたことで相場が崩れて領地ごとに違うレートで取引されているとか。
通貨は信用が大事だからな。
国が安定していた頃は王家が鋳造を管理して品質を整えていたみたいだけど、今は潜王が何人もいてそれぞれに好き勝手に鋳造しているため品質の悪い銭貨を僕の領内でも見かけるようになっている。
前世でいう鐚銭 ってやつだ。
「びた一文払わない」の「びた」だな。
国内に放っている忍者からの報告によれば、最近じゃ各領主が勝手に私鋳銭を作っているっていうんだから銭貨ではなく金や銀で取引する金本位、銀本位の商人もいるらしい。
「領内の流通量はどうだ? 鉄鉱石を武器の製造に回せるだけ産出できているか?」
「あ、いえ……むしろ需要が増して足りなくなるかもしれません」
「そういうことだよ。アシックサル領には大きな鉱山があるという報告を受けているが、それを傘下に収めても、需要を満たせるとは思えない。それに、調達先は複数ある方がいい。今回のようにそこから調達できなくなると戦ができなくなる事態に陥るからな」
「そうですね」
「他にも、イデュルマの鉱山からは産出しない鉱物も取引している。科学の発展には必要不可欠な金属を彼らに探し出してもらいたいのだよ」
アルミとかコバルト、クロム、ニッケル。マンガン……欲しい素材は結構多い。
精錬できるかどうかはまた別の話だけど。
「もう一つ、これから南征する予定でいるのだから背後の北に潜在的な脅威は持ちたくない」
コンドーは「ああ!」という表情を見せる。
貴族に仕え、僕に見出されて僕の執事になったコンドーは確かに優秀な人材だけど、それは内政面でのことで外交についてはまだまだ経験不足ってことだな。
と、チローが話題を変える。
「我々と交易しているグリフ族がグフリ族と争っていた件」
五、六年前、グフリ族がテリトリー拡張を目論んでグリフ族のテリトリーに侵攻を始めた時、鉄剣の製造技術が未熟なグリフ族の族長から武器を融通して欲しいと頼まれて金棒を供給したことがあった。
「何年か前にグフリを滅ぼして決着がついていただろう?」
「その件です。戦が終わってそろそろ二年になるのですが、先方からテリトリーの戦後復興に目処がついたので貿易協定を改定したいと申し出がありました」
たしか戦後復興のために主に建築資材や農耕器具の提供、食糧支援をしていたはずだな。
もちろん、対価は律儀に払ってくれていた。
「具体的には?」
「フレイラの交換比率の見直しと輸出入品目の見直しです」
なるほど。
双方でいくつかの禁輸品を設定していたな。
こちらからは主に武器や魔道具、蒸気機関を使った機械の輸出だったが、向こうからは結構な品目を復興資源として輸出禁止品に指定していた。
グリフ族のテリトリーは貴重な資源の産地でもあり、彼らは優秀な鉱夫でもあるのでかなり損失でもあった。
ここ数年、内政に集中していたのはこの資源不足も影響がある。
ズラカルト領統一戦でそれまでの備蓄を消費した後、唯一の生産拠点であるイデュルマがごたついていたのもあって武具防具の生産が順調にいかなかったのも要因の一つだ。
苦肉の策として砂鉄を集めて直接製鉄法(いわゆる
せめて磁鉄鉱でもあればと思ったもののそんな都合よく手に入るわけもなく、魔法で電磁石的なものはできないかと研究してもらったけれどコストが見合わずこちらも断念したと言う経緯がある。
鉱物資源の輸出解禁というのであればこちらにとっても願ったり叶ったりだ。
それはともかく
「チローは私に交渉のテーブルにつけ、と?」
「その通りでございます。グリフからも族長リュ・ホゥが乗り出してくるということです」
「判った。コンドーと日程を調整しておけ」
「ありがとうございます」
…………。
「チロー」
「はい?」
「交渉にはチローと私の他に誰をテーブルにつけるつもりでいる?」
「ワシとお館様だけのつもりでおりましたが……ダメでしょうか?」
「ダメだな。そなたは通商大臣だ。外務大臣のケイロと農林大臣のルダーも同席させろ」
「……通商以外の交渉もなさるのですね?」
「そういうことだ。二人の日程も合わせておくように」
「かしこまりました」
この後、いくつかの案件について検討してお開きにした。
大臣たちが帰ってコンドーだけが残る。
「お館様」
「どうした?」
「グリフ族との交易ですが、このまま続けるおつもりですか?」
「コンドーはグリフ族との交易に反対か?」
「いえ、領内に鉱山はございますが、前領主の時代から鉱物資源はグリフ族に依存しておりました。産出量だけの問題ではなく、彼らの鉱石を製錬する技術の高さによるものです」
「それで?」
「現在の、ルダー様やチカマック様によって確立した製錬技術は彼らのそれに勝るとも劣らないと存じます。イデュルマを完全に支配下に収めることに成功した今なら、グリフ族の鉱物資源に頼る必要はないのではないかと……」
「なるほど。ところでコンドーはイデュルマの鉱山で採掘できる鉱物を知っているか?」
「鉄鉱石は全体の一割で銅が八割を占めており、錫、鉛あと辰砂が取れるとか」
え?
辰砂も取れるの?
知らなかった。
あれ?
もしかして化粧品に使ってないよな?
クレタがいるのだし大丈夫だとは思うけど、後で確認しておこう。
それはともかく
「では、我が領内で使われている金属にはどんなものがある?」
「まずは武具防具や鍋釜に利用されている鉄。お館様は銅鍋で調理するのがお好きでしたな」
熱伝導率が高く均等に熱が伝わるから調理が早くてしかも冷めにくいからね。
お手入れ大変なんだけど。
「あとは青銅も使われますね。たしか青銅は銅と錫の合金だったかと」
さすがは第一回文官採用試験を最高成績で合格した男だ。
「あとは貨幣ですか。
金貨も銀貨も純度は六割ほどの合金だ。
以前は一金貨=四銀貨=六千銅貨の固定相場だったんだけど、戦乱が続いたことで相場が崩れて領地ごとに違うレートで取引されているとか。
通貨は信用が大事だからな。
国が安定していた頃は王家が鋳造を管理して品質を整えていたみたいだけど、今は潜王が何人もいてそれぞれに好き勝手に鋳造しているため品質の悪い銭貨を僕の領内でも見かけるようになっている。
前世でいう
「びた一文払わない」の「びた」だな。
国内に放っている忍者からの報告によれば、最近じゃ各領主が勝手に私鋳銭を作っているっていうんだから銭貨ではなく金や銀で取引する金本位、銀本位の商人もいるらしい。
「領内の流通量はどうだ? 鉄鉱石を武器の製造に回せるだけ産出できているか?」
「あ、いえ……むしろ需要が増して足りなくなるかもしれません」
「そういうことだよ。アシックサル領には大きな鉱山があるという報告を受けているが、それを傘下に収めても、需要を満たせるとは思えない。それに、調達先は複数ある方がいい。今回のようにそこから調達できなくなると戦ができなくなる事態に陥るからな」
「そうですね」
「他にも、イデュルマの鉱山からは産出しない鉱物も取引している。科学の発展には必要不可欠な金属を彼らに探し出してもらいたいのだよ」
アルミとかコバルト、クロム、ニッケル。マンガン……欲しい素材は結構多い。
精錬できるかどうかはまた別の話だけど。
「もう一つ、これから南征する予定でいるのだから背後の北に潜在的な脅威は持ちたくない」
コンドーは「ああ!」という表情を見せる。
貴族に仕え、僕に見出されて僕の執事になったコンドーは確かに優秀な人材だけど、それは内政面でのことで外交についてはまだまだ経験不足ってことだな。