第295話 前夜

文字数 2,092文字

 軍を再編して指揮に従うための習熟訓練を三日間行っていよいよアシックサル領に進軍する。
 この間にルダーが後発の輜重部隊の手配に各地に飛行手紙を送り、自身はズラッカリー町へと出立した。

「とりあえず今あるだけで一月は戦えるだろう。春までの分は責任もって届けるから安心して戦ってくれ」

「心配はしていない。ルダーが責任を持つと言うんだ」

 そう言って見送ったのも二日前だ。
 出発して半時間ほどでオルバックJr.の軍が陣を敷いていた少し開けた場所を通り過ぎる。

「お館様」

 砦を出発して半日、ホルスを寄せてきたのは忍者部隊頭領トーハである。

「先ほど斥候が戻ってまいりました」

「報告は?」

「はい。こちらから攻めたことがないためか、砦までに伏せてある兵はないとのことです」

「では、予定通りに陣を築けそうだな」

「御意」

 報告通り、その日のうちに予定の場所に陣を置くことができた。
 そこは砦を前にした比較的傾斜の緩やかな開けた場所である。
 と言っても五千もの軍勢が落ち着けるほどの開け具合ではない。
 部隊によっては体を休めるのも苦労しそうな場所に陣を敷かなければならないところが割り振られている。

(なるべく速やかに砦を攻略しなくちゃいけないな)

(あら、優しいのね)

 と、リリムが意外そうに話しかけてきた。

(僕はいつでも優しいよ。もっとも、兵のパフォーマンスが落ちて戦略に支障が出るのが嫌だっていう理由も大きいけどね)

 炊事の煙を発見されないように今日は貴重な木炭を使って食事と暖をとる。
 さらに篝火は焚かず、優秀な魔法使いによる(ナイト)(ビジョン)の魔法による不寝番を立てさせる念の入れようは明日、砦を急襲するためだ。

「では、明日の作戦を伝える」

 食事の後、武将を集めて開いた軍議の席みんなの視線が僕に集まった。
 すでに砦の様子を探りに行っていた斥候忍者も帰ってきて報告を聞いている。

「敵は我らを侮ってか、通常の監視体制を変更していないようだ。そこで、本日この場からフィーバー隊とグリフ族に出発してもらい、砦の裏へ回ってもらう」

「我らは(からめ)()というわけだな」

「リュ殿のいう通りだ。ただし、大手の奇襲を成功させるために極秘裏に行軍してもらいたい」

「グリフ族は山の種族だ。任せてもらおう」

「大手の大将はサビー、副将にギランとガーブラ、魔法部隊はラバナルに任せる」

「いろいろ出来そうじゃの」

 うん、新兵器はここで全部試しておこうと思ってる。

「遠慮なくやってくれ。左翼にも兵が展開できるようなのでアンデラスとペガスを配する。どちらも経験が浅いので目付としてダイモンドについてもらう」

「よろしくお願いします」

 と、期せずして若い二人の声が揃うと、

「好きにやるといい。ケツは持ってやるぞ」

 と。呵呵大笑するダイモンド。

「砦の規模からも地形からも全軍を動かすのは無駄なので、明日の布陣は以上だ。この一戦は電撃戦である。必ず明日のうちに陥すように」

 語気を強めることもなく、当然できるよな? って意味を込めて命令する。

「はっ!」

 小気味いい返事を残して命じられた武将とその配下に与する物たちが陣幕を出ていく。
 それを一見無表情に見送るオクサの背中に大きな音がするほどの平手を叩きつけるラビティア。
 痛そうなフルスイングなのに微動だにしないとか、オクサもオクサで偉丈夫だな。

「兄者、心配するな。ダイモンドもついてるし、地形的にも左翼に主力は当たらんよ」

「そうだな」

 なんだ、息子のペガスが心配なのか。
 案外過保護なのかね?
 まぁ、実質初陣みたいなものだからな。
 僕もそう思っておまけ程度の役を振ったわけだし、本人が言う通りダイモンドがケツ持ってくれるさ。

「お館様」

 チローが声をかけてくる。

「軍議はもうよろしいので?」

「ああ、そうだな……うん、チロー、イラード、オクサ、ウータそれにトーハ」

「はい」

「かねてより計画していた常備軍の件だ。二千人規模で通年動かせる強兵を組織したい。此度のアシックサル攻略戦を通して有望な人材を拾い上げてくれ」

「騎兵弓騎兵で五百騎ですから、あと千五百人ですかな?」

「今回動員した全員を兵農分離したらダメなのですか?」

「チロー殿の言われることに不肖このトーハも賛同しますが」

「五千は総人口の三割近いです。農業生産に支障をきたすのでわたしは反対します」

「ワタシもウータに賛同する」

「兄者が反対するならオレも反対だ」

「そうですね……これだけの規模を動員し続ける兵糧を生産し続けるためには、今の生産高を維持し続ける必要がある。ルダー殿もきっと反対するでしょうな」

「チローはただ面倒臭いだけだろう」

 と、ニヤリと笑ってみせると額をペシりと叩いて舌を出す。

「いや、これはお館様に見透かされてしまいましたか」

 とか、言っているけど、その現状を通商大臣が把握していないはずがない。
 選別の必要性を改めて認識させるための方便とみたぞ。
 僕は改めて生ぬるい視線を送り続けてやった。
 すると、苦笑いを浮かべてアゴの辺りをぺろりとさすって視線を外す。
 ま・いいか。

「他のものもそれとなく目を配って報告してもらいたい。本日の軍議はこれまで」
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