第144話 ジャン・ロイ故郷に帰る。

文字数 2,515文字

 南門に到着した時にはすでに戦闘が始まっていた。
 大量の矢の雨が南門に降り注いでいる。
 圧倒的に手数で劣っている守備隊は歩兵の接近を防げていない。
 連れてきた弓隊に応戦指示を出そうとしたらラバナルに止められた。

「ワシの邪魔をするな」

「邪魔ってなんだよ?」

 見かねたチャールズが間に入ってくる。

「魔道具は矢ほど遠くに飛ばせませんので、歩兵が射程に入るのを待っているのです」

 ああ、なるほど。
 僕は確かに手榴弾として開発を依頼した。
 出来上がった魔道具は一つ一つが結構な重量で、本物の手榴弾を持ったことはないけど高校時代に陸上部が使っていた砲丸投げの砲丸くらいの重さがある。
 手で投げてもそれほど遠くに届かないだろう。
 太平洋戦争時、沢村栄治は職業野球選手として他の兵士より遠くへ投げることを陰に陽に求められて肩を壊してしまい、復帰後は往時の速球が見る影もなかったと伝えられている。
 城壁の上から放り投げたとして三十シャルも届かないんじゃないかな。
 敵歩兵が二十シャル以内に入ってきた。
 ラバナルはサビーとガーブラに

「魔道具を起動したら一、二、三、四、五で弾ける。よいか、一、二、三、四、五じゃ」

 と、数を数えてみせる。
 二人が同じように数えてみせると、

「ふむ。では、お前がワシで、お前はチャールズから手榴弾を受け取れ。よいか、一、二、三、四、五じゃぞ。それまでに敵に投げつけるのじゃ」

 と、いうが早いか魔道具を起動して「ホイ」とサビーに手渡す。

「え? え!?

 慌てて両手で相手めがけて放り投げる。
 サッカーのスローインのようだ。
 放物線を描いて敵兵の中落ちていった手榴弾は、ラバナルが言った通りの時間で弾ける。
 うわぁ……(せい)(さん)

「よしよし……どうじゃ? むーん、威力が足りんのぅ、まだまだ改良が必要じゃったか」

 いやいや、十分じゃありませんか?
 今の一発だけで五人くらい死んでるし、周囲の兵も大変なことになってるよ。
 ホラ、すげー動揺してるし。

「はは、こりゃ面白い」

 サ、サビー?

「チャールズ、ワシもワシにもやらせてくれい」

 ちょっと、ガーブラ!?

「は、はい」

 それからは戦闘とはとてもじゃないけどいえない一方的な虐殺だった。
 城壁に取りつこうとしていた最前は後ろのことなどしばらく気づかなかっただろうけれど、部隊の半ばあたりはさながら()()(きょう)(かん)の地獄絵図で、部隊の後方は恐慌をきたして逃げ出していた。
 結果、手榴弾と城壁で孤立無援になった残りの兵たちは見るも無惨に手榴弾と矢に(じゅう)(りん)されて全滅した。
 きっと、この突撃での死傷率は六割以上なんじゃないかね?
 ズラカルト軍は再戦することなく撤退してしまった。
 うん、僕もその立場なら撤退する。
 こりゃ、本当にこの世界の戦争の仕方が変わっちまうわ。

(また、やっちゃいました?)

 リリム、またって……僕、無自覚にやらかしたことないと思うんだけど。

「ふむ。殺傷力が弱い。射程が短い。大量に使用するには魔力消費が不効率。この欠点をどうにかせねばの」

 ……怖い怖い。

 三分の一くらい残った手榴弾を残して帰っていくラバナルを見送った僕は、やっとやってきたルビレルに引き継ぎをして館に戻ることにした。
 この町には何人かの魔法使いがいるからラバナルが引き上げても手榴弾を使用できるし、今日に懲りてズラカルト軍もすぐには攻めてこないだろう。
 僕は最大の懸案である防衛戦を難なくこなして安堵した。
 この隙にささっと結婚他たまっている懸案事項をすましてしまおう。

(結婚をさっさとだなんて、ひどいんだー)

(あ、いや、言葉の綾だよ、言葉の)

 翌日から人員の振り分け、引き継ぎ、申し送りなどをこなして帰路につく。
 オグマリー市には臨時の代官としてルビレルを任命。
 ルビレルは腹心として何人か残そうかと提案したのを

「ワシは元々ズラカルト家の騎士だったのですぞ。(えん)()伝手(つて)もございます。お館様のご婚礼に参加者が少ないなどと()(けん)に関わることはいたしますな。お相手とて正当なる王位継承権者様ですぞ」

 と、断ってきた。
 確かに内外に喧伝するのもこの結婚の目的。
 身寄りのなくなってしまったサラの庇護者としてもそれなりに振る舞わなくちゃだめだよな。

「判った。よろしく頼む」

 と、胸熱でいったら

「なあに、父上は久しぶりに母上に会えたのでやる気満々、いいとこ見せたいだけですよ」

 と、ルビンスがチャチャを入れる。
 あ!
 ああ、なるほど。
 ルビレルは咳払いを一つ残して「職務に戻る」とその場を去った。

「そういえば、僕、挨拶してないな」

「いいんですよ、そんなのは」

 なんてルビンスは言うけど、そういうわけにはいかないでしょう。
 出発を前に挨拶に出向くと、なかなかどうして肝の座ってそうな奥方が恐縮しまくってくれた。

「呼び出せばいいのに」

 と、これまたルビンスが軽くいうが、僕はまだまだそんな身分じゃないよ。
 帰りの道中は秋の晴天も相まって、のんびりと清々しい。
 村を通る際は収穫の視察にもなった。
 うん、しばらくルダーの管理下にある畑ばかり見ていたせいかあまりいい実りとは見えなかったけど、話を聞くとまぁ豊作だという。
 一の町で合流したルダーは

「農業指導の腕がなる」

 とか言ってほくほくだ。
 セザン村を過ぎると戦勝の祝いだとかで、街道沿いでも歓待を受けた。
 今回はほとんど最大動員で兵を動かしたし兵糧も吐き出した。
 戦争だもの死者も出ている。
 しかもこの後、サラとの婚礼を相当豪華に見せびらかす気でいることを考えると、この冬は決して楽な暮らし向きにはならないかもしれないというのにこんなに喜ばれちゃったら、いったいぜんたいどうしてくれよう?
 責任重大だ。
 そんな身の引き締まる思いを胸に僕の故郷(ふるさと)始まりの地、最奥の(バロ)村に到着すると、そこにはクレタやカルホに付き添われたサラが出迎えてくれていた。

「御戦勝、おめでとうございます」

「ただいま。サラ」

「はい」

「約束通り、オグマリー区を攻略したぞ。結婚しよう」

 婚約してから何年になるだろう?
 じわりと目に涙があふれたサラはまだ少しあどけない顔に笑みを浮かべて

「はい」

 と力強く返事をしてくれた。
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