第233話 新しい魔道具が常に使えるものとは限らない

文字数 2,237文字

「あ」

「お館様、いかがなされましたか?」

 ほんの小さな呟きだったはずなのに、耳ざといのか思いのほか大きかったのか、イラードが耳にとめたようだ。

移動用(モバイル)電話(テレフォン)を忘れた」

 飛行(エア)手紙(メール)は確かに便利だけれど、文を書いて紙飛行機を折って飛ばしてという手間があり、受けた方も紙飛行機を開いて文面を読む手間がある。
 移動用電話は魔法使いしか使えないし通信範囲が限られているものの、リアルタイムでやり取りができる。
 戦場でこれ以上の伝達手段は前世でも存在しない。
 そんな大事な通信手段を部隊間の連携が必要なこの局面で忘れてしまうなんてこれ以上の失態はないんじゃないか?

「ご心配には及びません。春の遠征後、飛行手紙と移動用電話、ついでに糸電話(テレフォン)の欠点を補うために開発した魔道具電信(テレグラフ)を持っております。先鋒ガーブラ隊にも持たせておりますので通信は可能です」

 グッジョブ、イラード!
 ジョーの発案でラバナルとチャールズを中心に魔法使いたちで開発した新しい魔道具は、水に溶け込んだ魔力を魔法陣を刻んだ宝石で吸い出す魔道具蓄電池(バッテリー)搭載の通信装置で事前に登録した電信同士で連絡を取り合えるものだ。
 赤青二色のランプのような発光部と音の出るところがあり、その下にスイッチを持っている。
 スイッチを押すと相手のランプが光る、音が出る仕組みでモールス式電信のように事前に取り決めた符号通りに明滅させることで意思の疎通を図るものだ。
 電気の変わりに魔力を使うのに電信とは()如何(いか)にって思うわけだが、電話も蓄電池もまあ前世技術の借用語だからいっかって。
 それにしてもさすがは戦前世代のジョーだよな。
 知識はあっても僕には閃かなかった発想だ。
 飛行手紙より即時性が高く、移動用電話より長距離を繋ぐことができるし蓄電池で魔法感能力がなくても使用できる。
 もちろんこれまで開発してきた魔道具の技術あっての発明品なんだろうけど。

「しかし、移動中にも使用できるのか?」

「さすがにそれは難しいですね。まだ符号を暗記できているものがおりません」

 わずか数ヶ月で完成した魔道具だ。
 符号が出来上がったのもそう何ヶ月も前のことではないだろう。
 符号の暗記はなんとかなってるものもいるだろうけど、自在に操るほどの練度に達しているものはいないに違いない。
 SOSくらいは発信できるんだろうけどね。
 先行していた歩兵隊と合流した僕らは、速度を少し落として進軍する。
 ある程度距離を稼いだところで、イラードがホルスを止めて電信でガーブラ隊と連絡を取る。
 しかし、やりとりはとてももたついていて見ているこっちがヤキモキする。
 ついには飛行手紙を取り出してなにやら書き込み、ぽいっと投げ飛ばす。

「で? 結局どうなったんだ?」

「細かいやりとりはまだできそうにないので、音を鳴らしたら接敵、青い光は優勢、赤は劣勢。赤の点滅で撤退とだけ取り決めました」

 …………。

 そうね。
 それくらいシンプルじゃなきゃ戦闘中は使えない練度だよね、見ているかぎり。

「さて、少々時間をかけてしまいました。隊に追いつきましょう」

 そう言ってイラードは電信をホルスの鞍に括り付け、駆け出す。
 村を通過したのが昼過ぎ。
 前の村からここまでは旅人が朝出発して日暮れまでに到着する距離だ。
 それを考えれば行軍速度として相当な速度だった思う。

「騎兵隊、村から(ひる)()の食材を徴収して炊事。歩兵は食事ができるまで休憩」

 あちこちから「ありがてぇ」だの「さすがお館様」だのと聞こえてくるが、優しさじゃないぞ。
 接敵した時、戦力を計算できないと困るからだからね。

「勝敗が決する前に追いつきますかね?」

 イラードが訊ねてくる。

「大丈夫だろう。この辺りもオグマリー区同様あまり開けた場所がない。互いに百人二百人規模の兵を動かすとなれば、場所を選ぶ」

「ガーブラにそれができると?」

「ガーブラにできなくともチローにはできるだろう」

「なるほど、チローなら巧みに配置できるでしょうな」

 そうそう、あいつなら自軍に不利になるような配陣はしない。
 事前に忍者部隊から報告を受けていい場所で敵を待ち構えているだろうさ。

「オギン」

「はい」

「食事を摂ったら先行して配陣と陣地までの距離などを調べてきてくれ」

「御意」

 言うが早いか、目の前から消える。
 食ってからでいいって言ったのに……。
 食事休憩を含めて一時間半、僕らは再び行軍を開始する。
 ほどなくオギンが戻ってくる。

(早っ)

「この先一時間と四半時間ほどのところに陣構えを確認しました。さらに半時間ほど先にリゼルド軍が近づいています」

「と言うことは開戦からほどなくで我が軍は戦場に到着できると言うことだな?」

「開戦前には着くかと」

 それは早すぎるな。

「ザイーダ」

「お呼びですか?」

「歩兵の進軍速度を調整し、ここに……」

 と、オギンに拡げさせた地図を指差す。

「二時間後に戦場に到着するように指揮を取れ」

「御意」

「イラード」

「はっ」

「ホルスを降りても強いものを二十人ばかり選んで森を通って側面を突け」

「それも二時間後ですか?」

「そうだ。残りの騎兵は私が率いて森を抜け敵の裏へまわる」

 いつもの戦略だが、今回は奇襲部隊じゃなく退路を塞ぐための軍だ。

「ザイーダは兵を戦わせなくていい。援軍の数で威圧するんだ。イラード、奇襲は敵指揮官級を狙え。兵卒になど目もくれるな」

「かしこまりました。リゼルドの(くび)はこのワタシが見事討ち取って見せましょう」

 おうおう、言ってくれるじゃないよ。
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