第229話 戦略とは常に二手三手先を読み、相手を不利に追い込むことである

文字数 2,333文字

 評定にオギンたちが加わったことで国内情勢の逼迫が共有され、ズラカルト男爵領攻略の前倒しは目標ではなく至上命題に変わった。

「収穫後なら最大動員も可能でしょうが、それは相手も同じこと。がっぷり組んでしまうと被害も大きくなりましょう」

 ここに残っているのはどちらかといえば文官系の武将が多い。
 もちろん、カイジョーやバンバなど傭兵上りもいればイラードやコンドーのように武力も備えているものも多い。
 しかし現在、支配領域を広げたことで領境守備に実力のある武将を張り付けているので戦略を練る上で少々不安がある。
 この場合の不安ってのは机上の戦術が実行可能かどうか、その効果の程に見当をつけるのに心許ないって話だ。
 まぁ、戦闘経験で言えば僕が独立宣言する前は戦らしい戦がほとんどなかったんだから大差ないんだろうけど、騎士たちの方が軍事訓練などでやっぱり一日の長ってのがあるもんだ。

「奇襲も警戒されているだろうし、搦め手も簡単ではないでしょうな」

 今は戦争が終結したんじゃなくて農繁期で休戦しているだけだからな。
 敵だってまたいつ攻められるかと対策を練っているだろうし、逆に領土を取り戻そうと狙っているはずだ。

「以前、オグマリー区を攻略したときは収穫前に軍を起こしたが、今回は収穫後に出兵するのですか?」

 と、ルダーが訊ねてくる。

「あのときは兵糧に余裕があったからできたことです。今年はすでに種蒔きを終えた直後に一度軍を催していますからね。残念ながら今現在我が軍の兵糧に余裕はありません」

 と、イラードが答える。

「戦を前にして収穫物が敵の手に落ちるのは悔しいですな。いっそ、収穫前の畑を荒らしますか」

「ノサウス、それでは領民の不興を買うことになる」

「お館様は優しいお方ですな」

 と、トビーが言う。

「他の土地ではそれも戦略として取り入れられておりますよ」

「戦術として有用なのは承知の上だ。だが、それで仮に男爵領を攻略して支配下に収めたとしても、その後の実効支配に支障が出るのは目に見えている。内に争いの火種を抱えていては安心して攻めていけない」

「道理ですな」

「では、どのように攻略していくご予定で?」

「敵をなるべく野戦に引き込む」

「町を攻めるのではないので?」

「攻城戦は時間がかかりますからね。春の戦では奇襲をかけられたので早期に決着をつけられましたが、最初から籠城で構えられると攻めあぐねてしまいます」

 イラードの言う通りだし、それ以上に攻城戦は攻め手側に不利で被害が大きくなるのは前世だけでなく現世でも同様だ。
 田舎の百姓だった僕が領主に反旗を翻して勝ててきたのは、ひとえに村や関門に籠って防御に徹して敵の損耗を待ったからに他ならない。

「攻城戦ともなれば矢など飛び道具の消耗品の消費も激しくなるし、日数がかかれば兵糧の消費もバカにならない。なにより野戦の数倍兵を損耗する」

「そんなに兵に死者が出るのですか?」

 と、トビー。

「出る。野戦なら互いに武器を奮い合うが、攻城戦は城壁を攻略するまでは一方的に攻撃を受けるだけになる。しかも反撃どころか防御もままならない」

「確かに壁に取り付いて登っている間、あるいは門を壊す作業中は自分自身を攻撃から守ることも難しいですな」

「我が軍は農民兵ですが戦闘経験豊富で練度も高い。一割二割敵の兵力が多くてもものともしないでしょうね」

「ですが、そんな敵とがっぷり組むよりこちらの有利を作って余裕を持って戦いたい。兵数で言うなら常にこちらが二割三割多い状況で戦いたい。そんな状況を作れと、お館様はそんな無理難題を押し付けてくるのですよ」

 と、チローが愚痴る。
 そりゃあそうできるんなら、みんなそうしたいんじゃないかね?
 そうは思わないかい?

「それと……」

 と、僕は戦術立案に重要な条件を追加する。

「敵兵種を我が軍と同等以上に設定してくれ」

「どう言うことですか?」

「歩兵を剣兵ではなく槍兵として、弓兵に魔法銃兵を混ぜ手榴弾(グレネード)を持っていると想定してもらいたい」

「それはまた……」

 と、イラードが腕を組んでうめく。

「すいませんが、魔法銃兵と手榴弾ってのはなんです?」

 トビーには初めて聞く名だよな。

鉄の(スチール)弾丸(バレット)って魔法は知ってる?」

「へい」

「魔法銃士ってのは小銃(ライフル)って魔道具で再現した鉄の弾丸を撃つ部隊、手榴弾は魔法で弾ける武器で一度に何人もに攻撃を当てることができる魔道具です」

 チローは説明がうまいな。
 ま、その弁の立つところを見込んで通商大臣を任命しているんだけどさ。

「そんなものがあるんですか?」

「あるんだよ」

「あれが自分たちに向けられるなんて、考えただけで背筋が寒くなりますよ」

 チローがぞぞぞと怖気(おぞけ)をふるう。

「しかし、そこまで考えなければいけないのですか? どちらも魔道具を利用した兵器ですが」

「すでに我が軍で実戦配備、運用が始まっているのだからいずれ敵軍でも使われ出す。それが戦争ってものだ。使用されて初めて対策を練るのでは遅いとは思わないか? イラード」

「確かに」

「でもお館様、我らが有効な対策を立てれば敵軍とて同じ対策をとってきますよ」

「それは仕方なかろう」

「お館様の軍は今まで有利に戦い過ぎているよ、チロー。戦争はいかに相手より有利になるかの戦いでもある」

「ジャパヌの言う通りだ。知らない武器に対策をとることほど難しいことはない。そう言う意味ではまだ我が軍はずっと有利だぞ」

「そう言う考え方もありますね」

「秋の戦には間に合わんかもしれんが、新兵器の開発も進んでいるからな。まだまだ俺たちの有利は続くから心配するな」

 ほぅ、ルダーの言い方からすると、あれの目処がついたってことか。
 今からだと量産は無理だろうけど、お披露目くらいはできるのかな?
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