第38話 時間の問題
文字数 2,506文字
ジョーがキャラバンを率いて村を旅立ったのはその三日後だった。
名前の上がっていたノーシン、ブロー、ヤッチシの他に三人、キャラバンで働くことになった。
態度を決めかねて村に残ったのが五人。
遺骨を持って国に帰ることにした親族三人と従僕が一人。
後の一人は途中まで一緒に旅をして大きな街に行くそうだ。
僕はオギンに最後の一人を尾行するように頼んだ。
理由はなんとなく……うそうそ。
明確な理由なく「大きな街に行く」ということにちょっとした感じの悪さを覚えたからだ。
「では、行ってまいります」
この頃は村人の多くが僕に敬語を使うようになっている。
タメ口なのはジャンと子供達くらいだ。
ジャンのヤロー……。
まぁ、軽口は言うけどそんなに気にしてない。
公式の場で敬語を使ってくれれば普段はどうでもいい。
ただ、普段使い慣れていないとかしこまった場でついボロが出ると言うのはよくあることなので、なんとも言い難い。
今、村では三つの建物が建設中だ。
一つ目はルンカー造りの蔵。
これは今までの経験の蓄積から順調に建設中だ。
二つ目は木造の高床式倉庫。
穀物を保管するために建設中だ。
この建築法はこの国には全く存在していないもののようで、ルダーを中心に建てているんだけど、結構難儀している。
もっぱらルダーがほぞ継ぎを強行しているからなんだけど、そこは口を出さないことにしている。
ジャンには悪いけど釘の質が悪いからあまり使いたくないと言うのも判るんだ。
大量に釘を生産させることで、他の鉄器生産が滞るのもいただけないし、色々な(主に前世)技術を伝承してもらうこともいいかなって思ってるから。
三つ目は僕、村長の屋敷。
こちらも日本建築ベースで作ろうと思っていて、ジャスとサビーたち三銃士に手伝ってもらっている。
ルダーと僕は前世持ちと言うことで、神様からちょっと才能的に優遇してもらっていてそこそこ手先が器用に生まれついているはずなんだけど、僕は全然優秀にしてもらっている感覚がない。
だって、手先の器用さならジャスの方が優れているし、力はガーブラにてんで勝てない。狩りもサビーやイラードの方が成功率が高い。
剣の腕前でもザイーダにさえ勝てない。
……いや、こっちの方は急速に実力が上がっているのを体感してはいるんだけどな。
そうそう、木造建築物を造るにあたってルダーが日本由来のいくつかの道具を発明した。
手斧 と鉋 と引き鋸 、それに鑿 だ。
この国では鉋も鋸も押して使うタイプだったのをルダーが自分に合わせて作らせたらしいんだけど、前世で 取った杵柄というのだろうけど玄人 はだして使いこなしているのでみんながあやかってブームになった。
教える人がそのスタイルなんだからそっちの方が上達が早いのもあって一気に事実上の 標準 になったというわけだ。
鑿はもちろんほぞ継ぎの必需品だ。
建築もそろそろ終盤というのもあるけど、畑仕事が繁忙期に入っていて、人手の大半をそちらに取られている。
畑仕事もルダーが指導的役割なので高床式倉庫と僕の屋敷は作業が遅れ気味だ。
まだ小屋に寝泊まりしているので僕の方はそんなに急ぐ必要はないし、倉庫も収穫物がないのでこちらも急ぐ必要はない。
どちらも秋までに完成してればいいと思ってる。
てな具合でのんびり(実際には畑仕事で忙しかったわけなんだけど)日々を過ごしていると、オギンが帰ってきた。
「ご苦労だったね」
「いえ」
僕の小屋でイラードを交えた三人の報告会が開かれた。
イラードを呼んだのは彼が村人の中で一番政治的才能があるからだ。
「疲れているところ申し訳ないけど、早速報告してくれるかい?」
「はい、村長のご懸念通り、男はズラカルト男爵領で第二の都市、商都ゼニナルで小商いを始めたのですが、この村のことを吹聴しておりました」
懸念ってほどの考えがあったわけじゃないんだけど……そうか、吹聴…………。
「いずれこの村が復興したことが知られるのは織り込み済みでしたけどね。想定より早くなりましたね」
ホントだよ。
……まったく。
「で、いかがなさいますか?」
僕は腕を組んで考える。
さしあたって出てきた懸念は大きく三つ。
人の流入と野盗の襲撃、そして男爵の介入だ。
前二つはいつあってもいいくらいで想定してた問題だからいいんだけど、男爵の件はなぁ……まだ突っぱねられないよなぁ、今の規模じゃ。
「すぐすぐはどうこうなる問題じゃないと思う。拙速に対策を考えてもいい案は生まれないから、じっくり考えよう」
「じっくりというのは?」
これはどれくらいの期間考えるのかって質問だろうな。
「春の種まきが終わる頃まで。男爵の耳に届くまでにはそれくらいの時間があるだろうし、野盗は秋にならなきゃ襲ってこない。この村は田舎の農村だからね」
「キャラバンの荷があることが知られればその限りじゃないのでは?」
「それにしたっていきなりは襲ってこないよ。街道の山賊と違ってね」
「どう違うのでしょうか?」
イラードもオギンも不思議そうな顔をしている。
ああ、二人ともキャラバン育ちなのかな?
「獲物が通るのを待ち構えて襲うのと違って、村を襲うにはそれなりに準備がいるからだよ」
「ワタシにも具体的に教えてくれませんか?」
「例えばキャラバン。武装した護衛がいたとしても荷車は晒されているだろ?」
「ですね」
「単なる旅人なら人数から武装、荷物のありかまで丸裸。ところが村を襲う場合は、村の規模を事前に調べないとなかなか襲うのも難しい」
「なるほど。村の大きさ、住人の人数など知っておく必要のある情報を事前に集める……つまり準備期間が必要ということですね?」
さすがイラード理解の早いこと。
「特にこの村は今外敵の侵入を防ぐために高い塀をめぐらしているから、遠目にじゃ様子が判らないでしょ?」
「キャラバンの拠点にはどこも用心棒がいますからね、彼我の戦力を図るのは野盗の方でも死活問題ということですね」
「そ。野盗対策はそもそもしてたしね」
その件は冬の間イラードともなんども話し合っている。
「となればやはり、領主対策ですね」
そこがいちばんの問題だよね。
名前の上がっていたノーシン、ブロー、ヤッチシの他に三人、キャラバンで働くことになった。
態度を決めかねて村に残ったのが五人。
遺骨を持って国に帰ることにした親族三人と従僕が一人。
後の一人は途中まで一緒に旅をして大きな街に行くそうだ。
僕はオギンに最後の一人を尾行するように頼んだ。
理由はなんとなく……うそうそ。
明確な理由なく「大きな街に行く」ということにちょっとした感じの悪さを覚えたからだ。
「では、行ってまいります」
この頃は村人の多くが僕に敬語を使うようになっている。
タメ口なのはジャンと子供達くらいだ。
ジャンのヤロー……。
まぁ、軽口は言うけどそんなに気にしてない。
公式の場で敬語を使ってくれれば普段はどうでもいい。
ただ、普段使い慣れていないとかしこまった場でついボロが出ると言うのはよくあることなので、なんとも言い難い。
今、村では三つの建物が建設中だ。
一つ目はルンカー造りの蔵。
これは今までの経験の蓄積から順調に建設中だ。
二つ目は木造の高床式倉庫。
穀物を保管するために建設中だ。
この建築法はこの国には全く存在していないもののようで、ルダーを中心に建てているんだけど、結構難儀している。
もっぱらルダーがほぞ継ぎを強行しているからなんだけど、そこは口を出さないことにしている。
ジャンには悪いけど釘の質が悪いからあまり使いたくないと言うのも判るんだ。
大量に釘を生産させることで、他の鉄器生産が滞るのもいただけないし、色々な(主に前世)技術を伝承してもらうこともいいかなって思ってるから。
三つ目は僕、村長の屋敷。
こちらも日本建築ベースで作ろうと思っていて、ジャスとサビーたち三銃士に手伝ってもらっている。
ルダーと僕は前世持ちと言うことで、神様からちょっと才能的に優遇してもらっていてそこそこ手先が器用に生まれついているはずなんだけど、僕は全然優秀にしてもらっている感覚がない。
だって、手先の器用さならジャスの方が優れているし、力はガーブラにてんで勝てない。狩りもサビーやイラードの方が成功率が高い。
剣の腕前でもザイーダにさえ勝てない。
……いや、こっちの方は急速に実力が上がっているのを体感してはいるんだけどな。
そうそう、木造建築物を造るにあたってルダーが日本由来のいくつかの道具を発明した。
この国では鉋も鋸も押して使うタイプだったのをルダーが自分に合わせて作らせたらしいんだけど、
教える人がそのスタイルなんだからそっちの方が上達が早いのもあって一気に
鑿はもちろんほぞ継ぎの必需品だ。
建築もそろそろ終盤というのもあるけど、畑仕事が繁忙期に入っていて、人手の大半をそちらに取られている。
畑仕事もルダーが指導的役割なので高床式倉庫と僕の屋敷は作業が遅れ気味だ。
まだ小屋に寝泊まりしているので僕の方はそんなに急ぐ必要はないし、倉庫も収穫物がないのでこちらも急ぐ必要はない。
どちらも秋までに完成してればいいと思ってる。
てな具合でのんびり(実際には畑仕事で忙しかったわけなんだけど)日々を過ごしていると、オギンが帰ってきた。
「ご苦労だったね」
「いえ」
僕の小屋でイラードを交えた三人の報告会が開かれた。
イラードを呼んだのは彼が村人の中で一番政治的才能があるからだ。
「疲れているところ申し訳ないけど、早速報告してくれるかい?」
「はい、村長のご懸念通り、男はズラカルト男爵領で第二の都市、商都ゼニナルで小商いを始めたのですが、この村のことを吹聴しておりました」
懸念ってほどの考えがあったわけじゃないんだけど……そうか、吹聴…………。
「いずれこの村が復興したことが知られるのは織り込み済みでしたけどね。想定より早くなりましたね」
ホントだよ。
……まったく。
「で、いかがなさいますか?」
僕は腕を組んで考える。
さしあたって出てきた懸念は大きく三つ。
人の流入と野盗の襲撃、そして男爵の介入だ。
前二つはいつあってもいいくらいで想定してた問題だからいいんだけど、男爵の件はなぁ……まだ突っぱねられないよなぁ、今の規模じゃ。
「すぐすぐはどうこうなる問題じゃないと思う。拙速に対策を考えてもいい案は生まれないから、じっくり考えよう」
「じっくりというのは?」
これはどれくらいの期間考えるのかって質問だろうな。
「春の種まきが終わる頃まで。男爵の耳に届くまでにはそれくらいの時間があるだろうし、野盗は秋にならなきゃ襲ってこない。この村は田舎の農村だからね」
「キャラバンの荷があることが知られればその限りじゃないのでは?」
「それにしたっていきなりは襲ってこないよ。街道の山賊と違ってね」
「どう違うのでしょうか?」
イラードもオギンも不思議そうな顔をしている。
ああ、二人ともキャラバン育ちなのかな?
「獲物が通るのを待ち構えて襲うのと違って、村を襲うにはそれなりに準備がいるからだよ」
「ワタシにも具体的に教えてくれませんか?」
「例えばキャラバン。武装した護衛がいたとしても荷車は晒されているだろ?」
「ですね」
「単なる旅人なら人数から武装、荷物のありかまで丸裸。ところが村を襲う場合は、村の規模を事前に調べないとなかなか襲うのも難しい」
「なるほど。村の大きさ、住人の人数など知っておく必要のある情報を事前に集める……つまり準備期間が必要ということですね?」
さすがイラード理解の早いこと。
「特にこの村は今外敵の侵入を防ぐために高い塀をめぐらしているから、遠目にじゃ様子が判らないでしょ?」
「キャラバンの拠点にはどこも用心棒がいますからね、彼我の戦力を図るのは野盗の方でも死活問題ということですね」
「そ。野盗対策はそもそもしてたしね」
その件は冬の間イラードともなんども話し合っている。
「となればやはり、領主対策ですね」
そこがいちばんの問題だよね。