第100話 心配事はそれぞれに
文字数 1,898文字
「そうですよねぇ、秋の戦以降戻っておられませんでしたものねぇ……」
いくらか落ち着いた村長がようやくショックから立ち直り、冷静な判断ができるようになったのは半時間ほど経ってからだった。
長かったな。
「いや、取り乱しました。改めまして、この村の長をしているベハッチと申します」
「うちの亭主、村長やってるってのに、『うっかりべハッチ』なんて呼ばれてるんですよ? まったくねぇ」
……団子が好きそうだね。
「そ、それで、一体どう言うご用でこの村に来られたのでしょう?」
ちょっとおどおどしてるのは叛乱の親玉だからかなぁ?
こんなににこやかに微笑んでいるって言うのに。
ま・それはいいや。
さて、どう交渉しようか?
僕は、視線をルビンスに向ける。
今回の交渉は基本的にルビンスに任せると事前に取り決めていた。
交渉事ってのは、スキルと信頼のバランスだからね。
その点ルビンスは騎士として面識があって信頼もあるようだからな、うまくいくはずだ。
ルビンスは二度の戦の顛末を誇張なく語り、巧みに領内の情報を聞き出しながら情勢をすり合わせていく。
うまいなぁ……。
これくらい出来たら前世での交渉もサクサク進んだろうなぁ。
でも、これってば立場の上下関係がはっきりしているから出来ることとも言えるよなぁ。
クライアントの思いつきでなんべん決まりかけたものをひっくり返されたことか……。
そんなことをぼんやりと考えていたら、やがてクロージングに入っていた。
「──ということで、我々の傘下に入ってもらえないかと考えてこの村を訪ねさせてもらった。どうだろう?」
村長はそれを聞いて腕を組んで目をつむり、それきり動かなくなった。
ルビンスがジリジリと前傾姿勢になる。
ここで返答を迫りそうだ。
「べハッチさん」
僕は意識的に声のトーンを高め、心持ちゆっくりとしたスピードで声をかける。
「こんな決断、この場でできることではないことは十分承知しております。ただ、情勢は日々刻々と変化していくもの。我々としてもいつまでも待っているという訳にもいかないので二日、二日だけ待ちます。その間にご質問などありましたら遠慮なくおっしゃってください。できる限りお答えします。では、この話はとりあえずここまでということで」
と、一方的にお開きにする。
この世界(国かも)の習慣として、旅人は村で饗応して村長の家に泊めてもらうというのがある。
僕らもそうしてもらった訳だけど部屋に案内してもらった後、村長はそそくさと家を出ていった。
「村の集会が開かれるようですね」
オギンが言う。
集会の様子、気になるなぁ。
(見てこようか?)
リリムだ。
(気にはなるけど、それはいいや)
「お館様」
ルビンスが真剣な顔つきで僕を見る。
「なにか心配事でも?」
「それはたくさんあるのですが……」
そんなにあるの?
「仮に、この村が仲間になるのを拒絶した場合、どうなさるおつもりですか?」
「どう意味で言っている?」
「この旅の計画ではこの村ともう一つ、二つの村を勢力下に収めると言うのが目論見です」
「そうだったね」
「この村が拒否した場合、出口を塞がれる形になってしまいもう一つの村どころではなくなります」
「そだね」
「そうだねではありません。どうなさるおつもりですか?」
そう繋がるのね。
「そうだねぇ……武力制圧?」
「そ、それではズラカルト男爵と変わらないではありませんか」
あれ? 案外青い?
「もちろん、説得など武力行使をしない努力はするけど、最後は武力がモノを言うでしょ」
「…………」
「そうならないように、しっかり交渉しないとね」
「……そうですね」
「あー、ところで寝る訳だけど……やっぱり三人一部屋なのか?」
「そうですね」
うむ、オギンの声が硬い。
「念の為、交代で見張りましょう」
「お、おぅ……」
「オギン、なぜ見張りをしなければいけない?」
「ルビンス様の心配事には提案に対する村の拒絶はあっても、寝込みを襲われることはないんですか?」
ね、寝込みを襲う……。
「な、なるほど、言われてみれば可能性はあるな」
「本来ならば三交代がいいんですけどね、お館様にさせる訳にはいきません」
「え? いいよ。僕もやるよ」
「…………」
なに? その嫌そうな顔。
「確かにお館様にさせることではないな。お館様、ここはワタシたち二人でつとめさせていただきます」
「そ、そう?」
なんかモヤモヤするけど仕方ないよな。
「では、お館様。おやすみなさいまし」
え? なにその「とっとと寝ちまいやがれ」的なご挨拶は。
(ジャン?)
(なんだよ)
(今日も眠りの魔法、かけたげよっか?)
…………。
(……お願いします)
いくらか落ち着いた村長がようやくショックから立ち直り、冷静な判断ができるようになったのは半時間ほど経ってからだった。
長かったな。
「いや、取り乱しました。改めまして、この村の長をしているベハッチと申します」
「うちの亭主、村長やってるってのに、『うっかりべハッチ』なんて呼ばれてるんですよ? まったくねぇ」
……団子が好きそうだね。
「そ、それで、一体どう言うご用でこの村に来られたのでしょう?」
ちょっとおどおどしてるのは叛乱の親玉だからかなぁ?
こんなににこやかに微笑んでいるって言うのに。
ま・それはいいや。
さて、どう交渉しようか?
僕は、視線をルビンスに向ける。
今回の交渉は基本的にルビンスに任せると事前に取り決めていた。
交渉事ってのは、スキルと信頼のバランスだからね。
その点ルビンスは騎士として面識があって信頼もあるようだからな、うまくいくはずだ。
ルビンスは二度の戦の顛末を誇張なく語り、巧みに領内の情報を聞き出しながら情勢をすり合わせていく。
うまいなぁ……。
これくらい出来たら前世での交渉もサクサク進んだろうなぁ。
でも、これってば立場の上下関係がはっきりしているから出来ることとも言えるよなぁ。
クライアントの思いつきでなんべん決まりかけたものをひっくり返されたことか……。
そんなことをぼんやりと考えていたら、やがてクロージングに入っていた。
「──ということで、我々の傘下に入ってもらえないかと考えてこの村を訪ねさせてもらった。どうだろう?」
村長はそれを聞いて腕を組んで目をつむり、それきり動かなくなった。
ルビンスがジリジリと前傾姿勢になる。
ここで返答を迫りそうだ。
「べハッチさん」
僕は意識的に声のトーンを高め、心持ちゆっくりとしたスピードで声をかける。
「こんな決断、この場でできることではないことは十分承知しております。ただ、情勢は日々刻々と変化していくもの。我々としてもいつまでも待っているという訳にもいかないので二日、二日だけ待ちます。その間にご質問などありましたら遠慮なくおっしゃってください。できる限りお答えします。では、この話はとりあえずここまでということで」
と、一方的にお開きにする。
この世界(国かも)の習慣として、旅人は村で饗応して村長の家に泊めてもらうというのがある。
僕らもそうしてもらった訳だけど部屋に案内してもらった後、村長はそそくさと家を出ていった。
「村の集会が開かれるようですね」
オギンが言う。
集会の様子、気になるなぁ。
(見てこようか?)
リリムだ。
(気にはなるけど、それはいいや)
「お館様」
ルビンスが真剣な顔つきで僕を見る。
「なにか心配事でも?」
「それはたくさんあるのですが……」
そんなにあるの?
「仮に、この村が仲間になるのを拒絶した場合、どうなさるおつもりですか?」
「どう意味で言っている?」
「この旅の計画ではこの村ともう一つ、二つの村を勢力下に収めると言うのが目論見です」
「そうだったね」
「この村が拒否した場合、出口を塞がれる形になってしまいもう一つの村どころではなくなります」
「そだね」
「そうだねではありません。どうなさるおつもりですか?」
そう繋がるのね。
「そうだねぇ……武力制圧?」
「そ、それではズラカルト男爵と変わらないではありませんか」
あれ? 案外青い?
「もちろん、説得など武力行使をしない努力はするけど、最後は武力がモノを言うでしょ」
「…………」
「そうならないように、しっかり交渉しないとね」
「……そうですね」
「あー、ところで寝る訳だけど……やっぱり三人一部屋なのか?」
「そうですね」
うむ、オギンの声が硬い。
「念の為、交代で見張りましょう」
「お、おぅ……」
「オギン、なぜ見張りをしなければいけない?」
「ルビンス様の心配事には提案に対する村の拒絶はあっても、寝込みを襲われることはないんですか?」
ね、寝込みを襲う……。
「な、なるほど、言われてみれば可能性はあるな」
「本来ならば三交代がいいんですけどね、お館様にさせる訳にはいきません」
「え? いいよ。僕もやるよ」
「…………」
なに? その嫌そうな顔。
「確かにお館様にさせることではないな。お館様、ここはワタシたち二人でつとめさせていただきます」
「そ、そう?」
なんかモヤモヤするけど仕方ないよな。
「では、お館様。おやすみなさいまし」
え? なにその「とっとと寝ちまいやがれ」的なご挨拶は。
(ジャン?)
(なんだよ)
(今日も眠りの魔法、かけたげよっか?)
…………。
(……お願いします)