第234話 死生観

文字数 2,550文字

 軍を三隊に分け、僕は騎兵を率いて森に分入る。

「戦術的には判りますが、お館様の周りに信頼のできる武将がおられないのはよろしいのでしょうか?」

 馬を寄せてオギンが耳打ちしてくる。
 森の木々を縫うように進む中で器用なことです。

「オギンとトビーがいれば大丈夫だろう」

 武将級の人物は先鋒のガーブラ、チローをはじめ別働隊を任せているイラード、ザイーダなどなにかしらの命令を与えて出払っている。
 他に僕が率いてきた軍の武将はチカマック、ウータそれにチャールズといるけれど、陣畳みの指揮を任せたチカマック、その補佐に一人は必要だろうとウータを置いてきた。
 車椅子のチャールズはそもそも今回の行軍に連れてくるのは無理と判断して残してきている。
 確かに軍の編成上、組長や隊長級はいても僕の他に武将級の人物はいない。
 まぁ、騎兵なんだから今率いているのは全員騎士なんだけどね。

「あたしらに戦の指揮なんてできませんよ」

 それは期待していない。僕の近衛としての戦闘力には期待しているけどね。

「それよりオギン。いや、トビーの方がいいか。先行して敵の斥候がいないか探ってきてくれ」

「かしこまりました」

 トビーはホルスを降りて手綱をオギンに渡すと、軽やかに森の中に消えていった。
 トビーを斥候に出したのは、まだぎこちなくて二人きりになるのが嫌だったからだ。

(ジャンって案外人見知りよね。別に隠密行動中なんだから積極的に会話する必要ないじゃない?)

(だからこそなおのこと気まずかろうよ)

(そんなもんかしら?)

 相手の人となりが判らない時の無言はすごく空気が重くなるんだぞ。
 だいたいそういう時は気を遣ってなにか会話の糸口を見つけようと努力するもんだ。
 それができないなんて、それはもう一種の拷問なんだから。
 これがまったくの他人で、たまたま道行で同道した(前世で言うと通勤電車で居合わせた)とかなら無視も決め込めるんだけどな。
 一時間ほど進んだあたりでトビーが戻ってくる。

「報告します。森の中に敵の斥候はおりませんでした。街道では敵斥候が我が軍先鋒の布陣を確認、注進に及んだ模様」

「では、我が軍が敵軍より見かけ上少ないことは」

「報告はされているでしょうが、敵将リゼルドが額面通りに受け止めますかどうか」

 そこを推し量ることはできないよな。
 こういう時は希望的判断はしちゃダメだ。

「ご苦労」

 さらに森を進むこと半時間余り。
 不意に街道の方から喚声が上がる。
 戦闘が始まったようだ。
 音がやや後方から聞こえてくるのを確認した僕は、

「全軍、少し速度を上げるぞ」

 と、命令する。
 不慣れな森の中だ。
 敵に()()られないよう手綱捌きも慎重に歩を進めていたのだけれど、これから先は多少大胆に移動しても大丈夫じゃないかという判断からの命令だ。
 ま、大胆と言っても常歩(なみあし)ではあるけど。

「トビー」

「は」

「リゼルド軍の背後に出るに適した場所を」

「心得ました」

 そう答えると、今度はホルスを降りずに拍車を掛ける。
 その後ろ姿を見送りながら

「トビーって、帝国の騎士かなにかの出なのか?」

 と、オギンに問えば

「さて、詮索はしておりませんので。ただ、帝国の間者でないことだけは保証いたします」

 ま、それだけ保証できればとりあえず十分か。
 四半時間ほど進むと、戻ってくるトビーに出くわす。
 そのトビーに先導させて四半時間たらず、「こちらから」と木が密になっているところを進んで街道に出る。
 道は戦場から来ると緩い右カーブ。
 左手は岩が迫り上がった地形だ。
 なるほど少数で退路を塞ぐのに都合のいい地形だ。
 すぐさま三十騎を林に伏せさせて、残りの二十騎で街道を塞ぐ。
 待つこと八半時間あまり。
 ドドドというホルスのかけてくる音が聞こえてくる。
 思ったよりずっと早いけど、あまり長い間待つよりはずっといいや。
 響きから推測するにそれほど多くはない。
 こちらから見て緩い左カーブから現れた騎兵は待ち伏せに驚き速度を緩める。
 その数ざっと十八騎。
 カーブの先は判らないので後続は確認できないけれど、あの速度では歩兵はしばらく追いつくまい。

「リゼルド殿とお見受け致す。勝敗は決した。おとなしく軍門に降れは命までは取らぬ」

「うるさい! 平民風情が勝ち誇るなっ!」

 言うが早いかホルスの腹を蹴って駆けてくる。
 僕の前に出ようとするトビーを制し、僕もホルスに拍車を掛ける。
 それほど長い助走距離はないから速度の乗った突きは繰り出せないだろうけど、剣を振り回すリゼルドに対して小脇に抱える僕の槍は直径一スンブ半、長さ三シャルの槍だ。
 そもそも勝ち目のないことはリゼルドだって知っていたはずだ。
 あるいは僕を倒せたとしても自分が生きてここを切り抜けられるものとは思っていなかっただろう。
 ジャリが鍛えた鋼の穂先はリゼルドの鳩尾(みぞおち)の少し上を鎧ごと貫いて一シャッケンばかり背中から突き出る。
 やるな、ジャリ。
 主人のいなくなったホルスはすれ違うとゆっくりと速度を落として立ち止まる。
 僕は重いのをこらえてしばらくの間槍で貫いたリゼルドを空中で支えて見せた後、ドサリと地面に落としてから敵騎兵に向かって大音声で降伏を勧告する。

「リゼルドの他に無駄に命を捨てる気のある者はいるか? おらぬのならばホルスを降りて武器を置き、両手を挙げよ!」

 ほんのわずかの間、騎兵たちは互いに顔を見合わせた後で緩慢にホルスを降りると投げ捨てるように剣を手放し、手を挙げた。
 それを確認した隊長格の騎士たちが部下を伴って捕虜に近づいていく。
 僕は仰向けに骸を晒しているリゼルドを見下ろす。

 …………。

 なにも死ぬことはなかったんだ。
 そんなに僕に降るのが嫌だったのか?
 自分が死ねば部下は助かるとか、武人の矜持とか、くだらないことでも考えていたのか?
 僕の使命は生きることだ。
 そのためには相手の命も奪ってみせる。
 他者の命が天秤に乗っているならともかく、命が保障されているのに生きることを放棄するなんて、なんて傲慢なんだ。

 …………。

「他の隊にリゼルドを討ち取ったと伝令。我が隊はこのまま町を制圧する。リゼルドの遺体は捕虜に運ばせろ」

 奥歯を一度噛み締めた後、震える唇からそれだけ吐き出すと町へ向かって軍を進める。
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